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救国の勇者は末の亡霊姫をご所望です

作者: 蒼乃ロゼ

「では、貴女がほしい」


 そう、恐れを知らない漆黒のまなざしを向けられて、困惑した。


「な、なんじゃと……!?」

「「なんですってぇ!?」」


 父である国王、そして二人の姉がその選択を驚いた。

 もちろん、他ならぬ私も。


「あの……」

「セラよ、そなたはこの国の英雄。勇者だ。わしには息子は居ない。……言ってる意味が分かるな?」

「陛下、私にあるのはこの剣のみ。……どうか、ご容赦ください」

「むむむ」

「なんでアリアが……!」

「ちょっと、あんた()()何かやったでしょ!?」

「ーーっ」


 いつも通り気が立った二番目の姉ーーエレノアお姉様に、手を振りかぶられる。


 その衝撃に耐えようとぎゅっと目を瞑れば、目の前には逞しい背中がみえた。


「……!」

「どうか、咎は私めに」

「ーーふんっ!」


 国の恩人であるセラには逆らえないのだろう。

 エレノアお姉様は行き場のない怒りを足音で紛らわせている。


「セラ様……」

「陛下、アリア様と二人で話をしても?」

「あ、ああ。それはかまわんが……」

「では、アリア様。こちらへ」

「は、はいっ」


 一応王族ではあるのだが、どうしても場違いだと思ってしまう謁見の間を二人、離れる。

 私にはそれが、それ自体が救世主のような気がして妙に高揚した。


 けれど……。


(お姉様のこともあるし、何よりこんな素敵な方と私では釣り合わないわ)


 私は臆病だ。

 見た目にも、性格的にも自信がもてない。


 二人の姉とは違う、輝いた金の髪をもたない。

 灰色、ととられても仕方ない、銀の髪を持ち。

  

 私だけ母親が違う、そういう理由もあるとは思う。

 

 立場や性格が手伝って、何をされても言い返せなかった私。

 姉二人のストレス発散にはもってこいなのだろう。

 

 おまけに誤解だと訴えても取り合ってもらえない出来事もあった。


 王族にしては控えめで覇気のない私は、居ても居なくとも同じ。

 いつしか『亡霊姫』という別名がつけられた。


 ……そんな私とだなんて、セラ様が不憫すぎる。

 いったい、何をお考えなのだろう。



==========



「あの……セラ様?」


 元々は王国の騎士だった彼。


 ある日、世界の魔物を統べるという『魔王』という存在が現れた。

 強大な魔力と統率力を持つ相手に、彼は己の使命であるといわんばかりに、王国を離れ、仲間を募り。


 そして、世界を救った。


「アリア様、ようやくだ」

「え?」


 ようやく、なに?


 獣を思わせるようなそのまなざしが熱い。

 その意味を知っているからこそ、私は視線を逸らさずにはいられなかった。


「約束。やっと……果たせる」

「あれは……」


 『子供の戯言』なのに。

 

 国を思えば、そう言わなければならないのに。


 鉛のように重たく、冷たいその言葉がでてこない。


「セラ様、私はーー」

「セラと。昔のように呼んでくれ」


 さすがに勇者に対してまで監視はつけないのか。

 それとも私への警護など不要というのか。


 不思議なほど人気のないこの場で、……セラは、やさしく私の体を包み込んだ。


「どうして」


 どうして?


「私は、だって」


 あなたに何もあげれない。

 国も、権力も、おそらくは財産も。


 なにせ母は、平民である城の使用人だったのだ。


「私の主はあの日から貴女だけ。どうか、目をそらさないで」

「セラ……」


 あの日。


 私とあなたの、約束。


 どうして、忘れてしまわなかったの……?



==========



『このっ!』


 乾いた音が響く。

 じん、と赤く震える頬は、まるで私が悪いのだと責めているようだ。


『お前、アデリナ姉様の男。奪ったんでしょ?』

『そんな! 誤解です! 私はーー!』

『黙りなさいアリア、彼女が証言しているわ』


 二人の姉が送り込んだ私へのお目付役。

 侍女の内の一人が、二人の後ろから薄い笑いを浮かべ見守っている。


『あれはロルケル様が……』

『彼が貴女を誘惑したって? 嘘おっしゃい! お前が私への当てつけに誘惑したんでしょう』


 理由を得た二人の凶行は、止まらなかった。

 私はといえば、口では誤解を解こうと必死だが。


 ……心のどこかであきらめていた。


 なぜなら、それこそ仕組まれたことなのだろうから。


『なぜ』


 ソンナニ、ワタシガ、ニクイノデス?


『泥棒猫の娘は、泥棒猫。だったら猫らしく、ご機嫌をとっておけばいいものを』


 満足した二人と一人は、蔑むような目で私を一瞥し去って行った。





『ーーアリア様!』

『セラ』


 騎士団の中でもとりわけ腕の立つ、セラ。

 彼はそれだけでなく、整った顔立ちをしていた。


 騎士にしては少し長い黒髪は、彼の雄々しさを引き立て。

 見た目に反して騎士としても、男としても誠実だと評判な彼は、もちろん二人の姉もご執心だった。


 元々、現王妃が病で伏せった後に生まれた私を、姉二人は快く思っていない。

 王妃から毎日のように恨み言を聞かされたのかもしれない。


 そんな私に、専属の護衛騎士としてセラが就いてから。

 行為はさらにエスカレートしていったのだった。


 ロルケル様も、アデリナお姉様かエレノアお姉様に頼まれただけだと思う。


 ただ、立場も強固とはいえない末の姫を庇える者などこの城のどこにも居なかった。


 一人を除いて。


『また、ですか?』

『セラ、大丈夫だから』

『しかし……』

『私を庇っては、ダメよ』


 特に未来ある者なら尚更。


『それでは貴女があまりにもーー』

『私は、王女です』


 ぴしゃり、と言い放つ。

 いつもは控えめな私がこういう時は、意志を曲げない時だということを彼は分かっている。


『貴方に……、何が出来るというのです』


 心配しないでと。

 私に構うと、この国では立場がなくなると。

 母のように、二度とこの国を跨げなくなると。


 そう言えたら、良かったのだろうか。


 でも、唯一私だけをきちんと見据えてくれる、彼を想うからこそ。

 私は彼に縋ってはならない。


『それは……』

『立場を……弁えなさい』


 まるで自分の口からでる言葉ではないように、その言葉はひどく嫌な響きがした。


『……いつか』

『?』

『いつか、私があなたに相応しい男になれば、頼ってくださいますか?』

『なにを』

『いち騎士である私では貴女を守れないかもしれない。いつか……もし、貴女を救える立場になったその時は』


 何を、言っているの?


『どうか、私を求めてはくれませんか?』


 それはなんて、残酷で。

 それでいて、甘美な言葉。


『……出来るなら、ね』



 わざわざ亡霊姫を選ぶだなんて。


 世間を知らない、成人に満たない小娘の戯れ言であれば。

 どれほど良かっただろう。



==========



「話が違うではありませんか、お父様!」


 なんでなの。

 セラはなんでいつも、あの子なの。


「アデリナ……、気持ちは分かるが本人がああ言うのだ。それに王配になるのなら、武芸だけではいくまいて」

「ちっ。アリアめ……」


 いつもお母様から聞かされた。

 病で伏せったことをいいことに、王である父を誘惑したあの女。

 その娘も、いつか私に牙をむくと。


 それは予言のように、初めてアリアを見た者は一様に虜になった。

 だが、亡霊姫としての彼女の評判を聞いた者で、それ以上のなにかを起こす者は居なかった。


 ……一人を除いて。


「エレノア、ちょっといい?」

「? はい、お姉様」

「今日の夜ーー」


 この国を救ってくださった勇者なのだ。

 この国を導く私にこそ、ふさわしい。


 セラの瞳がこの身を映すその時が待ち遠しいものだ。



==========



 長らく感じていなかった、『幸せ』という感情は私の判断を鈍らせる。

 いけない。

 私は、王女なのだ。


「……セラ。悪いことは言わないわ。お姉様になさい」

「アリア様」

「私がこの城で王女として生かされているのも、癒やしの力があるから……ただ、それだけ」


 それは王家の血脈に流れる、光の魔法。

 皮肉にも、それを受け継いだのは三姉妹のなかで私だけ。


 けれど正妃であらせられる異母は、それを許さなかった。


 この城で生きていく代わりに、この力は姉のモノだということ。

 そうすることに、なっている。


 魔物に傷つけられた癒やしの力を必要とする者には、夢の中でしか私と出会えない。

 この秘密は姉二人と父、異母、そして私とセラ。

 その中でしか共有していないのに、亡霊姫とは良くいったものだ。


「アリア様。私が今こうして生きているのも、その御力があったからこそ。……私は、自分の命に嘘はつけない」

「っ」


 私に譲れないものがあるように、セラにも私に対して忘れられない恩がある。

 彼が私の護衛騎士に志願したのも、この力で彼を救ったことがきっかけだ。


 それは、意識が混濁していたにもかかわらず、元々の強靱な精神で私という存在が命を救ったのだと確信していた。


 彼は、心までも強いのだ。


「セラは……、強いわね」

「ーー貴女ほどでは」

「いいえ、私はあなたと共に行くことすら諦めた」


 魔王討伐。


 各国から精鋭が集められる中、この国からは騎士の中でもずば抜けた実力の持ち主であったセラと、聖女として名高い、王家以外で癒やしの魔法を扱う女性が連合軍に参加した。


 私が亡霊姫でなかったのなら。


 癒やしの魔法は私の力だと言う、強い心があれば。


 立場を捨てて、側に居られたら。


「けど、貴女は諦めなかった」

「え?」

「命を、その使命を、放棄しなかった。……私にとって、貴女のそんなところが愛おしい」

「!」


 愛おしい、だなんて。


 だめよ。セラ。


 それは、お姉様にとっておいて。


 でないと……。


(この国には居られないというのに)



==========



『突然のことで驚いたことでしょう。今日のところは、退散します。……どうか、私を受け入れてください』


 セラの甘い言葉が、ずっと頭の中を巡っている。


 正妃の娘ではない私が光の魔法を授かり、そのことが疎まれ、愛されることはこれから先もないと。

 そう思っていたのに。


「どうして」


 心は、こんなにも揺れるの。


 夕食もあまり喉を通らなかった。

 姉二人の視線が痛かったのもあるが、それ以上に彼の想いに応える勇気のない自分が、嫌いだ。


 だが、仮に彼の手を取ったとして。

 私は何者でもないただの娘となる。


 そして、それはこの国の傷ついた者たちを捨て去ることになる。


(そんなこと……、できない)


 自分がこの城にとどまる手段は、いつしか自分である証となった。

 それが、生きる意味になった。


 

「……?」


 思考に沈んでいると、部屋の扉から音が聞こえた。

 元々あまり護衛や侍女を配してもらえない立場とはいえ、夜分に訪ねてくる者はさすがに居ない。


 居るとすれば、姉ふたりだ。


「アリア、居るなら開けてちょうだい」

「エレノアお姉様」


 予想通り訪ねてきたのは姉だが、どこか様子がおかしい。

 何かを急いているような……。


「どうされました?」

「急ぎ看てほしい者がいるの、着替えてきなさい」

「! それは、大変ですわ」


 急患であれば納得だ。

 その場には後ほどアデリナお姉様も到着されるだろう。


 患者の容態もさることながら、一番上の姉のお使いであるため彼女も気を張っているのだ。


「すぐ参ります」


 急いで身支度をととのえ、エレノアお姉様の後に続く。


(護衛は……いないのね?)


 外部の人を看るのであれば、最低限の護衛はつきそうだが。

 城の者が怪我をしたのだろうか。


「ーーここよ。お姉様はもう中に居るわ」

「はい」


 急ぎ足でくれば、いつも治療を施す部屋だった。

 応急処置もできる設備は整っており、魔法を使うまでは医師が命をつなぎ止めてくれている。


 アデリナお姉様が先に居るのならば、自分があとに続いても秘密はバレないだろう。


 そっと、患者を気遣いながら静かに扉を開けた。


「……え?」


 そこにはベッドに横たわっているはずの患者も、側に居るはずの姉の姿もない。


「お姉様……?」


 不思議な状況を問うように振り返れば、扉の前には知らない男二人が立っていた。


「ーー!? だ、誰です!」

「亡霊姫って割には美しいんだな?」

「仕事とはいえ、楽しめそうだ」


 その身なりは騎士でもなければ、城を出入りする者ですら見たことがない。

 嫌な予感がして、男二人の奥。

 見守るエレノアお姉様を見れば、どこか楽しそうな顔をしている。


「お、お姉様……?」

「アリア。立場を弁えるべきだったわね」


 それはいつか聞いた、冷たい言葉と同じだった。


「本当にいいんですかい?」

「さっさとやってしまいなさい、お金は払ったでしょう?」

「へいっ」


「いや……やめて……」


「諦めなさいアリア、今頃セラもお姉様と楽しく遊んでるわよ」

「!?」


「だそうですぜ、亡霊姫さま」

「諦めてくだせぇ」


 どうして。


 私は、どうすれば良かったの?

 


==========



「アデリナ様、何度言われようと私の気持ちは変わりません」


 この国の次期女王。


 彼女のそんな地位を求める男は数多く居るだろう。

 だが。


 それすら霞むほど焦がれるものを、俺はもう知っている。


「セラ、いい加減に目を覚ましなさい。お前のそれは、命を救われた恩と恋を錯覚しているのですよ」

「なぜ、そうお思いですか?」

「それはそうでしょう、あの子は……魔性ですから」


 理解に苦しむ。

 

 自分より容姿と才能に恵まれた妹を、ずっと虐げてきた。

 それだけでは飽き足らず、今度は女王として国を富んだものにするため王配に俺を望んでいる。


 これ以上、アリアから何かを奪うのは許さない。


「魔性……、ですか。確かにアリア様は美しい」


 名前をだした途端、彼女の体が揺れる。

 嫉妬という感情は、こうも女を突き動かすのか。


「ですが、彼女の本当の美しさは見目の良さではありません」

「ふうん?」

「それが分からない内は……、国を治めるのは難しいのではないでしょうか?」


 そう真実を突きつければ、手に持っていた扇子は音を立て変形した。

 そういう所だ。とでも言えば分かるんだろうか。


「セラ……! ふんっ。何とでも言いなさい。もう既に、手遅れでしょうから」

「……?」


 手遅れ?

 手遅れとは、なんだ?


 光の魔法のことか?

 いや、それについては既に手を打ってある。


 彼女(アリア)の心に反しないような手を。

 しかしアデリナがそれに感づいているとは思えない。


 いったい……?


「……まさか」


 嫌な予感が、する。


「大好きな貴方以外の手で女になるアリアは、さぞ綺麗でしょうね」


 この女の高笑いが、いやに耳に響く。


 そもそも夜に呼び出されたこと自体、罠だ。

 俺とアデリアが通じていると噂するまでが筋書きだろう。


 俺の名誉なんかどうでもいい。


 だが、アリアを持ち出されては来ない訳にもいかなかった。


 こういうことだったか……!


「……失礼する」

「あら、逃がさないわよ」


 踵を返せば、元同僚たちの姿。


「いいの? ここでやっちゃうと国を追われるわよ」


 どこまでも腹の立つ女王様だ。

 だが、その通りだった。


「なぜ、そこまでして」

「この国のためよ」

「本心か?」

「さあ、どうでしょう」

「戯れ言をっ」

「さ、どうぞ。こちらへ勇者様」


 そう言いながら、奥の寝室を示す。

 くそったれ。


 誰がお前なんぞと。




「ーーっ」

「誰だ、お前!」

「うわっ」


「何ごと!?」

「……はぁ」


「セラ、助けに来たわよ~……って、もしかしてお邪魔?」

「んな訳ないだろ! もう少し手加減しろよ」

「あはは~」

「だ、だれよ!?」

「え? 話してないの!?」

「……今からするところだったんだ!」

「無礼者、ここをどこだと思っているの! 名乗りなさい!」

「私ですか? 申し遅れました、セレナーデと申します。この男と一緒に魔王を討った者の一人です!」


「せ、聖女……!?」



==========



「お姫様、諦めてくださいよ~」

「元々、勇者殿は姉君に譲るつもりだったんでしょ?」

「いや! 離して!」


 確かに全てを諦めていた。

 それは言われなくても分かっているし、そんな自分が嫌だ。


 でも、じゃぁどうすればいいの?

 私が居なければ、誰が民を癒やせばいいの?


 王家の証であるなら、放逐されたとて魔法は使えない。

 姉がそれを許すわけがないからだ。


 そう、思うのに。

 セラがお姉様と……。


 考えただけで、心が張り裂けそうだ。


「セラは、物じゃない!」

「それはそうだ、でも貴女だって一緒じゃないですか?」

「なにをっ」

「勇者殿も人間ですぜ?」

「だから、そう言ってーー」

「だったらなんで、向き合わないんで?」

「……!?」


 ちくり、と胸が痛んだ気がした。

 隠していたものを刺された、そんな感覚。


 そう、いろいろな事情を並べては見たものの。


 結局のところ、自分に自信がないだけなのだ。


 彼にふさわしくないのだと、認めたくないから理由を並べて逃げているだけなのだ。


「母がっ、平民だし……」

「ほお、なら俺たちと同じだ。ま、楽しみやしょう」


 痛いところを突かれた心は存外に脆く。

 このまま、身を任せてしまった方が楽なのではと。


 もう一つ、理由を作ってしまえばいいと。


 そう、思いかけた。


 でも。


(……本当に、それでいいの?)


 彼は、意図してないにせよあの時の約束を果たそうとしてくれている。

 その道は決して楽ではなかったはずだ。


 そんな彼と向き合わないのは、彼の心を無視していることに他ならない。


 仮に、自分の考え通りに物事が進んでほしいとしても。


 何故なのか、どうしてそう思うのか。


 それをはっきりと、彼に伝える義務が私にはあるはずだ。


 なぜならーー。


(……貴方が、幸せで在ってほしいの)


 この城でただ一人、私という人間を認めてくれた人。


 私という存在を、その眼に映してくれた人。


 だったら、私も亡霊ではないのだと。


 貴方の幸せを誰よりも願う人間なのだと。


 そう、示すことが何よりの恩返しなのではないか?


「ーーいでっ!」

「うわっ噛みつくなって!」


(逃げ延びる)


 逃げて、そして、はっきりと自分がどう思っているのかを伝えるんだ。


「このっ大人しくーー!」

「きゃ!」


 また、痛みがくる。


 いつものように、再び目を閉じた。



==========



「ーーアリア!」


 けたたましい音と同時に、焦がれた声が聞こえた。

 どうして、ここに……?


「お、お前は!?」

「まさか、こいつら……」

「ちょっと~~、勇者と聖女、二人相手にする気~?」

「や、やっぱり!」

「知らない! 俺たちは何も知らないぞ!」

「ばいば~い」


 恐怖の対象が去って気が抜けたのか、それとも目の前の存在に安心したのか。

 体に力が入らない。

 目には、涙があふれてくる。


「アリア……良かった無事で」

「セラ……」


 前回同様、やさしく。それでいてどこか、確認するように抱きしめられる。

 自分の名を呼ぶその声が、どうしようもなく愛おしい。

 あぁ、私は……。



「あの~~」


「「!?」」


 驚いてセラから身を離せば、自分と同じ髪色の女性が立っていた。

 全身を覆う青色のローブは珍しい。

 魔法使い……?


「いや、すみませんね。お邪魔しまーーす。えーーっと、王女様初めまして。セレナーデと申します!」

「セレナ、うるさいぞ」

「もういいじゃん、十分騒いだし」

「えっと……?」

「最初に討伐の報告に行った時は、居なかったもんな。あーー、えっと。……アリア様、この者は私と魔王討伐の任を遂行した仲間、みなには聖女と呼ばれております」

「! 聖女様でしたか、それは」


 まさか、救国の聖女様だったとは。


「王女様」

「はい……?」

「私はこの場を退散しますが、二つだけお伝えしておきます」

「は、はい」

「一つ、私は孤児院出身でして施設のためにお金が必要です。なので、気に病むことは何もありません。一つ、私はこの男のことはなーーーーんにも、これっぽっちも思っておりません!」

「?」

「おい、仮にも仲間だぞ」

「いやーー、ほんとすみませんね。セラってば口下手だから言葉足らずで」

「お前はっ」

「あははーー、では、お邪魔しました! 毎度ありがとうございます!」

「??」

「はぁ。言葉足りねぇのはお前だって」


 聖女様ことセレナーデは、それだけ言うと退散した。

 良い意味で、風のような人だ。


「あーー、その」


 どこか照れたセラが、このうえなく愛おしい。


 ……止めよう。


 もう、その存在を見て見ぬふりするのは止めよう。


「私、間違っておりました」

「え?」

「貴方の幸せを思えばこそ、私となんか……と。お姉様と結ばれた方が、長い目でみれば良い人生を歩めるのではないかと」

「それは」

「でも、貴方が私にしてくれたように。私という存在を認めてくれたように、私も貴方の思いに応えねばと、そう思っていたのです」

「アリア様……」

「ですが、私は自分の立場や環境を隠れ蓑に、自分に自信がない。貴方にふさわしくない、という素直な気持ちを伝える努力を怠りました」


 ずっと胸に在った思いが、ひとつ口にすると水の流れのようにとどまらない。


「そして……どんな理由があっても、貴方がお姉様と共に在ると想像しただけで……。胸が、張り裂けそうになるんです」


 きちんと伝わっているか。

 今はそんなことより、ひとつひとつの思いを、口にして表したい。


「私は、貴方のことがーー!」

「ーーアリア様」


 本当は気づいていたその心を、言葉にするというのはなんて難しい。

 でも、どうしてだろう。


 一度認めると、それは胸の中でどんどん形を膨らませる。

 まるで、生きているかのような感情だ。


「どうか、その先は私に言わせてください」


 その生き物が叫んでいる。

 

「貴女を、愛しています」


 『愛している』と。





「ええと、それはどういう?」

「つまり、もうアリアが身代わりをやる必要はない」


 想いを確かめ合い、しばらく互いの存在をゆっくり確認するかのように抱きしめ合っていた。

 そうしてとろけるような時間が幾らか過ぎた頃、はたと気がついた。

 聖女様の言葉の意味とは、いったい……?


「セレナにアデリナ様と交渉してもらったんだ」

「交渉……ですか?」

「ああ、セレナは光の魔法が使えてお金が必要。王家は光の魔法の使い手が居ないと面子を保てない。お金はたんまりある、そういうことさ」

「それで……お姉様が納得するでしょうか?」

「納得もするさ、他ならない王の依頼だからな」

「! お父様の」


 愛情を向けられていないと思っていたが、ほんの少しでも情があったのだろうか。


「貴女がほしいと言ったあの後、改めて王に伝えたのですよ。……貴女との約束を。そして、セレナとの契約のことを」

「お父様は、……なんて?」

「娘を頼む、と。……きっと、あの方なりに貴女への接し方を悩んでいたのかもしれないな」

「そう、ね」


 王位を継ぐわけでもない自分より、現国王のお立場というのは殊更難しいだろう。

 まして、姉たちの心が不安定になり、私へとそれをぶつける理由を作った張本人なのだから。


「私と共に、来てはいただけませんか?」

「どこへ……?」

「貴女の母上の元へ。貴女と人生を共にする許可を頂かねばなりません」

「お母様の居場所が……!?」

「王はそれほど、思い悩んでいたのだと思いますよ」

「そんな……、会えるなんて……!」


 もう、一生会うことはないだろうと思っていた。

 お父様も、この話題はずっと避けていた。


 こんな、幸せなことがあってもいいのだろうか?


「貴女の好きにするよう、仰せつかっております。私と旅をするのも、城へと戻り聖女と力を合わせるのも、何をするのも。貴女の、自由に」

「セラの、……おかげよ」


 また、気が抜けると瞳が潤んできた。

 涙はずっと昔に枯れたと思っていたのに。


「いいえ、貴女がこれまでこの国に尽くしてくださった恩賞です。貴女こそ、救国の姫です」

「セラ……」

「そして、ずっと理不尽に耐え続け、勇気を持って一歩を踏み出してくださったおかげです。……貴女は、私との約束をご自身で叶えたのですよ?」


 自分の足で、踏み出すこと。


 確かにこんな勇気を持てたのは初めてだ。


 でもそれはーー。


「貴方が、私を見付けてくれたから」


 亡霊のようだった私が、愛する喜びを知ったのだから。



ご覧いただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編ながらもドラマティックに描かれた作品でした。どうしてもアリアを諦めたくないというセラの気持ち、どうしてもセラに諦めさせないといけないアリアの気持ちに説得力があり、感情移入して物語を読み…
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