第壱話 ギルドへの登録、レベリングの始まり
……Error..
エラーを吐き出した。
「いやちょっと待て、何でエラー吐くんだよ。マジでどっか見落としてるんじゃねぇか?」
長ったらしいキャラメイキングの画面を下にスクロールしていく。すると赤い文字で必須と書かれた欄が空欄になっていた。あぁ、そりゃエラー吐くわな、彼はそれもそうだと納得した。その空欄の名前は、ネーム。要は、プレイヤーネーム入力欄だったのだ。
「いや、もうほんと凡ミス過ぎるわ……次は気を付けよ」
プレイヤーネームを入力し終え、ゲームをスタートさせる。すると今度こそ転移のエフェクトに包まれ、始まりの町へと転移していった。
『プレイヤーネーム『Marylean』様、【セイヴァー・ルージュ】をお楽しみください。』
体を包んでいた転移エフェクトが消え、視界に広場の景色が入ると三百六十度全ての方面からの音が耳に届く。あぁそうか今日はアプデ明けだったわ、と今更ながら少し後悔する。人が多いと困るのがこのゲームである。高スぺPCの処理能力をもってしても少しカクつく程プレイヤーアバターの情報が多いのである。なので彼、彼女は早々に立ち去ることにした。彼女は広場から近い憲兵ギルドというギルドに走る。今脳裏に浮かんでいるのは読み込み過ぎて頭に入っているこの町の地図。
「確か、この路地を右に曲がったらあった筈……」
自分の口から出た高い声に少し驚きつつ路地を右に曲がる。大通りに続く道だ。その大通りの一角にギルドはある。出入口の上に大きく「憲兵ギルド」と日本語で書かれた看板が掛けられている。彼女は容赦なくギルドの扉を開いた。正直、一回目のプレイ時にはギルドはいつも酒に入り浸っている奴が多いと勝手に想像していたのだが、実際はギルド内は綺麗で、そして酒に入り浸っている奴は誰一人としていなかった。それどころか皆滅茶苦茶仕事熱心なのだ。故に、目の前に広がる光景は初回プレイ時と変わらず、綺麗なままである。食事をしているNPCや、プレイヤー等が視界に入る。彼女は歩くスピードを速めた。受付嬢はカウンター裏で業務に勤しんでおり、此方には気が付いていない様子だった。
「……流石美少女アバター。おれ…私に集中する視線がとんでもないなぁ」
ぽつりと周りに聞こえないように呟きつつ、まだ残っている男言葉を直す。周りの男達を牽制するようにして全ての、NPC、プレイヤーの一人一人が鋭い視線を周りに向ける。少し居づらくなった彼女はカウンターに速足で向かう。ようやっとの思いでカウンターに着くと受付嬢がやっと気が付いたようで顔を此方に向けた。
「あ、はい。なんでしょうか?」
受付嬢はバツが悪そうに此方に問う。彼女が入ってきてからの光景を見ていなかった為、現状を一切理解できていなかった。周りの憲兵がピリピリとしていることに戸惑いを覚えつつも目の前に立つ彼女に問うたのだ。彼女は苦笑いを浮かべて要件を口にした。
「え、えーと、私は憲兵になりたいんだけど。登録いいかしら?」
慣れて……いる女の子言葉で返す。彼女が何故女の子言葉に慣れているのか、それは元々別のゲームで女キャラを操っていたのだ。その時に培ったスキルだ。実際何度か男プレイヤーに話しかけられたことがある。とまぁ、そんな事は置いとくとして、受付嬢の返答は機械染みていた。
「はい、登録ですね?ではこの用紙に必要な情報をご記入してください。勿論、スキル等は記入していただかなくても問題は無いです」
本当に、NPCらしい点も見受けられるが、流石はフルダイブ。殆どのNPCにはAIが搭載されているらしい。それは公式からの発表なので間違いでは決してないとは言えないが、その可能性も数%程なので誤差の範囲内だ。と、差し出された紙を見て、ペンを手に取る。そして上から氏名、年齢、スキル、職業、レベルの欄が順にある。氏名はプレイヤー名、年齢は現在の年齢である十八。スキルは勿論空白、職業は無職、レベルは一。記入を終え、紙を渡す為顔を上げると受付嬢が目を見開いて紙に書かれた字を凝視している。どうしたのだろうか?、と疑問に思っていると、
「字…綺麗ですね。私が見てきた外の人の中で貴女が一番字が綺麗ですよ」
惚れ惚れとした様子で彼女の字を見つめる。そうですか?、と少し照れ気味に頬を赤らめフフフと笑う。紙を提出し、ギルドカードの作成が完了するまで暫しの間時間が空くようだ。
「それじゃあ、レベリングでもしますか……」
このゲームでのレベルはそこまで関係が無い。強いていうとしたら、HPの底上げと、スタミナの増加である。ただ決定的な違いはスキルや剣技の種類だ、この【セイヴァー・ルージュ】ではスキルや剣技の解放条件はレベルによるもので、やはりレベルを上げないという手はない為、レベルとは必要不可欠という事だ。そしてスタミナとはスキル全般を使うための言わば魔法を行使するのに使用するMPという立ち位置の物だ。なのでレベルはあるだけ良い。恐らく昨日入ったアプデで彼女の前の垢の到達レベル以上で習得できるスキルや剣技が追加されたのだろう。
――嗚呼、これでもっと……
「レベルが上げられる」
彼女が半ば無意識に口にした言葉は彼女の、彼の、本心だったのだろうか?それとも……。彼女の表情はまるで悪霊に取りつかれたような表情だったのを、まだ誰も、目にしていないのだった……。そして彼女はギルドの扉を開け放ち、レベリングを開始するのだ。
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――フィールドエリア 平原
安全エリアから出た彼女、『Marylean』は草木の揺れる平原を少し進み、背中に背負った片手用直剣の【スチールソード】を鞘から抜き放つ。
「ステータスボード」
その声に応じて半透明な板が浮かぶ。その板にはスキルとスキル熟練度、剣技に剣技熟練度、そしてレベルと職業が記載されている。スキルは無く、剣技はたった一つだけ、《スラッシュ》のみ。熟練度は1/1000となっていた。よし、と【スチールソード】を構え直し近くの敵モブを視界に収める。
敵モブはイノシシの様なモンスターだ。このフィールドエリアに存在するモンスターの名前は『オーテル・ボア』。この【セイヴァー・ルージュ】の世界の中で最弱のモンスターである。
「『オーテル・ボア』で熟練度を五百まで上げようかな」
バサリと顔にかかる髪を払い、『オーテル・ボア』に狙いを定める。スゥッと目を細め、切っ先を『オーテル・ボア』に向ける。剣技の使い方は脳で名称を唱えるだけだ、実質簡単である。唱えるとシステムが体を操作してくれるのだ。彼女が剣技を発動させると体を光の膜が覆い、ごく自然に動き出す。ググッと足で地面を踏みしめ駆け出し、『オーテル・ボア』に剣を左斜め上から右下に振り下ろす。
「ゴァァァァァァァ!」
『オーテル・ボア』が悲痛な叫び声を上げる。『オーテル・ボア』の上に表示されているHP表示がグリーンからイエローに、最大値から半分に減少した。『オーテル・ボア』の傷口からは赤いポリゴンが血のエフェクトとして零れ落ちる。『オーテル・ボア』の青い目が特徴的な赤に変色した。これは『オーテル・ボア』の憤怒状態を表すエフェクトだ。憤怒状態の『オーテル・ボア』のHPを除く全てのステータスを二倍にアップするという特性を持つ。『Marylean』は先程まで持ってすらいなかった危機感を感じ取った。そして『Marylean』はスキルをもう一度発動させる。今回は発動時の体勢が違うため、左上からの斬撃ではなく、右上からの斬撃が発動する。そして『オーテル・ボア』のHPは五分の一に減り、イエローからレッドに突入した。
「くッ!これで【セイヴァー・ルージュ】最弱モンスターとかふざけてるでしょ!」
想定以上に苦戦する試合に何かがおかしいと気が付き始める『Marylean』。この何かがおかしい『オーテル・ボア』の姿を観察し始める。それと同時に『オーテル・ボア』がスキルを発動した。『オーテル・ボア』の体を覆う光の膜が紅く変色し、『オーテル・ボア』が突進を始めた。
「捨て身か……だったら、それを向かい打つまで!」
『Marylean』が剣を傾け、完璧に構え直した。『オーテル・ボア』はそれを見計らったようにして突進を始めた。
あのスキルは格闘家が初期から習得しているスキルで、《猛進》。これは突進時の攻撃力をアップさせる代わりに防御力がかなりダウンするという諸刃の剣。
そんなスキルを使った敵は勿論突進しかしてこないだろう。PVPならばこの突進を避け、横からスキルや剣技を叩き込み、終わらせるだろう。だが敢えて此処は真っ向から迎え撃つという選択を取った。もう既に『オーテル・ボア』は十数メートル先にまで迫っている。そして遂に『オーテル・ボア』が眼前に迫り、『Marylean』は剣を振り抜いた。『オーテル・ボア』は体を上下にキレイに斬られ、消滅エフェクトと共にポリゴンとなって散った。ドロップアイテムの記されたボードが現れ、そのドロップアイテムから普通の『オーテル・ボア』ではなかったことが判明した。
「あぁ、やっぱりね。これは『オーテル・ボア亜種』とでも名付けようかしら」
新種のモンスターを見つけ、討伐した者にはその新種のモンスターの名前を決める権利が貰えるのだ。故に『Marylean』は入力欄に『オーテル・ボア亜種』と入力し、新しく掲示板や【セイヴァー・ルージュ】の都市全てにある図書館に情報が記載された。
「全く……前垢ではいざ知らず、この垢で真っ先に見つけるとは…私は最近リアルラックが高いのではなかろうか?」
そんな疑問を口にしながら道中の本物の『オーテル・ボア』を討伐し続けたのだった。そして、そんな亜種を倒す戦闘の一部始終を目撃したプレイヤーが一人いた。彼女は先程迎え撃った技に興味を惹かれていた。
「一体、どんな生活をしたら先程のようなプレイヤースキルを取得できるのでしょうかね……謎は深まるばかりですね……」
黒装束に身を包んだ女プレイヤーは音も無くその場から姿を消したのだった。このプレイヤーが後に、『Marylean』にとっての大事件を引き起こすのだが、そんなことは誰にも分らない、神のみぞ知る運命であるのだから………。
どうぞ、見納め下さい