疎遠だった幼馴染と一緒に帰ることになった
僕は頭の中に疑問符を浮かべながら歩いていた。
隣で歩みを共に進める幼馴染のなっちゃんの様子を挙動不審かのようにちらちらと見ながら。帰り道を共に進んでいく。
僕となっちゃんの家は隣同士だ。だが高校に入ってから隣同士であっても、一緒に帰ったこと数えるほどしかない。
ケンカしたわけでも、仲違いしたわけでもない。ただ僕と彼女が互いの道を歩み始めただけだ。
会うことも会話することも減った。でも一度会話を始めれば楽しくすらすらと話せる。ただ接点が減っただけだ。
そのことを寂しいという思いがなかったわけではないが、大きく感じるものでもなかった。別に完全に互いの仲が崩れ去ったわけでもないから。
それに元々僕となっちゃんは気の合うことが少なかった。好きなことも嫌いなことも真反対と言えるほどのものであった。それでも仲良く過ごせてきたが。
だから正直言って接点が減れば、僕となっちゃんの関係は徐々に薄れるというか切れるというか離れていく間柄だと思っていた。
そして、彼女も同じように思って、僕のことなどそれほど重要に思っていないだろうと思っている。
だからこそ、、先ほどの彼女の行動には少し驚いた。
昼休み教室で友人たちとくだらないことをだべっているときに、彼女はいつのまにか僕の近くに来て、僕の名を呼んだ。正確にはニックネームを。なっちゃんが決めて使うのはほぼなっちゃんしかいないニックネームを。
『リューくん』
突然の彼女の声に僕は驚きながら、声の方に振り向いた。
いつも通りのぶきっちょな表情。だが、どこかその表情に辛さ苦しさ悲しさを宿っているように見えた。ほんの少しだけだが
『なっちゃん、どうしたの?』
僕は驚きながら問う。
『今日一緒に帰ってくれない?』
突然の誘いだった。高校に入ってからろくに話してこなかったのに、なぜ今?という感情があった。だが、それを問うことはどこかかげのようなものをまとう彼女には聞けなかった。僕は特に予定もないので、了承の返事をした。できる限り、平常心を装って。
『ありがとう。校門待ち合わせで、何かあったら連絡して』とそれだけ言って、彼女は去っていた。
僕が少し呆然として、意識を戻すと友人たちは僕をからかい始めていた。
「告白か?」と「デートか?」とかほんとこちらの気も知らずに適当なことを。僕は違うよと少し、怒りを交えて否定した。
あのどこか苦し気な悲し気な辛そうなものが垣間見えた表情の彼女のことを思いながら。
そして、僕はなっちゃんと帰り道を歩く。
校門で会うと彼女は行ことだけ言って何かを話そうとするそぶりもなく何事もなさそうにしていた。僕も何事もなかったかのように彼女に合わせ口をつむぐ。
僕は何事か何度か言おうとしたが、彼女のことを思い、口をつぐんだ。彼女が何かを話したいのであれば、それを待とう、待ってあげようという思いがあったからだ。
「リューくん」
突然の彼女の声に驚きながら、平静を努めて「何?」と問う。
しばしの静寂の後、彼女はぼそりと僕に問うた。
「告白されたったって本当?」
僕は歩みを止めてしまう。
「友達から聞いたの、告白されたって、それで付き合うことになったって」
彼女の声は震えていた。悲しさ、つらさ、くるしさが声に漏れ出ていた。
「それでね、あのね、そのね、私ねそれを聞いてね」
彼女はつらそうに、苦しそうに言葉を紡いでいこうとする。それを僕は遮る。
「僕、告白されてないよ」
と彼女に真実を告げる。
「えっ?」と彼女はひどく驚いた表情を見せる。そして、「隠すことないよ、私はただね」
「告白されてない。本当に。付き合ってる人もいないし。だれがそんなこと言ったの?と困惑してるぐらいなんだけど」
僕の否定の言葉を聞いて、彼女は再度えっ?という反応を見せる。そして、ぽつりぽつりと彼女から様々な名前が出てくる。
僕も聞いたことがある名前ばかりであった。
「ねえ、本当に告白されてないの?」
「されてないよ、誰にも。したこともない」
「誰かと付き合ってないの?」
「付き合ってないよ」
僕の否定の言葉を聞いて、彼女は安心したように息を吐き、とても嬉しそうに「よかったぁ」と言う。
僕はそんなに嬉しいのか?とつい思っていると、彼女は焦った様子を見せる。
「今のはね、あのね、そのね、先越されなくて良かったって意味だからね、それ以上の意味はないから」
何か墓穴をほるような反応な気がするが黙っておく。ここで何か言ってはいけないと判断する。
「今日はほんとごめんね。いきなり」と彼女が頭を下げる。
「いいよ、全然、久々に一緒に帰れて嬉しかったよ」と即座に返す。
「でも、ほぼ黙ってたし、変な雰囲気だったと思うからだいぶ気を使わせたと思うし、ほんとごめんね」
「気にしないでよ」
と言うが、彼女は納得したような様子を見せない。このままじゃ駄目だなと思った僕は、なんとなしに言葉を紡ぐ。紡ぐ言葉のことの意味をよく考えずに。
「大切な、大好きななっちゃんと少しでも長く一緒にいれたから、僕は嬉しかったよ」
その言葉を紡ぎ終わった後の、ふぇっと言う彼女の素っ頓狂な声と、いきなり赤くなった彼女の顔を見て、僕は今の発言の軽率さに気づく。
「幼馴染であり親友でしょ僕たち、だから大切で大好きなの、それだけ」
「そうだよね、そうだよね」
しばし不器用な笑いを二人でする。
「私用事あったの思い出した、ごめん、またね」となっちゃんは告げ、すぐさま背を向けて走り出した。
その後ろ姿を見ながら、まだそこまで暑くないというのに、体全体がほてるほどの暑さを感じていた・・・