Lv.003 第一話②
俺とプラムが話していると、再び自動ドアが開いて飛び込んで来るひとつの影。
それは真っ青な肌で、頭には羊のように巻いた角、背中にはコウモリのような翼がある男。とても人間とは思えない。
「なんだ、モンスターか!?」
「あああ、わたし……『魔族』に追われてたの忘れてました……」
「んな大事なこと忘れるなっ!」
俺の後ろに隠れるプラムに激しくつっこんでいると、画面に『チュートリアル』の文字が浮かぶ。
すると、飛んで接近していた魔族とやらが、まるで一時停止ボタンを押されたかのように空中で静止した。
「あれ? 止まっちゃいましたよ?」
「チュートリアル中は敵の時間だけが止まるみたいだな」
一安心しつつも、俺はプラムに尋ねる。
「でも、魔族が魔王に襲いかかるってのはおかしいんじゃないか? 大抵、魔族って魔王の配下だろ」
「魔族が配下だったんですか! さすが魔王様です!」
「その驚き方からして、この世界の魔族と魔王は関わりを持ってなさそうだな。というわけで今の話は無しな……」
期待して損したので、俺はさっさと画面の文字に目をやった。
そこには『まずプラムに〈降魔のオーブ〉を使ってもらい、敵を倒しましょう』と書かれている。
「〈降魔のオーブ〉?」
「これだと思いますよ、ユーゴ様」
とプラムは頭上を指差した。そこには最初から浮かんでいた緑色の水晶玉がある。
「魔王様の力はこういうオーブに分けられて世界中に封印されていると聞きました。そのオーブの中でも一番の力が封印されているのが、この〈降魔のオーブ〉らしいです」
「……あのなぁ、魔王が降魔の力を使うっておかしいと思わないのか?」
「降魔って……『魔王降臨』って意味ですよね?」
「違うっ! むしろ真逆だ!」
降魔は魔を降すという意味。要は、悪い奴を打ち負かすことだ。
プラムの奴、降魔って言葉を知ってるのはすごいが、知ってる言葉の正確性は今ひとつだな。そこら辺は年相応で聞きかじっただけの知識しかないんだろう。
「って、今は降魔がどうこう説明してる場合じゃないか。プラム、それを取れ!」
「わたしがですか? 取ったらどうなるんです?」
「お前が戦うに決まってるだろ!」
「え……?」
目を皿のように広げてポカンと口を開くプラム。そして、俺の上着の裾をつかんだまま慌てだす。
「むむ、無理ですよ! わたし、攻撃魔法は全然使えなくて、回復魔法ぐらいしか使えないんですよ!?」
「ここまでひとりで来ておいて今さら慌てるなよ!」
「でも……」
「俺の言うことは聞けないのか?」
俺のその一言にビクッと体を震わせるプラム。今のも脅したつもりはなかったけど、端から見れば充分に脅したことになるか。
ああ、子供相手に気を遣うのって面倒くさい……
「とにかく取ってくれ、早く!」
「は、はい!」
その場でぴょんと跳ねてオーブをつかみ取るプラム。すると、画面のチュートリアルの文字が変わった。
「何々……『〈降魔のオーブ〉の使い方の説明です。パートナーに呪文を教えて唱えてもらいましょう』か。使うには呪文を唱える必要があるみたいだ」
「ユーゴ様、その呪文を教えてください!」
「ちょっと待て。今、確認するから……」
と、チュートリアルの文章を下に送って俺は絶句した。
「ユーゴ様? どうされたのです?」
「いや……これは……」
画面には、こう書かれていた。
『呪文は――トゥインクル・スター・マジカル・オン!――です』と。
その単語ひとつひとつは簡単な英単語にすぎない。だが、それが組み合わさった時、超絶なる恥辱の文言に化学変化してしまっているっ! 混ぜるな危険レベルじゃねーぞ!
「どうされたんです! 早く教えてください!」
「わ……わかったよ! 言えばいいんだろ、言えばっ!」
何をやらされてるんだ……俺は。
「いいか? 一度しか言わないからよく聞けよ?」
「は、はい!」
「とぅ……とぅいんくる・すたー……まじかる・おん……だ!」
さよなら、俺の自尊心。
「とぅ、いん……? すみません、もう一度お願いします」
「一度しか言わないって言っただろうっ!?」
「きゃーっ、ごめんなさいぃっ!」
お前、絶対わざとだろ、おい……
すると、画面にチュートリアル時間停止終了まであと十秒と表示された。
「だーっもーっ! トゥインクル・スター・マジカル・オンだ。いいか、大事なことだからもう一度言うぞ!? トゥインクル・スター・マジカル・オンだっ!」
「ユーゴ様。目が血走ってて怖いです……」
「つべこべ言わずにさっさと唱えろ!」
俺が怒鳴るとプラムは「きゃーっ」と叫びながら、自分の顔と大差ない大きさのオーブを胸に抱き締めて、祈るようにうつむいた。
「――トゥインクル・スター・マジカル・オン!」
そのまま恥ずかしい呪文を恥ずかしげもなく唱えると、プラムの足元に五芒の星が描かれ、彼女の体はオーブと一緒に浮かび上がった。
チュートリアル終了で再び動き出した魔族がもう一度一時停止する。これはきっと、変身中は敵が動けない謎の法則だろう。
そして、オーブから白い包帯――いや、白いリボンが何本も伸びてきてプラムの体に巻き付いた。リボンで覆われた向こうに浮かび上がった彼女のシルエットが、ぐぐっと伸びて大人の女性のシルエットに急成長する。
「……おい……」
眠っている様子のプラムが無意識で手を伸ばすと、その手に巻き付いてたリボンがピンクのグローブに変わり、踵を鳴らせば足に巻き付いてたリボンがピンクのロングブーツに変わる。
「……おいおい……」
星屑をキラキラ振りまきながら、やはり無意識にクルクル回るプラム。その胸には大きな星のブローチと大きなピンクのリボン。白とピンクを基調としたフリルだらけのフワフワモコモコしたミニスカワンピースドレス。
「…………」
俺の体も次第に透けていってるが、もう声すら出ないこの状況……。なんだ、これはっ!? 何が起こっているんだっ!?
茶色のショートヘアだった髪もスルスルと伸びて、勝手に編まれて腰まで届くお下げ髪に。星がついたピンク色のリボンがアクセント。
そこまで変身して足元の星が消えると、ようやくプラムは目を覚ました。
「……って、なんですかっ!? これ!」
「それは俺のセリフだっ!」
これ、対象年齢いくつのゲームだっ!
……ダメだ、俺にはなんかいろいろと無理ゲーだ……