第肆話 初ギルドクエスト、最悪の遭遇
『Marylean』はギルドカードを受け取り、壁に取り付けられているクエストボードと呼ばれる物を穴が開く程見つめ、貼られているクエストを吟味する。
「んー、あんまいい依頼ないなぁ……」
眉を顰め、クエストボードに近付けていた顔を引く。うむむ、と唸る『Marylean』を尻目に周りのプレイヤーは次々とクエストを受け、貼られているクエストの数が目に見えて減っていく。
「ええい、ままよ!」
『Marylean』は目をギュッと瞑り、バッ、と素早い動きで一枚のクエスト用紙を手に取った。閉じていた瞳をゆっくりと開け、手に持つクエストの内容を視界に収めていく。
――――――――……
クエスト名:私の村を襲ったオークを倒してほしいの!
達成報酬;38000ゴールド、宝物
成功条件:オークの殲滅
クエスト難易度:C
――――――――……
「クエスト難易度C!?」
『Marylean』の叫び声がギルド内に響いたのだった。
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クエスト難易度とはそのクエストの達成難易度の事である。ランクは下からF、E、D、C、B、A、S、SS、SSSとなっている。勿論クエストの難易度は敵モンスターの強さだったり、その物品の入手確率などで決まる。だが唯一このランク制度に縛られないものがある。それはXランク。Xランクは未知の難易度。つまりはその難易度が不明な場合に限り使用されるランクなのだ。
それもXランクは殆ど認定されない。ダンジョンの未知の階層や、未開拓の地はXランクになる以前に解明され、ランク分けされてしまう。故にXランクとは現在存在するSランクの者でもクリアが不可能とされるため、Xランク依頼の全てがSSランク以上の人物たちに回されるのだ。
クエスト難易度C。それは上から数えて六、下から数えたら五なので下から数えた方が早いが、難易度Cはそれなりに脅威だ。危険度で言えばそこら辺の小さな村や町を軽々とぶっ壊せるからだ。だが今回のクエストでおかしなことを一つ。オークの群れが難易度Cに指定されている事である。本来オークの群れは難易度はEで脱初心者のPTにうってつけな依頼。
「本当に、おかしなイベントが起きてるね……」
クエスト用紙を見つめ独り言のように呟いた。そんな『Marylean』を周りは気味悪そうに離れ、顔を顰めてクエストボードの前を通る。と、『Marylean』は周りを見渡し、自分が迷惑になっていると気付くと、顔を赤らめながら恥ずかしそうに受付カウンターへ向かうのだった。
「これを受けます」
『Marylean』がパサリと置いたのは先程手に取ったオークのクエストだ。正直、今の女アバターで行くのは戸惑われた。何故ならR十八の描写の存在するイベントが絶対にある。だがそのイベントをぶっ壊してでも完遂するのがこのゲームの女性プレイヤーである鉄則だ。
だからこそこのゲームに女性プレイヤーが三割しかいないのだが……。
「受領しました。それではお気をつけて行ってらっしゃいませ」
クエスト用紙に青い印を押すとペコリと頭を下げた。『Marylean』は踵を返し、速足でギルドを出た。揺るぎないナニカをぶつける為に。
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――フィールドエリア 魔物の森
血に塗れた剣を振り、血に塗れたその身体を動かし、犇めく千の豚人、オークの間を縫うように動き、鎌鼬のように斬る。その姿はオーガ、鬼のようであったと、目撃したプレイヤーは掲示板に書き込んだという。
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――フィールドエリア 魔物の森
『Marylean』はゆっくりと歩く。キョロキョロと視線を周りに巡らせ、魔獣に警戒する。愛剣の鞘を左手で撫でながら奥へ奥へと進む。
数分程歩くとオークの目撃ポイントに到着した。突如ガサリと左側の草陰から人間の飛び出る音が聞こえた。五歳くらいの身長しかない緑肌のモンスターが飛び出した。『Marylean』が緑肌のモンスター――ゴブリンを視界に入れた刹那、瞬間的に抜刀された【ゲオルグ・ソーン】が空間ごと斬り裂いた。一閃されたゴブリンは切られた事を知覚する前にポリゴンとなって消滅していった。
「ゴブリンが潜んでいた………そこまでの知性、AIは搭載されていないから、此処にAIを搭載したネームドモンスターがいるね」
ギロッと鋭い目を先程ゴブリンが飛び出してきた草陰に向ける。そこには先程ポリゴンとなって散ったゴブリンのドロップが散乱している。スッと目を閉じ、集中する。
《気配察知》
呟いた言葉は風に溶け、感覚を切り替えた。周囲の気配を探る。この森全体を包む霧のように感覚を研ぎ澄ます。
そして、此処から約五十メートル程南東に複数の反応があった。その数、千程。ほぼスタンピードと変わらない規模のモンスター。
「不味いなぁ……」
歯を軋ませ、呟く。
スタンピード。このゲームにはそんなイベント要素が存在する。スタンピードとは、千、二千を超えるモンスターたちの軍団を意味し、その軍団が町へ迫った時に起こるモノだ。スタンピードを起こすのにモンスターは問われない。このゲームに存在しうる全てのモンスターがスタンピードの可能性を兼ね備えているのだ。だが、本来スタンピードを指揮するモンスターは上位種でなければならない。何故ならば上位種になれば『軍指揮』という如何にもなスキルを手に入れるからだ。勿論、上位種は普通にポップするエリアもあるので、能力限定がされている。故に進化で上位種になった個体でないと『軍指揮』というスキルは取得できないのである。
『Marylean』は大地を踏みしめ、走る。反応のあった南東へと。
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一方、元最強に感知されているとはつゆ知らず、オーク軍は始まりの町へと進軍していた。
「G“A”A“A”A“!!」
このオーク軍を率いるオークジェネラルが吠えると、それに答えるように吠える。進軍スピードが更に速くなり、翌日に着くであろうという『Marylean』の予想を遥かに上回り、明け方頃に着く程にスピードは上がった。
不意に、オーク軍の中のオークアーチャーが何かに気付いたように止まった。オークアーチャーの率いていた弓兵たちも釣られて立ち止まる。フゴフゴと鼻を鳴らし、スッと巨大な弓を北西の木々に向けた。弓兵たちもアーチャーに続き、弓を引こうと――弓兵の頭蓋に矢が一本刺さった。その矢は魔法の付与された矢だったのか、弓兵の頭蓋を突き抜け、地面に埋もれた。オークアーチャーが巨大な弓な弓に引かれていた矢を放った。
そしてその直後、オークアーチャーが雄叫びを上げた。仲間であるオークたちに知らせるように、刹那、オークアーチャーの頭が消し飛んだ。先程の弓兵を撃ち抜いた矢が、さらなる強大な魔力を秘めた矢となって。木々の間を黒い影が縫うように走り、オークアーチャーの亡骸の前で立ち止まると、
「自分の命を犠牲に仲間に危険を知らせたか……敵ながらあっぱれだ。……テイム出来たモンスターだったらテイムして仲間にしたんだが……安らかに眠れ」
そう言い残すと弓兵、そして今ポリゴンとなって散ったオークアーチャーのドロップを拾い、鮮やかな銀髪を揺らし、閃光のようにこの場を去って行った。
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これは、オークアーチャーが雄叫びを上げた頃に遡る。
「GAAAAAA!!!」
魔物の森にビリビリと振動を与えるような雄叫びがこの軍を率いるオークジェネラルに届いた。ピクピクとオークジェネラルが耳を動かし、吠える。周囲のオーク兵たちは一切状況を理解していなかった。キョロキョロと先程の雄叫びの意味を把握するように見渡す。と、その内の一体の首が宙を舞った。
「GAA!!?」
軍を率いるオークジェネラルは驚愕したような、焦ったような声を上げる。そうしている間もなく、二体、三体と首が飛び、他のリソースに回されるようにポリゴンとなって散った。それでもまだ、銀髪のヒューマン、銀の悪魔による殲滅はまだ終わらない。この場に銀のヒューマンがいたこと、始まりの町を落とすことを計画していたこと、全てが重なり、今に至る。この時銀のヒューマンが始まりの町を発っていれば、オークジェネラルが時期を少しでもずらしていたら、少しでも何か、あったのならば、オークたちはこの銀のヒューマンと出会うことはなかっただろうに。この出会いはオークたちにとって、正に、最悪の遭遇であったと言えるだろう。
そして、オーク兵たちを殲滅し終えた銀のヒューマン、銀の悪魔、『Marylean』は残ったオークジェネラルにまだポリゴンとなっていないオーク兵の血が残る剣を向けた。
「さぁ、腰の剣を抜けよ。その剣、飾りじゃないんだろう?」
目の前の銀髪のヒューマンは獰猛な笑みを浮かべた。
「始めようじゃないか、大将戦ってやつを」
オークジェネラルが剣を抜いたと同時に銀髪のヒューマン、『Marylean』は地面を力強く蹴り、駆けだした。
ご視聴、有難う御座いました。<m(__)m>
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2018 7/1 クエスト用紙に以下を追加
達成報酬;38000ゴールド、宝物