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プロローグ 最強の終わり、そしてネカマの始まり

無い!

  プロローグ 最強の終わり、そしてネカマの始まり


 ぽつりと、そのフィールドに雨が降った。これは現実ではなくバーチャルワールド。ランダムに定められた天候の一つにしか過ぎないモノ。このフィールドの名前は「樹海」、故に雨の確率がかなり高いのだ。そんな中、一人のプレイヤーとこのゲームを運営している会社の責任者が操るGMのアバターが向かい合って立っていた。


「それじゃあ……このゲームのルールに抵触する疑いがあるため、そのアカウント、『Sylvie』を半永久凍結にします。それでは何か、ギルドの皆に伝えたい事がありましたらメール機能を使い、伝えて下さい。なければこのまま凍結させますので」


 淡々と告げられる固定文染みたセリフに彼は少し、いや、かなり冷めた。あれほど、あれほど金を、バイトで稼いだ金をほとんどを注ぎ込んで、このアバターを自分の分身だと思い続け、これまで尽くし続けたというのに。淡々と告げる男――GMアバターは無表情のままで、これからアカウントを凍結させられる彼の気持ちを知ってか知らぬか少し、憐れんでいるかのようにも感じた。彼は、そのアバターの特徴である長い耳を揺らし、緑色の双眸をGMに向け、その整った顔を苦痛に歪め、システムメニューを開く。そして手慣れた手つきで、躊躇しながら、ギルド掲示板にメッセージを残した。


「………」


 メッセージを残した後も、システムメニューを閉じず、ギルドの生い立ちをログで流し読みする。「ギルドを創設して半月、ギルドの人数が十人を突破した。」そのようなことがつらつらと綴られていた。時に、辛いアイテム収集もあった、時に、徹夜し、寝落ちしたこともあった、更にはPKギルドを潰したりしたこともあった。本当に、本当に楽しい日々だった。気が付くと、彼は涙を流していた。男アバターであるが、真っ白な頬に涙が伝う。なぁ、と彼はGMに訊く。GMアバターは眉を少し上げる。


「最後に、ギルドハウスを見てきても、いいか?」


 それは純粋に、ただ、最後に、一目見て記憶に刻み込みたいという思いからだった。その彼の希望にコクリとGMは頷くと、GMだけに許された長距離転移。その魔法を発動するのに魔力を数秒程練らなければならない為、GMアバターは目を閉じてその数秒を待つ、そして転移を発動させた。特殊な青いエフェクトが自分とGMを包み、視界が変わった。そこは、懐かしきギルドのロビーだった。誰もいないギルドハウスのロビーに乾いた靴の音だけが響く。そこで、GMに一つの提案をした。


「運営さんよ、俺はこのギルドを残したい。……今、この場で副ギルドマスターをギルドマスターに昇格させることは可能か?」

「……、本来であればその権利も凍結が決まった際に剥奪されるのですが……今回は大目に見ましょうか。…私の権限を以って、このギルド〈エンピオス・フリード・ブレイス〉のギルドマスターを…誰に委託しますか?」


 問われ、改めて考える。どうしたものか、今ではこのギルドの総勢は六十三人と大ギルドだ。改めて、よくやったなと、彼は自身を誉めた。そして、彼は選んだ。


「副ギルドマスターの一人、『AIGISU』に委託してくれ」

「では…プレイヤー『AIGISU』に委託します。……さて、これで完了ですが――って何してるんですか」


 途端に呆れた声を向けられた。何故なら彼は腰に吊るされた漆黒の剣を抜き放っていたのだからだ。彼は、『Sylvie』は、ニッコリと笑みを浮かべると、漆黒の剣、名称【終焉神造兵器 オール・フェニクス】を逆手に持ち、腕を振り上げた。と、ピタリとその動きを止め、この剣を作った時の事を思い出す。仲の良かった中二病のフレンドと一緒に鍛え、ふざけて出来た剣を中二病な名前にした時の事。息を吸い込み、一気に剣を振り下ろした。本来、破壊不能オブジェクトの筈の床が斬り裂かれ、剣が刀身の半分まで埋まった。これにはGMのポーカーフェイスも崩れ、顎が外れるかと思う程口を開ける。バサリといつの間に装備を変更したのか、漆黒のマントに紅のラインが入った灰色のズボン、そしてマントと対照的な色の純白のシューズ。


「さ、凍結するなら、このまま頼むよ。この装備は仲間たちの思いが詰まってるから、最後はこの装備がいいんだ」

「……」


 GMは何も言わなかった。GMは彼から目を離し、システムメニューを開いた。しばらくし、コールの音がGMのシステムメニューから響く。GMの取っている行動の一つ一つが彼には理解ができなかった。一体何をしているのか?、一体何故、誰に連絡を取ろうとしているのか?、よくよく考えれば可笑しなことだらけだ。何故これ程までに俺の、一プレイヤーの願いを複数聞いてくれるのか。彼は思考した。その行動一つ一つに含まれた結論に至る可能性全てをかき集め、結合し、導き出した。彼は自身の導き出した答えに戦慄した。このGMは、このGMアバターの中身は――まさか…!?


「『Shinonome』……お前、〈エンピオス・フリード・ブレイス〉のメンバーだった『Shinonome』だな?」


 問い詰めるようにして呟いた言葉に思わずGMは、元ギルドメンバーである『Shinonome』は、システムメニューから視線を此方に移した。『Shinonome』の瞳には驚愕と困惑の色が見えた。


「何故……って思ってるな?俺はな、俺は人の顔と声、そして名前をあまり覚えられないんだ。だから、その人物の――此処の場合アバターだな、その特徴と癖、そして言葉遣いを全て観察して覚えるようにしてるんだ。そっちの方で覚える方が断然忘れないからな。それ故にわかった。お前が『Shinonome』だってことに……」


 想像も出来ないような努力で人の名前を覚える。その行為がどれだけ大変だったのか、話を聞いただけでも吐きそうになる。どれだけ膨大の時間をかけたのか、どれだけその人物達が大切だったのか、それが嫌でも伝わってくるのだ。だからこそ、この場で『Shinonome』がとった行動は咎められるものだ。彼は、『Shinonome』はコールしていた事を忘れ、システムメニューを閉じ、コンソールを開いた。何をしでかすのか、それを悟った時には既に遅し。彼の、『Sylvie』のデータが運営のシステムデータより削除(デリート)されたのは悟った瞬間とほぼ同時だったのだから…。そうして、彼は『Sylvie』はこの【セイヴァー・ルージュ】から姿を、データを消したのだった。



 バチリと視界の中央で火花が散る。これは使用者のVR中に何か問題が生じたときに発生するエフェクトだ。このエフェクトが発生した理由は考えなくてもわかる。先程のデータ削除(デリート)が原因だ、何故と問われてもそれしか思い浮かばないからとしか答えようがない。一つの溜息と共に、アホ毛の生えたボサボサの黒髪とあまりイケメンとは言えない顔を包むヘッドギアを脱ぐ。視界に入るのは先程の「樹海」の風景ではなく、見慣れた、真っ白い病室で、視界が半分失われた状態だった。


「……これは本当に面倒だな」


 病室でぽつりと呟く男は何処か寂しげに、長年寄り添い続けたモノを失って心に空いた穴を感じるのだった。


 ✝ ✞ ✝ ✞ ✝ ✞


「はぁ~、なるほどなぁ。だからなのか。JPサーバーの最高レベルランキングがガタ落ちしたのって」


 左の窓際に設置された椅子に勝手に座った友人はこくこくと頷きながら【セイヴァー・ルージュ】の現状について話していた。只、彼はその友人の言葉を全て右耳から左耳に流していた。友人の言葉は一つも頭に入ってこなかった、ついでに言うとこの日の夕飯は一欠片も喉を通らなかった。



 夜を一つ越え、彼は隣に見えるVR用ヘッドギアを見つめる。よく起きたその時からVR用ヘッドギアを被ってログインしていたのだが、今は一切被る気が起きなかった。アカウントを凍結させられた後の俺には一体何が残るのだろう、と日々思考の片隅に置かれていたモノが今になって再認識させられた。結論から言えば、何も残らないという事。現状におけるその事実は彼の心を絶対零度の刃が貫いた。そして改めて、原点に戻り、思考する。今、何をすれば俺の心が落ち着くのだろうか?、別のVRMMOだろうか?、否。断じて否である。俺は、彼は、VR用ヘッドギアを両手で取り上げた。

 部屋の隅には現時代で高スペックPCの部類に入るPCが置かれ、金属製のテーブルの上にはデュアルモニターが。そしてUSBのコードの先にはヘッドセットと、VRヘッドギアがベッドの隣に備え付けられた小さいテーブルの上に置かれ、テーブルに付けられた棚にはさまざまなゲーム機の箱や本体がきちんと仕舞われている。これは全て彼の親が購入した物で、全て彼の為にと揃えられたものだ。彼はテーブルの上に置かれたヘッドギアを被り、いつものようにログインした。視界を光が遮り、パスワード入力画面が現れる。手慣れた手つきでパスワードを打ち込み、改めてログインした。


『このアカウントは存在しません。新規作成をしますか?』

「やっぱりダメだったか………」


 予想通りのメッセージに呆れ果て、視界の左下に存在する新規ログインという項目をクリックした。すると、パスワードとメールアドレスを入力する欄が現れ、事前に作っておいたメールアドレスを打ち込み、パスワードを決める。

 ログイン中と書かれたテキストが視界中央にうっすらと白色の色が付き始める。数秒経ち、ログインが完了すると性別、髪型、髪色、容姿の欄が虚空に浮かび、選択できるようになった。だが、もう彼は決めている。髪型をロングにし、髪色を銀に。そして容姿は背は平均的で、胸囲を少し弄った。……勿論大きい方にだ。

 そして彼がアバターを仕上げるのにそこまで時間はかからなかった。何故なら既に脳裏にメイクしたいキャラの全貌を思い浮かべ、検証しながら作り上げたためだ。そして彼はキャラメイクを仮セーブした。体が白い光に呑まれ、光が消えた時には既に鏡が置かれ、そこに映るは先程メイクしたキャラ。掌に掛かる銀髪、紅に染まった双眸。全てがイメージ、メイクされた通りである。故にテンションが上がる事は仕方がないだろう。そして彼は一通りその姿を堪能した後、キャラメイクの終了をタッチした。


「さぁて、今まで就いてた最強、そこを目指して行こうか……!」


 体が眩いばかりの光に包まれる、その刹那の間に、今まで見てきた最高位の座から最低位の座へと移り変わった瞬間を楽しむのだった。

 これから始まる辛く、険しい道を見上げて彼は、一歩、前進した。


はい。手直し後のプロローグです。見納め下さい

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