第十五話:公式発表の衝撃と、静かなる熱狂
午前10時。
キララチューブのトップページに、Kの公式チャンネル開設を告げるティザー映像と、東雲翔真と社長・星影龍一郎連名の公式声明が、華々しく掲載された。
それは、ネット社会に投じられた、まさに衝撃の一報だった。
その頃、月島暦は、いつものように中学校の教室で、数学の授業を受けていた。
黒板に書かれる数式をノートに写しながらも、暦の意識は、どこか上の空だった。
(…今頃、公開されたのかな…みんな、どんな反応してるんだろう…)
平静を装ってはいるものの、心臓は朝からずっと、落ち着きなくドキドキと脈打っている。中間テストのプレッシャーとはまた違う、未知への期待と不安が入り混じった、独特の緊張感だった。
授業が終わり、待ちに待った昼休み。
教室のドアが開き、数人の生徒が少し興奮した面持ちで入ってきた。
「おい、みんな、キララチューブ見たか? Kの公式発表、本当に来たぞ!」
その声は、普段の教室の喧騒とは少し違う、抑えきれない期待感を含んでいた。
「え、マジで!? ちょっと、スマホで見せてくれよ!」
「ティザー映像、見た? あれ、ヤバくないか? クオリティが段違いだぞ」
あっという間に、教室はKの話題で持ちきりになった。スマートフォンを数人で覗き込み、感嘆の声を上げたり、真剣な表情で情報を交換したりするクラスメイトたち。その熱気は、昨日までの噂話とは明らかに異なり、確かな「現実」としての衝撃を伴っていた。
「うわー…ティザー映像、鳥肌モノだね。あの後ろ姿だけで、もうオーラがすごい…」
「『伝説は、間もなく始まる…』か。キャッチコピーも上手いな、キララ」
「公式声明も読んだけど、Kのプライバシー保護、徹底するって書いてあったね。あれだけの才能だ、当然か」
「違法動画も、本当にほとんど消えてる。キララチューブ、本気でKをスターにする気なんだな」
進学校らしい、少し分析的な視点も交えながら、生徒たちはKの登場を歓迎しているようだった。それは、鬱々としたテスト勉強の日々の中に差し込んだ、一筋のエンターテイメントの光のようでもあった。
暦は、その喧騒を少し離れた席で、お弁当を広げながら(実際にはほとんど喉を通らなかったが)静かに聞いていた。自分のことで、こんなにも多くの人が熱狂し、真剣に語り合っている。それは、不思議な感覚だった。
(…みんな、喜んでくれてるみたいで…よかった…)
安堵と、ほんの少しの誇らしさ。そして、これから始まるであろうKとしての活動への、期待と責任感が、改めて胸に迫ってくる。
隣の席の美咲も、目をキラキラさせながら暦に話しかけてきた。
「暦ちゃん、見た!? Kの公式! 私、もう何回もティザー見ちゃった! あの歌声、やっぱり唯一無二だよ! 試験勉強の合間に見ると、すごく癒されるの」
「う、うん…本当にすごいよね。映像も、すごく綺麗だったし…」
「でしょー!? あの背景の森、CGだって分かってるんだけど、なんだか本当にありそうな気がしない? 行ってみたいなー」
「…そうだね。すごく…惹きつけられる場所だよね」
暦は、自分の記憶の中にある、あの故郷の森を思い浮かべながら、静かに頷いた。
(あの風景を、みんなが綺麗だって言ってくれるのは、なんだか嬉しいな…そして、少しだけ、切ない気もする)
放課後。美術室は、いつも以上に真剣な雰囲気と、わずかな興奮が入り混じっていた。
話題の中心は、やはりKのこと。美術部の生徒たちは、特にKのビジュアルコンセプトや、ティザー映像の美術デザインについて、専門的な視点から熱心に語り合っていた。
「Kの衣装デザイン、ミニマルだけど洗練されてるよね。素材感も良さそう」
「背景美術、あれは相当レベル高いぞ。光の表現とか、空気感とか、映画並みだ」
そんな会話が飛び交う中、暦は黙々とキャンバスに向かっていた。しかし、いつもより少しだけ、描きたいイメージが鮮明に湧き上がってくるのを感じていた。
その日の帰り道。暦は、スマートフォンのニュースアプリを開いた。
トップ記事は、やはり「謎の歌姫K、キララチューブと電撃契約! 公式チャンネル開設に世界が注目!」というものだった。記事には、キララチューブの株価が急騰したことや、海外の有名メディアもKの動向を報じていることなどが書かれていた。
(…なんだか、本当に、すごいことになっちゃったんだな…)
改めて事の大きさを実感し、暦は小さくため息をついた。
でも、もう後戻りはできない。
自分は、月島暦として、そして「K」として、二つの人生を歩み始めたのだ。
その道が、どこに続いているのかはまだ分からない。
けれど、胸の中には、確かな決意と、そして、ほんの少しの「楽しみ」が芽生え始めていた。
それは、万華鏡の模様がくるりと変わるように、彼女の日常が、色鮮やかに、そしてダイナミックに動き始めた瞬間だったのかもしれない。




