呼び名
名前の呼び方って結構大切ですよね
建物を出て、小さな森の中を2人で歩く。
森の奥にはみんなが「ゲート」と呼ぶ大きな扉があって、そこをくぐると地上に降りることができる。ここから地上におりて、今日、命がつきる予定の魂を天国か地獄のどちらかに導くのが私たちの「仕事」ってやつ。
ちなみに私たちが今いる場所は、天国でも地獄でもない中間点。この空間は「グランゲート」って呼ばれている。
さっき私たちがいた建物は通称「オフィス」。地上に天使と悪魔を派遣するためのいろんな手続きやら何やらをするところ。
だから、地上派遣部隊を統括している天使の上官たちの部屋もいくつかある。
さっき訪ねたリール大佐のお部屋もその1つ。
で、2人で黙々と歩いているのもなんだか息が詰まるので、なにか会話…。
なんといってもこれからは毎日2人で仕事をしなくちゃいけないんだし!なるべく仲良くしといた方がいいよね。
「あの、イサヤ少尉。今日の仕事はどんな人間のところ…」
気を遣いつつ、頑張って話しかけた私の言葉を遮って言われたことが、
「イサヤ」
「え?」
なに?なんのこと!?
思いっきり戸惑っている私を見ようともせず、前を向いたまま歩くイサヤ少尉が言った。
「呼ぶの。いちいち少尉とかつけんの面倒だろ」
「でも…」
なんだかこの雰囲気で名前で呼ぶようにするってハードル高い。私が渋っていると、ダルそうだったイサヤ少尉の声音にちょっとイラッとした感じが加わった。視線を前から私へと移すと、
「エイリは名前だったじゃねーか」
と、切れ長の目を少し細めながら問い詰めるような感じで言われた。
「あ、あれはエイリさんが名前でって…」
「エイリの言うことはきけるのに、俺の言うことはきけないってのか?」
ひ〜、だんだんドスの利いた声になってきてますけど!?
「いや、そんなわけでは…」
って言うしかないよね!?本当はあなたの言うことなんてききたくないし!なんて怖くて言えないよ〜。
「じゃ、そういうことで。あ、”さん”づけもなしな。ほら、ゲートについたぞ」
ええっ!って叫びそうになった声を出す暇もなかった…。うぅ…強制的にイサヤ少尉のことを名前で呼ぶことにさせられちゃった。しかも呼び捨てで。怖い天使を呼び捨てって結構勇気いるんですけど。
「そもそもお前、なんでエイリのこと知ってるんだ?」
「え、そ、それは…」
え〜ん、いくらなんでもさっきの恥ずかしい出来事は話したくないなぁ。場所を聞いたら目の前がそうでした、なんて。どうせまたバカとかなんとか言われちゃうんだろうし…。
そんなことを考えて黙ってしまった私をジーッと見ていたイサヤ少尉は、
「ま、別に話したくないなら無理に話すことないけど」
ムスッとした顔でそれだけ言って、ゲートの前にいる護衛の天使さんのところへ歩いて行っちゃった。
あれ?なんだか私、また怒らせちゃったかな??イサヤ少尉ってば難しすぎる…。
ぼけ〜っと考えながらイサヤ少尉を見ていると、ゲートを守護している天使さんにニコッと爽やかな笑顔を見せた。
あの笑顔、私にはしたことないよね〜、なんて思っていると…。
「おつかれさまです!これ、指令書です。開門よろしくお願いします!」
へっ?今の誰?
ものすごーく爽やかな笑顔で、しかも好青年ぶりを絵に描いたようなハキハキした話し方。今、私の目の前で、護衛の天使さんに指令書を手渡している天使ってば、イサヤ少尉だよね!?
うん、目をこすって見直してみたけど、やっぱりイサヤ少尉だ。
なに?なんなの?これがリール大佐やエイリさんが言っていた”素じゃないイサヤ”ってこと?
これじゃ思いっきり違う天使…。
仮にも悪魔である私を脅しちゃったりなんかしていた、ダルそうなくせに怖いオーラをガンガン振りまいていたときの雰囲気はカケラも感じられない。完璧な猫、いやいや、ここまでくるともう化け猫クラスだ…。分厚〜い皮をかぶったエンジェルさんじゃないですか!
しかも、指令書を手渡された護衛の天使さんってば、完全にだまされてる感じ。うっとりした顔で書類を受け取ってるよ…。
しかも、天使さんが書類を処理しているあいだに、これまた護衛の悪魔のお姉さんへ近寄って…。こっちは耳元に顔を寄せて何事かを囁いているっぽい。悪魔のお姉さんってば、イサヤ少尉の囁きに頬をうっすらと染めてるし。
絶対に、なんだかよからぬことを言ったに違いない!!最後は声をそろえて、
「いってらっしゃいませ、イサヤ少尉」
なんて、とろけるような笑顔で見送られてるし!それに応えてるイサヤ少尉も、
「はい!いってきます!」
なんてさわやか笑顔で言ってるし!反則っ!!絶対に反則技使ってるよ!
ものすごーく納得いかないかも。私にはあんなに意地悪な感じだったのに。なんだかモヤモヤするっ!頭にきたからさっさと仕事しよう!
そう思った私は、笑顔で護衛の天使さんに手を振るイサヤ少尉の前をわざと突っ切って、やっと私が通れるくらいに開いたばかりの扉から地上にむかって飛び立った。
当然だけど、ばさっと広がる私の羽は黒。これでも悪魔ですから。
なんて偉そうに思えたのはここまで。ハッと気づくと、私ってば地上に行くのは初めて!当然だけど、扉をくぐったあとがどんなものか知らなかったのです。。。
扉をくぐった先は真っ白な雲の中でした…。しかも密度の高い霧の中にいるみたいに、なにも見えない!?自分がどこにいて、どっちに向いて飛んでいるのか全くわからなくなって、パニックになった私…。
「ぎゃ〜落ちる〜!!誰か助けてっ!」
気づいたら思いっきり叫んでました。怖くてどうしていいかわからなくて…。
あぁ、私、初仕事をこなす前に死んじゃうのかも。なんて変に冷静な考えが浮かんだ瞬間、ふわっと体が浮いた感じがした。
あれ?
どうやらぎゅっと目を閉じていたみたいなので、おそるおそる開けてみた。
最初に目に飛び込んできたのは純白のローブ。
もしかして?
と思いつつ、そぅっと視線を上にあげてみると、あきれ顔のイサヤ少尉。
「はぁ〜」
目が合ったとたん、思いっきりため息つかれちゃった。
「お前なぁ…むちゃくちゃにもほどがあるだろ」
「?」
「講義、ちゃんと受けたのか?扉をくぐって地上まで降りるには、ちょっとしたコツがいるって学校で教わらなかったか?」
「あっ!」
「まったく…なにが首席で卒業しました、だ。歴代の首席からクレームが来るぜ」
さらに呆れた感じが増した顔で言われちゃった。
「むぅ〜」
「なんだよ、なにか文句があるってのか?」
「いえ!まったくございません」
今回ばかりは言い返す言葉が見つからなかった。でもそれがダメだった。
「そうだろ、そうだろ。面倒くさいから、今日はこのまま地上まで行くぞ」
そう言ってフイッと視線をそらされた。
「えっ!?ぎゃ〜〜〜」
反論する暇もなく、また急降下。
でも、今度はイサヤ少尉に…そういえば私、イサヤ少尉にお姫様抱っこされてる!?しかも、急降下が始まった瞬間、思いっきり抱きついちゃってるし…。
状況を飲み込んだ瞬間、体中から火が噴きそうなくらい恥ずかしくなっちゃったけど、今更遅くて。
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