願望と事実
耳に入ってくる鳥の囀り。どの世界でも鳥は同じような声で鳴くようだ。まぁそうか。生物学的な分類は宇宙で恒常的に同じなんだから。
「おはよう」
彼の優しい声が囀りと混ざり耳に入ってくる。そういえば彼の名前を聞いてなかった気がする。
「おはようございます」
「あ、僕の名前はカロン。日本では佐藤実って名前だったかな。で、君の名前は下田桜。あってる?」
「…あってます」
カロンが俺の名前を知っているのは多分どこかで呟いたからなのだろう。佐藤実、どこかで聞いたことのある名前。確か…、
「僕は日本で最初の転生者だよ。大きなニュースになったらしいから名前を聞いたことがあるのも当然だね」
「そうなんですか!どうりで見たことのある容姿で、聞いたことのある名前だったんですね」
だとするとかなり心強い。前例が複数いるのであれば、俺がどう行動すればいいのかなんて考えやすい。
「ご名答。先ずは結果を聞きにギルドへ向かうべきだね」
「いろいろとありがとうございます」
「あ、それとこれ。必要な物をまとめておいたよ」
カロンは手に持ったバッグを指さし言った。
「ありがとうございます」
「地図も渡しておくね。じゃあ、また会う日まで」
「こちらこそです。では」
そう言い合い、俺は外へ出る。今日も今日とて快晴だ。陽も天頂だ。ふと後ろを振り返る。カロンが微笑みながらこちらに手を振っている。何かを含んだ微笑みのようにも感じるが、多分それは昨日の出来事によって俺が潜在的に軽い疑心暗鬼状態だからだろう。カロンは色々と尽くしてくれた。さすがに悪いことはしないだろう。そう信じることにする。
「能無しか…」
ギルドへの道を進みながら考える。ここはまだ郊外なようで、右には草原、左には川である。肌を撫でる心地よい風。日本が思い出される、そんな風だ。
「結局、日本にいたころと何も変わらないってか。やっぱり無情なんだな」
俺が異世界転生を望んでいた理由、それは俺の居場所が欲しかったからだ。俺のできることが欲しかったからだ。日本では、俺は何をやっても成功しなかった。何をするにも努力をしなきゃいけなかった。俺は元来努力と継続ができない人間だ。諦めが早い分、挑戦した数も多かった。だが、挑戦した数が上回ることはなかった。誰かは言っていた、「努力をしている時点でそれには向いていない」と。それはまさに的を得ている言葉だ。だから俺はそれを信じて、いろんなことに挑戦した。なぜなら、何をするにも努力を要したからだ。つまり俺は能無しだったのだ。だから俺は嘘を吐いていた。嘘を吐かないと俺の存在が無くなると思っているからだ。嘘を吐かないと俺は能無しであることを認めなくてはいけなかったからだ。いつもの俺は飾った俺。必要でもないのに、演じ続けていた。
だから俺は異世界に行きたかった。異世界に行って、新しい人生を歩みたかった。俺を知ってる人が誰もいない世界に行きたかった。知ってる人が誰もいない世界で、俺は自由にやりたかった。制約のないこの世界で、俺は俺を変えたかった。でも、でも能無しじゃなんの意味も無いじゃないか。やっぱり俺は一般人なんだよ。結局、どんなに願っても祈っても俺は平凡なんだ。いや、平凡以下なんだ。だけど、せっかく掴んだこのチャンス、無駄にはしたくない。ダメなことが分かってても、ダメならダメなりにやり抜くんだ。俺が本当にダメなことを思い知って、堕落して、この人生を終わりたい。それが俺の考える「理想」ってやつだ。
俺を照らす陽。それはまるで俺に気力を照射しているようだ。ppチェインで生まれたエネルギーが私に供給されるように感じる。まぁ、この恒星が太陽と同じようにppチェインをしているかどうかは何とも言えないが。太陽より大きな恒星はppチェインをしていないらしいからだ。…私って言った?まぁいいや。
ギルドは思ったよりも近かった。体感では1kmほどか。俺は登下校でこの距離位を毎日歩いていたから別に疲れたとかはない。ギルドを前にして少し緊張を感じる。結果など分かり切っているのに緊張する。心の中で、実は…的な展開を望んでいるからなのだろうか。
ギルドの中に入る。この光景、昨日も見たはずなのに、なぜか新鮮味を感じる。周りからの視線を感じながら、例の受付嬢のところへ行く。受付嬢は俺に気が付いたようで、手元の仕事をとても素早い手つきで片づけた。これも昨日と同じだ。よほど受付の仕事が無いのだろうか。
「あの」
「昨日の桜さんですね。結果が届いてます」
「はい」
「ではこちらをご覧ください」
受付嬢から書類を受け取る。物理的にはそこまで重さは無いが、重みを感じる。そこの書類には、「魔法の素質ナシ。体力は普遍的。知能は一般よりは高いが、偏りが見られる。」と書いてある。
「あ、それと、ギルド長がお呼びです」
「え、なんでですか?」
「それに関しては何も申し上げられません。ギルド長はここの最上階にいます。そこまでお送りします」
「ありがとうございます」
受付嬢は「待ってました」と言いたげに俺を引率し始めた。そのせいか歩くのが早い。
「こちらがギルド長の部屋です。くれぐれも失礼の無いように」
「はい」
ドアをノックする手に緊張が走る。ギルド長が俺に何の用があるのだろうか。
コンコンコンコン
「入れ」
「はい、失礼します」
まるで面接だ。そう思いながらドアを開ける。
「君が下田桜だね」
目の前には、長身でスタイル抜群の白髪のおじさまがいた。年齢は50代だろうか。ふくよかな体をイメージしていた俺が恥ずかしい。
「はい」
「まあ、そこに座りなさい」
「失礼します」
所謂応接間のような部屋だ。校長室と言われても違和感がない。
「あまり緊張するなよ?食ったりしないからな」
「はい、ありがとうございます」
「ふふ、ずいぶん礼儀正しいな」
「いえ」
面接の癖が随分と出てしまっているようだ。しかしこの世界でもこの礼儀作法が通用するのか。地球でもこんな礼儀作法が通じるのは日本くらいなのに。
「さて、本題に入ろうか」
「はい」
「君は異世界転生って知ってるか?こんな質問は愚問か。」
「はい」
「では、君が知っていることを教えてくれ」
「わかりました」
俺はカロンが言っていたことを伝えた。
「ふむ、随分と知識があるようだね。なら話は早い」
「といいますと」
「単刀直入に聞こう。君は転生してきたか?」
「はい」
「やはり。君も言っていたが、転生してきた人には魔法の素質がないのだよ」
「そうですね」
「もう一つ聞きたいことがある」
「もしかして、能力についてですか?」
「流石。さて、君の能力はなんだ?」
「残念ながら、私に能力はありません」
「もう一度聞いてもいいか?」
「はい、私には能力がありません」
「なるほど」
端正な顔に皴が刻まれる。よほどのことなのだろう。
「まだこちらに来て日が浅いので、確定とまでは言えませんが」
「そうするとなかなかに珍しい個体だ」
「そのようです」
「君はこれからどうするつもりだ?」
「はい、私は多分冒険家には向いていません。なので、私はこの珍しい特性を生かして、この能力を解明したいと考えています」
「なるほど」
お疲れさまでした。
今回ですが、特に波乱も起きませんでした。
事実を確認する回でした。
これからですが、多分皆さんの予想しない方向にいくと思います。(まだ書いてない)
イケバイイナァ
まぁ結局はタイトル回収ですがね。
では