Lv.008 第二話②
「サリア。あなた、本当にこの人のことが見えていないの?」
「え、ええ……」
困惑中のフランセとサリアを前に、どうごまかすべきか悩んでいると、後ろから走ってきた男の子が俺の体をすり抜けて走り去っていく。
それを見てギョッと目を丸めるプラムとフランセ。もう完璧に俺が普通の人間ではないことに気付かれちまっただろう。非常にマズい展開。
「あなた……、幽霊なの?」
フランセがぼそりとつぶやいた瞬間、何か思い付いた様子でプラムがハッと表情を明るくする。
「そ、そうなんです! この人はわたしの『お父様の幽霊』なんですっ!」
「……おいおい……」
俺は頭を抱えた。でまかせにもほどがある。
しかし、プラムはとどまることはなかった。
「わたしのことを男手ひとつで育ててくれてたんですが、先月、流行病にかかって死んでしまって……。だけど、ひとり残されたわたしのことを心配して化けて出てくれたんです!」
もうそこら辺でやめとけぇっ! どんな言い訳だっ、こんなの信じる奴なんかいるかっ! ヤバい。間違いなく怪しまれる……
「そんな……。なんてお子さん思いのステキなお父さんなの……」
「は……?」
フランセの目に浮かぶ涙。え、えっと……これはまさか?
「お嬢さん、お辛かったでしょうに。だけど、今でもお父さんが一緒で心強いわね……」
信じたーっ!? というか、号泣してるっ!?
英雄なのに世間ずれしてなくて純粋だな、こいつ……
「あ、でも……さっき私とぶつかったような?」
「うっわぁっ!」
涙を拭いて、いきなり冷静になるフランセ。やめろ、冷静に考えるな!
えぇい、面倒だ! ここまできたら押し通してやる。
「俺は高位の魔法使い。魔力で残留思念を生み出して、こうして幽霊のようにして娘のそばにいるのです。あなたは戦女神様の力を持った英雄とのこと。もしかしたら、その神の力によって思念を見ることも触れることもできたんだろう……」
「なるほど……私にそんな力が……」
思念を見て触るとか、よくよく考えると意味不明だけど、これも信じるのか。なんか逆に怖いな、この英雄。
「嘘もお上手ですね、ユーゴ様。ステキです……」
「誉められた気がしないぞ……」
キラキラとした瞳で俺を見上げているプラム。誰のせいでこんな無理がある嘘をつかなくちゃいけない事態になったと思ってるんだ……
内心ではいろいろと思いつつ言葉には出さずに笑っていると、フランセは姿勢を正して頭を下げた。
「申し遅れました。私はフランセ・フェッセラース。ご存じの通り〈戦女神の英雄〉としてここにいます。先ほどは私の不注意でご迷惑をおかけしました」
「あの、話が見えませんが……、わたくしはフランセ様に仕えし騎士、サリア・S・モンターニュです」
二人から自己紹介をされてプラムも頭を下げる。
「プラム・リヴィエールです」
「ユーゴだ。サカ――じゃなくて、ユーゴ・リヴィエールだ……」
……俺、サカキ・ユーゴは今、ゲームに翻弄されている。
リヴィエールってなんだよ、似合わねぇーっ!
「ユーゴさんですか。本当にステキなお父さんですね。感銘を受けました……」
なぜかキラキラした瞳で俺を見ているフランセ。
魔王扱いされた上に今度は父親扱いかよ。さっきゲームを始めたばかりなのに、なんだか一気に老けた気がする。
「あの……フランセ様? そろそろわたくしにもわかるようにお話しくださいませんか?」
「それはあとでゆっくり話すわよ。プラムさん達はこのあとどちらに向かわれるの?」
「家に帰ります。近いので大丈夫ですよ、お父様も一緒なので!」
なぜかふくれっ面でフランセをにらんでるプラム。フランセはそれを気にも留めずに悩みだす。
「プラムさんを家まで送りたいのだけれど、このあと予定がありまして……」
「だから大丈夫ですっ! さあ、帰りましょう、お父様っ!」
「お、おい……」
プラムは勝手に歩きだし、俺もあとを追うように歩きだした。すると、後ろからフランセの声が響く。
「私の役目は民を守ること。何か困ったことがあったら遠慮なくおっしゃってくださいね!」
その言葉に俺は手だけ振って返事をした。
――それからしばらく歩くと、東の街はずれにさしかかったのか、あれほどいた人の姿は全くなくなっていた。
そんな寂しげな石畳の道を、ズカンズカンと踏んで砕きそうなくらいに強く足を打ち下ろしながら歩いてるプラム。
「お前、なんか怒ってない?」
「あのオバサン……、ユーゴ様に色目使ってヤな感じです……」
「い、色目って。別に珍しい幽霊を目の当たりにして興味持っただけだろ?」
本当に変な言葉ばかり知ってるな、プラムって。
でも、もし俺の前にも触れる幽霊が現れたら怖がる前に興味持つだろうし、フランセが興味津々に俺を見てても不思議じゃないだろう。
「それにオバサンって、どう見てもあいつって二十歳くらいだったぞ?」
「二十歳すぎたらオバサンです」
「対抗心メラメラだな、おい……」
「だって! ユーゴ様はわたしのなんです!」
「人を所有物みたいに言うなっ!」
って、こんな口論してる場合じゃない。フランセは英雄。俺達の敵となる相手なんだから。
「フランセと戦うのは気が引けるなぁ……」
「何言ってるんですか! 今すぐに倒しちゃってもいいくらいですよ! 優しいユーゴ様は好きですけど、ここは冷徹になるべきです!」
「お前、さっきからムダにすごいやる気だな……」
とはいえ、俺はプラムのステータスを確認した。
レベルは二に上がったばかりで、使える魔法もプラム自身が言っていた通り、回復魔法中心にステータス支援などの補助魔法があるだけ。
変身すれば全く変わってくるだろうが、心許ないことには違いない。
「言っとくが今すぐは絶対に無理だぞ。今のお前じゃ勝てるわけがない。強さが全然違う」
「ユーゴ様って、見ただけで人の強さがわかるのですか!?」
「お、おう。まぁな……」
見ただけというか、ステータスを見ればわかるってだけだけど。
さっきちらっと確認したら、フランセはレベル十五だった。サリアという騎士に至ってはレベル十八。戦おうとする方が無謀なレベル差だった。
「……わたしももっと場数をこなして強くならないといけないんですね」
「そういうこと。焦りは禁物だ。今はあいつらに正体がバレないようにして、まずは俺の力を封印してるっていうオーブ集めだろうな」
「そうでした。その件でユーゴ様にお見せしたい物があったんです。ちょうど家にも着きましたし、早速案内しますね」
「家って……」
プラムが立ち止まった先にあったのは、風化した石レンガの壁と、今にも崩れ落ちそうな屋根と煙突。その至る所にツタがはっているボロい建物。教会っぽくも見えるが、いつからそこにあるのかわからないくらい古い物のようだ。
「ここ……?」
「今はもう使われなくなった教会です。見た目はボロっちぃですけど内装はちゃんとしてますよ」
「お前、ここにずっとひとりで住んでたのか?」
「はい。と言っても、食事とかお風呂とかはお城近くの教会の方でいただいて帰ってましたから、ここは私物置き場と寝泊まりするだけの家ですけどね」
なんてたくましい九歳だ。都会っ子の俺だったら一泊でも無理だぞ、こんなの。
周りも森が囲んでて最寄りの民家はその森の向こうだ。孤独感と疎外感がハンパない……
「ささ、入ってください」
プラムの案内で中に入ると、使われていなさそうな聖堂を抜けて奥の部屋に通された。森の木々に日の光がさえぎられていて窓があっても薄暗い。
プラムがランプの中の透明な石に触れると、その石が発光して部屋を明るく照らした。白に統一された家具とピンクの布団のベッドが可愛らしい部屋だ。
「確かに、内装はちゃんと可愛らしい部屋だな」
「えへへ、そうですか? あ、ちょっと待っててくださいね」
と、プラムは白いクローゼットを開けて、その奥の方をゴソゴソとあさりだす。そして、何かを見つけて振り向いた。
「――ありました。これです!」
プラムが見せたのは丸い水晶玉のような物。少し小さいが〈降魔のオーブ〉に似ていた。
「それって……オーブ?」
プラムはニコリと笑ってうなずいた。