Lv.002 第一話① 魔王は子連れ、世は情け?
――いきなりゲームは始まった。
視点カメラを回して部屋を見渡してみれば、むき出しの鉄板のような金属製の床と壁と天井が見える。そんな部屋の中央にある円形の石舞台の上、その中央に浮かぶ緑色の水晶玉のような物体の隣に俺は立っていた。部屋の中には俺ひとりしかいないようだ。
「……あれ? 剣と魔法のファンタジーってだから、なんかこう、もっと中世ヨーロッパ感があるのかと思ったけど……」
俺は思わずマイクに独り言をつぶやいた。四方八方が金属製の密閉空間であるこの部屋に中世って感じはなかった。
すると、この部屋にひとつだけあった扉がウィーンと音を立てて開いた。これまた中世感のない自動ドアだ。
「……あっ!」
自動ドアの向こうから女の子の声が響いた。たぶん、俺の相手キャラになる子だろう。
と、そっちに視点を向けた瞬間、俺は驚いた。
「――は? 小学生?」
部屋に駆け込んで来た女の子。思わず小学生と表現してしまったが、それは真新しいランドセルが似合いそうな小さな女の子。外見は十歳にも満たないだろう。
「なんだよ。最初に無関係のキャラから出てくるのか?」
確か、パートナー以外とはコミュニケーションできないシステムだと説明書に書いてあった。要するに、俺の姿や声はパートナー以外には見えないし聞こえない、ということだろう。
女の子は茶髪のショートヘア。聖歌隊のような白いローブをまとっていて、頭には大きな白いベレー帽のような帽子をかぶっている。
とにかく体が小さすぎて、遠目から見ると『てるてる坊主』が走ってるようにしか見えない……
「でも、なんでこんな小さな女の子が、たったひとりでこんな所に……?」
どうせ聞こえないんだろうし、と俺が声を漏らすと、駆け寄って来ていた女の子がビクリと反応して止まった。
「あ……ああっ!」
「うおっ! ビビった。いきなり大声出すなよ……」
「し、失礼しました!」
女の子は慌てて勢いよく頭を下げて、かぶっていた帽子を床に落とした。そして、すぐにまたそれを慌てて拾い上げ、かぶり直して苦笑いしている。
「って、あれ? 俺の声、聞こえてる?」
「はいっ! まさか、本当に出会えるなんて……」
「んん? こいつがパートナー? おかしいな……俺、十八歳って設定したと思ったけど」
別に、十八歳にこだわりはないし二十歳だろうが十六歳だろうが問題はない。大抵のゲームのヒロインの年齢はそれくらいだから――と適当に決めた年齢だし。
だが、こいつはどうだ。十歳未満じゃ誤差ってレベルじゃないぞ。
「十八歳? わたしはもうすぐ十歳です」
「つまり九歳ね……」
「はわぁ……わたし、ホントに会話できちゃってます!」
女の子が感動しつつ、興味津々に俺の顔を見上げている。正確にはわからないが、彼女の身長は一二〇センチほどだろうか、九歳にしては小柄な方だろう。
会話ができてるってことはこの子がパートナーなんだろうけど、年齢設定が狂ってないか……?
「お、お嬢ちゃん。なんで俺の声が聞こえるのかな?」
「なんで……でしょう?」
「いや、首をかしげられても……」
一応、敬語を使っているし少し大人びてる気もするが、幼女は幼女で違いない。
俺、子供苦手なんだよなぁ……と感じつつも、とりあえず話を聞こう。精一杯の優しめ口調で。
「じゃあ、どうしてこんな所に来たのかな? お父さんとお母さんは?」
「わたし……ひとりで来ました。ここに『魔王様』が封印されていると聞いて、どうしてもお会いしたくて来たんです!」
「魔王……様?」
ん? んんん? 聞き間違いか。状況がつかめなくなってきたんだが。明らかに話がおかしな方向に向かってる……
「魔王って、誰が?」
「おじさん?」
「魔王と呼びつつおじさんって言うのか……」
「きゃあ、ごめんなさい!」
脅したつもりはないのに涙目になる女の子。とにかく、俺が魔王って設定なのか。
主人公が魔王って設定的にあり得ない話じゃないかもしれないけど、パートナーの年齢も狂ってる時点でなんかバグってる気がしてきた。これは本当に普通の剣と魔法のファンタジーなのだろうか。
「君みたいな女の子がひとりで魔王に会いに来るっておかしいだろ?」
「わたし、昔から魔王様の大ファンだったんです!」
「は……はい?」
大ファンって、アイドルかっ! というか、九歳の子が昔からとか言うなよ。なんか無意味に傷付くわ……
しかし、このゲームは俺に魔王になることを強要してるのか。悪者役は面倒だな……
「あのさ……、悪いけど俺、魔王じゃないと思うんだが」
「ええ!? だって、魔王様は紫色の髪で銀色の瞳。左頬には紋章があるおじさまだって。これ、見てください!」
女の子が取り出した絵本には、今の俺に似たイラストが描かれている。
「こ、これは……」
「瓜ふたつです!」
俺の中の中二ごころが牙をむいた瞬間だった……
「い、いや、それは絵本の話だろ?」
「絵本じゃありません。これはわたしの家に代々伝わるヨイショある本なんです」
「由緒な……」
俺が即座につっこむと、女の子は赤面しながらも続ける。
「そっ、それによると、この『ヴァシティガの洞窟』には魔王様の力が封印されているとありました」
「…………」
頭が痛くなってきた。つまり、魔王のファンのこの子は魔王を探してここに来て俺と出会った。つまり俺は魔王役確定……?
しかも、ヒロインはこんな幼女で魔王と一緒に行動するのか? どこが普通の剣と魔法のファンタジーだよ!
「頭を抱えて大丈夫ですか? 魔王様。頭が痛いのです?」
「……お嬢ちゃん。とりあえず名前を教えてくれよ」
「あ……。はい! 申し遅れました。わたし、『プラム』といいます。プラム・リヴィエールです。どうぞよろしくお願いします、魔王様!」
「そうか、プラムだな。だが、とりあえずその魔王様って呼ぶのはやめてくれ」
「どうしてです?」
「俺自身が魔王って自覚がないからだよ……。とりあえずユーゴって呼んでくれ」
プラムはしばらく首をかしげていたが、ニッコリと笑ってうなずく。
「わかりました。ユーゴ様とお呼びさせてもらいます。魔王様をお名前でお呼びできるなんて……うれしいです! 『こうえいのきわみ』って感じです!」
「わかってないだろ……お前……」
面倒くさい。実に面倒くさい。子供を諭すのは元々苦手なのに、なんかこいつってすごいマセてて偏向的だし。