Lv.007 第二話① 魔王も歩けば英雄に当たる?
フライトボードで空を滑るように飛んでいるプラム。遠くに見えていた王都もどんどん近付いている。
「そういえば、お前は〈戦女神の英雄〉に会ったことがあるのか?」
「ええ。わたしは並みの人より回復魔法が得意なので、偉い人達の治療のために王城にも入る権利をいただいてるのですが、その時に偶然、英雄の歓迎式典を行っているのを見かけたのです。英雄はわたしのことは知らないと思いますよ」
魔族に魂を売った一族――とか罵るわりに、王国の奴らはちゃっかりプラムの力を利用してるんだな。こいつの父親も無理やり戦闘要員として利用されたんだろう。確かにやるせない気分にはさせられる……
「……ユーゴ様、どうかなさいました? わたし、何か変なことを言ってしまいましたか?」
「ああ……いや何でもないんだ。つまり、英雄はすでに王都にいるんだな?」
「はい。今どこで何をしているかまではわかりませんけど、王都を出たという話は聞いてません」
「なるほど」
英雄といきなり急接近か。このまま王都に行って何事もなけりゃいいけど。
――そして、あっという間に防壁の門の前まで到着すると、プラムはゆっくりフライトボードを着陸させて足から板をはずして抱える。
「ユーゴ様、着きましたよ。ここが王都、ドミル・サントロウです。街の中で飛ぶと怒られちゃうので、ここからは歩きましょう」
「……なぜか街では徒歩以外の移動手段が使えないっていう、ゲームでよくある謎設定は、この世界でもそうなのか……」
少し呆れつつも、俺は街の中の方へと視点を向ける。
門の中へ外へと行き交う多くの人や馬車。この王国の他の街には行ったことがないので比較はできないが、王都というだけあって規模はかなり大きい街なのだろう。
「わたしの家は、この街の東の端にある教会の一室です。王都を囲う防壁には東西南北に門があって、ここは東門ということになります。さ、行きましょう」
プラムは門に向かって歩きだしながらニコリと笑った。
街に入るとすぐに大にぎわいの商店街にさしかかる。石畳の道と石壁の建物。鮮やかな屋根の家々はどこかヨーロッパ風にも感じる。
俺が初めて降り立った部屋には自動ドアとかあったが、ここにそういう現代的で機械的な物は見受けられない。明らかに異質だったあの部屋は何だったのだろうか?
そんなことをいろいろ考えながら歩いていると、行き交う人々がすれ違いざまに俺の体をすり抜けていく。
「ええ!? ユーゴ様、人とぶつからないのですか?」
「というか、お前以外に見えてもいないと思うぞ」
すれ違う人々は、人混みをひとりで歩いている小さなプラムを気にかけて歩いているようだが、俺の方には全く気にせず体をすり抜けていっている。
「ほ、本当ですねぇ。わたしはユーゴ様に触れられるのに見えていないと触れられないんですね。それにしても便利ですね、わたしだったら何度も蹴飛ばさそうになるのに……」
「小っこいからな、お前」
「小っこいって言わないでください!」
怒るプラムにヘラヘラ笑って返す俺。反応は面白い子だ。
「しかし、人が多いな……」
「最短ルートですからここに来ちゃいましたけど、失敗でしたね。夕方のタイムセールの時間帯でした」
「風景はかなり中世ヨーロッパなのに、そういうところは現代感丸出しなんだな……」
よく見たらたこ焼きとかの店もある。ここの世界観を深く追究するのはやめた方がいいかもしれない。
そんなこんなで、ようやく商店街を抜けようとした時だった。
建物の角から出会い頭に俺にドンとぶつかって「きゃっ」っと倒れかけて踏みとどまる女。コントローラの振動機能がいきなり反応して俺も驚いた。
「うお、びっくりした」
「すみませんでした。よく前を見ていませんでした」
女は慌てて姿勢を正して頭を下げた。
彼女はエンジ色のストレートの長髪。高価そうで立派な赤い服を身にまとい、小柄で華奢な体には似つかわしくない長めの剣を腰に携えている。
明らかに周囲のMOBキャラとは違う雰囲気だったが、それよりも大きな疑問を感じた。
「って、あれ? 今、俺にぶつかったか?」
「はい? ですから、私が前をよく見ていなかったのでぶつかったのですが……?」
「しかも会話できてるってことは俺のことが見えてるのか?」
「は……? あの、さっきから何ですか? ぶつかったことは謝りますけど、変にからかわれても困ります!」
女が眉をつり上げた直後、下から引っぱられるように視点が強引にプラムの方へ向いた。
「わわわっ……ユーゴ様、この人が英雄ですよっ」
小声で伝えてくるプラムだったが、俺は驚いて大声を出す。
「英雄って女かよっ!」
「ユーゴ様、声が大きいですってば!」
「あ……」
慌てて視点を英雄だという女の方に向けると、女は俺をいぶかしげな顔で眺めていた。
「確かに私は〈戦女神の英雄〉です。この国では英雄が女というのはすでに有名のはず……。あなた、いったい何者ですか?」
「あ……いやぁ……」
こんな出会い方ってありかよ。しかも、なんで俺のことが見えてるんだよ。テンパるわ!
まさか今「俺が魔王です」だなんて答えるわけにもいかないし……
「先に英雄が女だって言っておいてくれよ……」
「すみません、男だと思ってるとは思わなくて」
すかさず痛いところをついてくるプラム。確かに変な先入観で勝手に思い込んでたけども……
「とりあえず、魔王の顔バレはしてない様子だな」
「わたしが持ってた本はあれ一冊ですし、門外不出でしたから。英雄は魔王様のお顔は知らないと思います」
たとえ門外不出じゃなくても、絵本にしか見えないアレを信じる人は少なそうでもある。
「それで、ユーゴ様……逃げますか?」
「バカか。逃げたら余計に怪しまれるぞ。顔バレしてないなら何とかごまかすしかないだろ」
俺とプラムが小声でコソコソ話していると、すでに俺達を怪しみ始めてる様子で女英雄がこちらをにらむ。
「あの! 私の話、聞いてますか?」
俺達がヘビににらまれたカエルのようになっていると、女英雄の後方から真っ白い鎧を身に付けた背の高い女が駆け寄って来る。
「フランセ様! よかった、はぐれてしまわれたかと思いましたよ。しかし、このような場所で立ち止まって、どうかなさいましたか?」
「サリア。ごめんなさい、この角でこの人とぶつかってしまって……」
女英雄の名は『フランセ』というのか。あとから来た背の高い女は『サリア』というようだ。
サリアは、劇で男役もできそうなくらい凛々しい顔立ちだが、短めに切りそろえられた若草色の髪の毛は、よく手入れが行き届いているのか艶やかだ。
着ている白い鎧も装飾が綺麗で細やか。容姿に気品があふれている。たぶん傭兵とかではなく、騎士の類だろう。英雄のフランセの従者の騎士だろうか。
「この人……? この少女ですか?」
サリアはフランセがプラムの方ではなく、俺の方を見ていることを奇妙に感じたのか、眉間にシワを寄せながらプラムを見下ろした。
「いえ、こちらの男性に……」
「男性? 行き交う男性はいますが、どこにも立ち止まっている男性は見えませんが……?」
「えっ……?」
ヤバい。サリアの方には俺のことが見えてないのか! マズいぞ、話が余計にややこしくなった……