ママと赤ちゃんのルゥ~ママが主役の物語~
今回はママが主役です。
あの日、魔素に包まれた『死の島』を空から見おろすと何かが砂浜でキラキラ光っていた。
何だ?
宝石か?
波打ち際に高級そうな耳飾りの片方を握っている、うまそうな人間の赤ん坊が見える。
一日の半分は、この島にいないといけない決まりがあって正直面倒だけど。
ラッキー。
人間の赤ん坊はハーピー族の大好物。
近くには……
よし、ヴォジャノーイとオークはいない。
グズのオークはいいとしてヴォジャノーイは赤ん坊が好物だからな。
さっさと食っちまおう。
それにしても今日はついているな。
さっきも転覆しそうな小舟の人間を食えたし。
空から赤ん坊に向かって飛び降りる。
うー!
うまそう!
砂浜にしゃがみ込んで赤ん坊に手を伸ばしたその時……
チュウチュウ……
はぁ!?
何しているんだ!?
こいつ!
いきなりわたしの乳に吸い付いたぞ!?
何だ?
この気持ちは……?
さっきまで食いたくて堪らなかったのに。
……!?
どうしたんだ?
身体が動かない!
何でだ?
かわいい……?
いや、まさか。
そんなはずはない。
わたしは、ハーピー族の中でも最高の戦士と呼ばれているんだぞ?
人間の赤ん坊にそんな感情を……
あり得ない!
チュウチュウ……
って、こいつさっきから何で吸い付いているんだ?
「ハーピーよ。何をしているのだ?」
振り向くとヴォジャノーイが、いつも通りの無表情で見ている。
あれ?
動けるようになった?
気のせいだったのか?
それより……
「お……おい! こいつが乳に吸い付いて離れないんだ!」
何とかしてくれよ。
「ほぉ……? なるほど。人間の赤ん坊は乳を吸い大きくなるらしいが」
ヴォジャノーイがムカつくほど冷静に話しているけど……
「はぁ!? わたしは乳なんて出ないぞ?」
そんな物、出てたまるか!
だって、わたしは……
「……ところで……お前、その赤ん坊を食わないのか? だったら、わたしが食うが」
ヴォジャノーイが、まだ乳を吸っている赤ん坊に手を伸ばす。
「ま! 待て!」
慌ててヴォジャノーイの手を払う。
わたしが食うに決まっているだろ!
人間の赤ん坊だぞ?
滅多にないチャンスだ。
絶対わたしが……
わたしが……
おかしい。
絶対おかしい。
食えない。
いや、むしろ……
この感情は……
守りたい?
好き?
「ダメだ! 食うな!」
何なんだよ?
この感情は?
……ん?
ヴォジャノーイの動きが止まっているような……?
「ほぉ……?」
ヴォジャノーイが何かを思いついた顔をした?
あれ?
普通に動いたな。
気のせいか?
それにしても、何だよ。
ヴォジャノーイの野郎……
わたしだって食いたいさ。
でも……
何なんだよ。
この気持ちは……?
「なるほど。そうか、魅了の力か」
は?
何、勝手に納得しているんだよ?
「この赤ん坊を食いたくても食えない。そうだろう?」
ヴォジャノーイがわたしの気持ちを分かってくれた?
「そうだよ! さっきからおかしいんだ! 食いたくて堪らないのに! こんなの初めてだ……」
どうしてなんだ?
ヴォジャノーイは理由を知っているのか?
「なぜ我々がこの島にいるか……その理由がこの赤ん坊という事だ」
ヴォジャノーイの顔が、いつもより怖く見える。
は?
って事は、この赤ん坊がハーピー族長に絶対に守り抜けって言われた前魔王の娘!?
「何言ってんだよ? こいつは人間だぞ?」
「……亡き魔王様も人間だった」
ヴォジャノーイが少し寂しそうな顔をして話しているけど……
「はぁ!?」
そんなの知らねーよ!
つうか、それ人間だから魔族の王っておかしくないか……?
「あのお方は強かったからな。それに、とてつもない知識を持っていた」
ヴォジャノーイが赤ん坊を寂しそうに見つめている。
強かった?
魔族よりも?
「魔族より強い人間なんているのかよ? 人間なんて食い物だろう?」
「あのお方は……こことは違う世界から来られたのだ」
は?
何言ってんだ?
こいつ大丈夫か?
でも嘘を言っている感じもしない。
じゃあ……
まさか……
本当に?
「今から我々は、この赤ん坊……いや、このお方を何があっても守り抜く」
力強いヴォジャノーイの言葉……
この言葉に嘘は無さそうだ。
いつも無表情で何を考えているか分からないけど、これは本気だ。
今、魔族がこうやって生きていられるのは前魔王の功績らしい。
ヴォジャノーイ族も、かなり助けられたみたいだしな。
まぁ、わたしは族長でも無いただのハーピー族だから前魔王には会う事も無かったし。
でも、確かこいつはヴォジャノーイ族の王族だ。
色々事情を知っているって訳か。
「うぅっ! おぎゃあ!」
砂浜に横になりながら、わたしの乳に吸い付いている赤ん坊が泣き出した!?
まさか乳が出なくて怒っているのか?
前魔王の娘を怒らせた!?
これ、もしかして不敬で処刑とかになるんじゃ!?
「どうしたのぉ? 何それぇ? 人間?」
やたらデカイ身体で、ノロノロとオークが歩いて来たな。
グズオークめ!
今ごろ来やがって!
お前が来たところで何の役にも……
「お腹空いてるみたいだねぇ」
オークが慣れた手つきで赤ん坊を抱き上げた?
「お前、分かるのかよ?」
って、あれ?
赤ん坊が泣きやんだぞ。
何もできないグズオークにも、できる事があるのか?
ん?
オークの動きが止まった?
「この島にはお乳の代わりになる物があるよぉ?」
あれ?
普通に話し始めた。
変だな。
そういえばわたしも一瞬動けなかったような……
うーん……?
オークが赤ん坊を、あやしながらご機嫌で話しているけど……
って……
はぁ!?
乳の代わりになる物がある!?
「それを早く言えよー!!」
わたしの大声が島中に響いた。