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前編

主人公不在の前後編のコメディーです。

ご都合主義満載! あたたか~い心で読んで頂ければ幸いです。


よろしくお願いいたします。

「無かったことにしよう」


「上司が暴言吐いちゃったよ……」


 輪廻界の平の神、クロウが小さな声で呟いた。


 此処は生きとし生けるものの魂を管理する輪廻界の支部。簡単に言えば天寿を全うした魂を回収、記憶を消去、新たな生命体に転生させる場所だ。

 輪廻界は本部と幾つかの支部で構成されている。本部は古から続く由緒ある世界を管理するエリート揃い、天界に住まう創世の神の信頼も厚い憧れ部署。打って変わって輪廻界の隅にあるこの支部は創世の神が遊びで創ったんじゃねぇの? と疑うくらいショボい世界を数多く管理させられている落ちこぼれ部署だ。いつか全知全能の神に認められて本部に行くぞと支部の面々は意気揚々と仕事をこなしていた。


 そんなある日、クロウは気が付いた。


「なんか最近残業多くね? 遊ぶ時間が取れないんだけど!」


 回収する魂が多過ぎて休めないと上司に苦情を言いに行った筈が驚愕な事実が判明し支部は大騒ぎとなってしまった。


 天寿を全うしていない魂がゴロゴロいるぞ……と。


 急遽、視察員が下界に降りて調査したところ……とある世界が崩壊寸前だった。なんと全世界を巻き込む戦争が起こっていたのだ! 原因を突き詰めると争いの中心にひとりの女が居た。国盗り合戦と思いきやこの女をめぐっての争いだったのだ。よくよく調べてみればこの女、聖女と呼ばれる若い女だった。

 聖女とは不思議な力を持って生まれる乙女で、厄災を払い大いなる恵みをもたらすと言われる存在。創世の神々が新たな世界を創る時に頻繁に用いられるオプションのひとつだ。その聖女を国単位で奪い合っていたのだ。厄災を払い大いなる恵みをもたらすと言われる存在が、世界の崩壊の元となっているなんて本末転倒もいいところだ。


 でも問題はそこでは無い!


 実はその聖女……破壊神だった。聖女の身体を乗っ取っていたのだ! 破壊神は創世の神の天敵、その名の通り世界を破壊する存在なのだ。


 こんな事が創世の神に知れたら職務怠慢とみなされ支部の神々は皆減給もの! これ以上給料を減らされたら生活できない。支部の神々は焦った……焦り過ぎてコッソリ時の神を拉致ってきて時間を止めたのだった。


「貴様ら、こんなことしてバレたら破滅だぞ!」

「この事実が時の女神に知れたらアンタこそ破滅じゃないの~?」

「くっ……」


 何かあった時の為にと時の神の弱み(浮気の証拠)を握っていたのだ。


 その後、破壊神を捕らえ拷問にかけ洗いざらい吐かせた支部の面々。余計な仕事増やしやがってと恨みをぶつけたのは言うまでも無い。


 破壊神がこの小さな世界に降り立ったのは十年前。聖女の素質がある少女に目を付け、魂を追い出し身体を乗っ取ったらしい。暫くはバレない様に少女のフリをして過ごし聖女に選ばれた途端本性を現した。先ずは自国の要人たちを籠絡し内戦が勃発。そして他国に亡命しては同じ事を繰り返し世界が崩壊寸前にまでなったのだ。


 危なかった……もしクロウが遊び熱心じゃなかったら世界は崩壊していただろう。仕事熱心ならもっと早く気付いていたかもしれないけれども……。


 そして破壊神をフルボッコした後の上司による「無かったこと」発言。創世の神に気付かれないよう細心の注意を払い破壊神が聖女の身体を乗っ取った十年前まで時を戻す事にした。


 ここは世界の果ての果てに創られた小さな世界、幸か不幸か創世の神はこの異変に全く気付いてはいない。裏を返せば果ての果てにありすぎて支部の神も気付けなかった訳だが……。


 時の神がブツブツ言いながら時を戻すと人々は若返り崩壊寸前の世界は元の美しさを取り戻した。しかし死んでしまった人間は元に戻せない、肉体を再生して魂を戻すしかないのだ。幸いな事にこの世界の魂の転生は三百年単位で行われる為、ここ十年で死んだ魂はそのままストックされていた。


「この十年で死んでしまった魂の選抜を急げ!」

「再生した肉体に戻して!」

「魂と肉体の相互確認ちゃんとやれよ~!」

「所定の位置に設置するんだぞ!」


 連日連夜、支部員総出で魂の選抜、肉体の再生、余分な記憶(十年前までの記憶)の消去が行われた。モニターに映し出された数千万人のデータを睨みつけながら手元の端末を操作する地味な作業。


「もう嫌だーー! おうち帰るーー!!」

「僕、死ぬかも……いっそ殺してくれ!」

「消去、消去、消去、ついでにクソ上司も消去……」

「アハハハ……アハハハ……アーー!!!」


 作業が終盤に差し掛かる頃、支部内は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌していた。泣き叫ぶ神、怒号する神、満身創痍の神、殺神予告する神。


「えっ? 破壊神が乗っ取った少女の魂が別の世界に転生していたって?」

「違う世界に魂だけ飛ばされていたらしい」

「どうするんだよ!?」

「その世界もこの支部の管轄だから問題無い!」

「そうか……安心だな!」

「ああ、取り敢えず……サクッと魂刈り取ってこよう」


 不穏な会話が聞こえてきているのだが誰ひとりそれを言及する者はいなかった。


 そして、その時が来た。


「それでは何事も無かったかのように時を動かします。時の神、宜しくお願い致します」


 上司が声を抑えて宣言した。時の神が舌打ちしながら手を振りかざす。


 ――果ての果ての世界の時間が再び動き出す。


 そして支部の総力を挙げての《無かったこと作戦》は無事成功を収めた……はずだ。


「クロウ君、危機的状況を察知してくれた君に褒美をあげよう」

「えっ? マジっすか? ラッキー」

「今から十年間、下界に降りてのんびりしておいで」

「下界に十年? 遊び放題? 何か裏がありそうで怖いんですけど?」

「その代わり、問題がないか毎日報告を挙げてね?」

「だと思った!」


 十年間休み無しじゃねーか! と言うクロウの叫びが支部内に轟いた。


 ◆


「えっ? 此処はわたくしの部屋? わたくし……生きているの?」


 ひとりの少女が天蓋付きの可愛らしい寝台の上で目を覚ましキョロキョロと辺りを見回していた。


「わたくしは無実の罪で投獄され地下牢で毒杯を飲まされた筈……喉が焼け血を吐き目の前が真っ暗になったのに……助かったの?」


 彼女の名前はルルティナ・バラモンド。此処、サラージュ王国の侯爵家の令嬢だ。破壊神により天命を全う出来なかった被害者のひとりだ。肉体を再生され無事生き返る事が出来たのだが前世の余分な記憶を持っていた。前世で耐えられない苦痛を味わった魂は稀にその苦しみの記憶が魂に刻み込まれるという……が、彼女の場合はただ単に余分な記憶の消し忘れである。輪廻界の支部のミスだ。


 寝台から降りた彼女は姿見を見て驚愕した。


「えっ? 身体が小さいわ! もしかして時間が巻き戻ったの?」


 その通りである。生前歩んだ人生は無かったことにされたのだ。


「はっ! わたくしの無念が神に届いて人生のやり直しをさせてくれる機会を与えて貰えたのかもしれないわ」


 それは無い! 遊び神クロウの仕事に対する苦情が上司の神に届いただけだ。


「ありがとうございます神様! わたくし今度こそは王子と聖女に陥れられないよう生きていきます!」


 ルルティナは生前、婚約者だったこの国の王子と破壊神に乗っ取られた聖女に嵌められ殺されたのだ。


「先ずはあの無能で単純頭空っぽの顔と権力しか取り柄の無いポンコツ殿下との婚約を回避しなければ……」


 悪口が過ぎる……余程恨みが大きいのだろう。現在、彼女の年齢は十三歳、前世で王子の婚約者候補になった年齢だった。その二年後に婚約、そして数年後婚約を破棄され投獄、十八歳の若さで一度目の人生を終えたのだ。


「それからあの性悪聖女。庇護欲をそそる容姿に隠された強欲さ。もう騙されたりしない!」


 生前ルルティナは、平民だった聖女の淑女教育を任されていた。王子の婚約者で高貴な生まれだった為の抜擢だ。温和で淑女力高めの彼女は懇切丁寧に聖女を指導していた。しかし中身が破壊神の聖女は何かにつけルルティナを陥れる事ばかりしていたのだ。


 様子を見に来ていた王子に毎回泣きつく聖女。


『うっ……うっ……淑女の礼が出来ないからと鞭で打たれました』

『ルルティナ! 鞭を使うなんてやり過ぎだぞ!』

『わたくしは鞭など使っていません!』

『嘘を吐け! 聖女の足に鞭で出来た傷痕があるじゃないか!』


 破壊神はルルティナが邪魔だった。手っ取り早く国家を転覆させる為に王子妃と言う立場が必要だったのだ。ルルティナは王子の信頼を失い最終的には聖女に毒を盛ったという冤罪を掛けられ処刑されたのだ。


「神に頂いた第二の人生……今回はおめおめと殺されたりはしない!」


 ルルティナは二人と関わらない選択をした。


「目には目を、歯には歯を……殺られる前に殺る!」


 否、正面から迎え討つ選択をした。


「マーサ! マーサ!」


 彼女は侍女の名を呼んだ。ひと月前から侍女見習いとしてこのバラモンド邸にやってきた、ルルティナより一歳年上のジェイク子爵令嬢だ。


「は、はい~! お、お呼びでしょうか? ルル……ゴホン! お嬢様!」


 裏返った声を発し挙動不審に入ってきたこの侍女、マーサもまた前世の余分な記憶を持っていた。敢えて言う必要は無いが支部のミスだ。それも二重のミスをやらかしていた。


 時は数時間前に遡る。


 ◆


(許してくれ、ルルティナ! 私が間違っていた……あの悪女に騙され操られ君に取り返しのつかない事をしてしまった……すまない! すまない……)


「はっ!」


 悪夢にうなされ、狭く薄暗い部屋で目覚めたのは、この国の第一王子、アーサー・ジェイム・サラージュだった。

 前世で聖女に傾倒し、信じて欲しいと懇願するルルティナを邪険に扱い聖女がでっち上げた罪を信じてルルティナを死に追いやった張本人。


 その後、聖女の本性に気付いたアーサーだったが王国は取り返しのつかない状況にまでなっていた。国庫は枯れ、国民は飢えに苦しみ、各地では暴動が起き、国内は荒れに荒れた。聖女は亡命と言う名の逃亡、王族は国家を転覆させた罪により処刑されたのだ。アーサーは断頭台の上でルルティナに懺悔し涙を流しながら散ったのだった。アーサーもまた、天命を全う出来なかった被害者と言えよう。


(私は国民に罵倒されながら断頭台で処刑された筈……此処はいったいどこだ? 死後の世界なのか?)


 見覚えのない場所で目覚めたアーサーは寝台から降りカーテンを開けた。そこには朝日を浴びてキラキラ光る庭園が広がっていた。


(此処は……ルルの実家のバラモンド邸?)


 婚約した当初、よく二人で茶会をしたガゼボが遠くに見えていた。間違いない此処はバラモンド邸だと確信する。


(しかしバラモンド邸はルルが処刑された時に国民によって焼かれた筈……)


 アーサーは不可思議な現状に困惑しながら首を傾げる。


「どう言う事だ? ……えっ?」


 自分の発した声に驚く。それもそのはず聞こえてきたのは可愛い少女の声だったのだ。おそるおそる周りを見ると淡い水色のネグリジェが視界に入ってきた。


「な、なんだ? どうして私がネグリジェなんか……」


 再び声にピクリと反応し顔を上げた。そこには窓ガラスに映った少女の姿があった。


「こ、この顔はルルの侍女のマーサ……何故、私がマーサの姿をしているのだ!?」


 アーサーはその場に立ち尽くし頭を抱えた。絶賛、混乱中である。


「私は死んでマーサに憑依したのか? いや、違う! マーサも火事で死んだ筈だ……それにこの身体はまだ幼い……まさか時が巻き戻ってマーサに魂が宿ったのか……?」


 混乱していたが正解を導き出した王子だった。実は二重のやらかしは記憶の未消去と魂の取り違えをした事だったのだ。アーサー・ジェイムとマーサ・ジェイク……少し似ている。満身創痍の支部の連中が間違えるのも無理はない。否、性別違うだろう!!


「もしかして生前の罪を償うために神から与えられた罰なのか? 誠心誠意ルルに奉仕しろと言う事なのか……?」


 違う。支部の神の痛恨のミスだ。罰を与えるべきなのはミスを連発している輪廻界の支部の神に、だ。


「分かりました神様! 私はマーサとしてルルに誠心誠意尽くし、あの悪女からルルを守ってみせます!」


 アーサーはこの状況をすぐさま受け入れられる柔軟さを持っていた。身を挺してルルティナを守ろうと決意する。


「ちゃんと女の子のように振る舞えるかな?」


 その前に本来のアーサーがどうなっているのか気にしろと言えなくもない……。


 そして数時間後。


「マーサ、お茶がとても薄いわ」

「すまない……違う! 申し訳ございません!」


 アーサーは僅か数時間では侍女に成り切れなかった。無理も無い……無能で単純頭空っぽの顔と権力しか取り柄の無いポンコツ王子だったのだから。


 アタフタしている侍女アーサーに視線を送るルルティナ。


(マーサって、こんなに出来が悪い子だったかしら?)


 ルルティナは侍女アーサーに訝しげな目を向ける。絡み合う視線。息を飲む侍女アーサー。


(思い出した。こんなのだったわ)


 生前のマーサもこんなのだったらしい。


「マーサ、着替えるから手伝って」

「えっ? ええ!! 良いんですか!?」


 本来ならアウトだ。だが中身が成人男性でも外見は少女、バレなければセーフだ。


「良いも何も侍女の仕事でしょう?」

「ハイソウデスネ」

「今日からわたくしがビシバシ教育するから覚悟なさい」

「はい! お嬢様!」


 声が浮かれているぞ、侍女アーサー!


 ◆


「あれ? 此処は?」


 豪華絢爛な部屋で目を覚ましたのは、生前ルルティナの侍女をしていたドジっ子、マーサ・ジェイク子爵令嬢だった。彼女もまた天寿を全うしなかった人物だが余分な記憶はちゃんと消去されていた。だがしかし魂はこの国の王子の身体に戻されてしまっている。


「なんでこんな豪華な部屋で寝ているのかしら?」


 天蓋付きの大きな寝台。並んでいる家具はどれも白で統一され金の装飾が施されている。部屋の広さもマーサが使っていた部屋の十倍程あった。


「たしか昨日はお嬢様の髪結いに失敗して怒られ、お嬢様のお気に入りのティーカップを割って怒られ、湯あみ中のお嬢様に滑って冷水を浴びせてしまって怒られ反省室に入れられた筈」


 まさにドジっ子、失敗のオンパレードである。後、明らかに少年の声で喋っているのに気付かない。


「もしかして死んでしまったの? きっと罰として知らない間に処刑されて天国に来てしまったのね!」


 死んでしまった事実はあるが、知らない間に処刑されることは無い。


「天国って素敵な所なのね」


 マーサは素足のまま寝台から降りバーンと扉を勢いよく開けた。


 ギロリ!


「えっ……?」


 マーサは息を飲む。そこには屈強な男が二人マーサを睨んでいたからだ。睨んでいるのは王子の護衛騎士。騎士たちはいつもと違う王子の態度にビックリしてつい訝し気な視線を送っていたのだがマーサは斜め上の解釈をしてしまった。


「この人たちは……地獄の門番?」


 違う! 何処からどう見ても護衛の騎士だ。


「私……地獄に落ちたの!?」


 マーサは幼い頃から祖母に言い聞かされていた『悪い事をした人間は地獄に落とされ鬼に食べられてしまうんだよ』と。マーサが考える悪い事とは昨日しでかした失敗だ。


「助けてーー!!」


「殿下! どうされたのです!?」

「あっ! お待ちください、殿下!」


 護衛の静止も聞かず長い廊下をひた走る。立ち止まれば鬼に食べられてしまう……見えない恐怖からただひたすら逃げた。逃げて逃げて逃げて……盛大に階段から転げ落ちた。


「きゃあああああ!!!」

「殿下――!!!」


 頭から血を流したマーサは意識を失っていた。すぐさま医師が呼ばれ治療を施す。幸いな事に額の切り傷と軽い打撲で命に別状はなかった……が。


「私は誰? 此処は何処?」

「で、殿下――!?」


 記憶喪失になっていた。


 知らせを聞いた国王と王妃が王子マーサの下へと訪れた。


「頭を強打した所為で記憶喪失になったと思われます。それが一時的なものか……あるいは一生戻らないかは私にもわかりかねます」


 医師が心痛な面持ちで言葉を発した。国王は眉間に皺を寄せ、王妃は目に涙を溜めていた。


「おぬしの名はアーサー・ジェイム・サラージュ、この国の王子だ」

「アーサー? 何だかそう呼ばれていた気がする」


 気の所為である。ちょっと似ているだけだ。


「そうよ! 思い出して! わたくしたちの顏に見覚えあるでしょう?」

「ああ! はい! 見覚えがあります!」


 当たり前である。国王と王妃を知らない国民はほぼ居ない。


「おお! もしかしたら直ぐにでも記憶が戻るかもしれません」

「そうか、そうか。安心したぞ」

「しかし焦りは禁物です! 無理矢理思い出させようとしてはいけません」

「そうね、怪我もあるし暫くは安静にしなければいけないわね」


 しかし怪我が綺麗に治った後でも王子マーサの記憶は戻らなかった。戻ったところでその記憶はアーサーのものではなくマーサのもの。


「どことなく違和感があるけど周りが王子って言うのだから私はアーサー第一王子なのだろう」


 そして己に言い聞かせる。


「私はアーサー、この国の王子だ! 私はアーサー、この国の王子だ! 私はアーサー、この国の王子だ!」


 王子マーサは自己暗示にかかり自分は王子なのだと思い込んだ。そして立派な王子と成るべく奮闘する。


「殿下! シャツが表裏逆です。靴も左右逆!」

「殿下! 何故何もない所で転ぶんですか」

「殿下! 剣はちゃんと握って! すっぽ抜けたら危険だと何回言えば……」


 だが、ドジっ子は健在だった。


 ◆


 天界の異空間に破壊神が現れた。荒い息を吐きながら倒れ込む。


「兄者!」


 兄者と呼ばれたのは輪廻界の支部の神々にボコボコにされた破壊神だった。全身ズタボロになりながら命からがら逃げだして来たのだ。


「カイ……」


 カイと呼ばれたのは破壊神の弟……兄を崇拝し兄の為なら命も厭わない兄大好き破壊神だ。兄よりも優秀で壊した世界は数知れず、ひとえに兄に褒められたいが為だけに力を発揮するただのブラコンだ。


「誰にやられたんだ!?」

「輪廻界の……連中に……」


 破壊神兄……名前はバク。バクはこれまでのいきさつをかくかく云々とカイに話した。聖女の身体を乗っ取り、もう少しで世界を破壊できたのに邪魔が入り成し遂げられなかったと。カイの瞳に怒りの炎が灯った。


「おのれ……輪廻界の連中、許すまじ! 兄者を葬った報いを思い知らせてやる!」

「いや……生きてるから、ね」

「兄者が志半ばで成し遂げられなかった破壊は俺が引き継ぐ!」

「うん。それはありがとう、でも生きてるから」

「兄者の仇は俺が取る!」

「生きてるってば」

「兄者……安らかに眠ってくれ……くっ……」

「どうしても殺したいらしいな……分かった、死んだふりをするよ」


 ガクッとカイの腕の中で死んだふりをする付き合いの良いバク、カイはそれを抱き締め慟哭する。


「兄者――!!!」


 茶番劇には付き合うが埋めるなよ、と心で願うバクだった。


 バクを弔い(結局埋めた)果ての果ての世界へと降り立ったカイ。行きかう人々を見て眉間に皺を寄せた。


「どう言う事だ?」


 バクからは壊滅寸前と聞いていた。だが目の前には幸せそうに笑い合う人々と美しい街並みが広がっている。


「もしかして……時間を戻した?」


 流石、優秀な破壊神カイ! 一目見ただけで世界の現状を把握した。


「アイツ等……禁忌を犯したな!」


 そうである。余程の事が無ければ世界の時間に干渉する事は天界の禁忌とされていた。全知全能の神に知れたら天罰が下る。平たく言えば下等生物に降格だ。

 まあ、今回は余程の事にギリ該当するが報連相を怠りバレない様にこっそりやったのが頂けない。天罰確定である。


「クックック。無かったことにしようとするとは浅はかな連中だ。俺が証拠を集めて全知全能の神に密告してやる」


 ◆


「う……ん……」


 仄暗い部屋で目が覚めたのは前前世で破壊神に身体を乗っ取られ前世で輪廻界の支部の神に理不尽に魂を刈り取られた少女だ。


 少女の枕元には彼女の両親がやつれた様子で膝をついて手を握っていた。彼女の声に反応して名前を呼ぶ。


「「シルミーナ!」」


「お父さん……お母さん……?」

「ああ! 良かった……」

「うっ……うっ……あなたは雷に打たれて昏睡状態で……もう駄目かと……」


「雷に……? また……?」


 シルミーナはぼんやりとした頭で呟き……ハッと我に返る。


(違う……雷に打たれたのは今の私じゃない……これは前世の記憶?)


「また?」

「ううん。何でもない」


 シルミーナの前前世の記憶は魂が他の世界へと飛ばされて転生時に消去されていた為残っていなかった。急遽情報を基に作られた記憶を植え付けられていたのだ。暫くは問題無く過ごしていたが《無かったこと作戦》から二年が過ぎた雨の日、雷に打たれた衝撃で前世の記憶が蘇ってしまった。そう、前世の(輪廻界の支部によってもたらされた)死因が雷に打たれての心停止だったのだ。


(今の私はもう……誰からも虐げられないのね……)


 前世のシルミーナは末端貴族の令嬢だった。末端と言っても金だけは持っている男爵家(爵位も金で買った)。金にものを言わせ高貴の貴族に擦り寄り社交界で大きな顔をしていた。


『男爵令嬢ごときが何様のつもり?』

『元々平民だった癖に生意気なのよ』


 父母に連れられ豪奢なドレスを纏い社交場に顔を出せば同年代の令嬢から終始嫌味や蔑みが飛んで来た。冷ややかな目で睨まれ、水やワインを掛けられ、囲まれて罵倒される日々。


 そして侯爵家の嫡男との婚約が決まった時、前世のシルミーナへの風当たりは更に強くなったのだ。


 侯爵家は没落寸前だった。度重なる事業の失敗、思いがけない自然災害、借金に次ぐ借金で家は火の車。そこに手を差し伸べたのが男爵家だったのだ。借金の肩代わりと融資の見返りに婚約を要求してきたのだ。その事に周りの貴族の令嬢たちは憤慨した。


『身の程知らずの阿婆擦れが!』

『金で婚約者を買うなんて恥ずかしくないの!?』

『まさか侯爵家を乗っ取るつもりじゃないのでしょうね?』


 社交場に顔を出すたび罵倒され虐げられる日々。前世のシルミーナは会場の隅でひとり震える身体を抱き締めていた。


 喜びに打ち震える身体を……。


 そう、彼女は特殊な性癖を持つ人間だったのだ。被虐体質……所謂、ドM。彼女の嗜好とするものは精神攻撃。罵倒、蔑み、陰湿な虐め。虐められたいが為に社交場に顔を出すと言っても過言では無い。周りを囲まれる度ドキドキワクワクしていたのだ。


 そして婚約者も例外ではない。ある意味最高の婚約者だった。


『成金風情が!』

『(もっと言って!)』

『僕が貴様を愛する事は無い!』

『(愛は要らない! 罵倒が欲しい!)』

『近寄るな! 虫唾が走る!』

『(はうっ!)』


 悲しみに打ち震えるていで、その実喜びに打ち震えていたのだ。


 だが、そんな幸せな日々も雷に打たれ終焉を迎えた。


 前世のシルミーナの魂は、あれよあれよと言う間に記憶を消去され十三歳のシルミーナの肉体に作られた記憶と共に戻された。その後、優しい両親と三人で貧しいながらも平穏な毎日を送っていたのだ。

 だが、奇しくも前世の死因と同じ目に遭い記憶が蘇ってしまった。実は前世の世界はこの世界より時間の流れが速く雷に打たれた時は既に二十歳、彼女の被虐性は魂に深く刻み込まれていたのだ。

 所詮はまがい物の記憶、前世の性癖には太刀打ちできなかったのである。


(何てこと! 優しい両親と良い子の私。親戚にも近所にも私を虐げてくれる人が居ない!)


 優しい両親に虐待してくれとは言える筈も無くシルミーナは絶望し涙した。


「うんうん。良かった、良かった」

「神様に感謝の祈りを捧げましょう」


 シルミーナの涙を嬉し涙と勘違いした両親は両手を組み神に感謝した。


「神よ……娘を助けて頂き感謝します」

「神さま……私たち家族は幸せです」

「(神! 私の幸せを返してーー!!)」


 この後シルミーナの身体から眩しい光が溢れ出し大騒ぎした両親に神殿へ連れて行かれ聖女と認定されたのであった。



読んで頂きありがとうございます。

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