Lv.014 第三話②
銭湯の前に現れたフランセ。後ろにはサリアの姿もあった。手には銭湯用のバッグがあり、単に通りかかっただけではないようだ。
「二人も銭湯なのか? 英雄に騎士といえばお偉いさんだろうに、こんな庶民的な所に来るのか?」
「いつもは城の浴場を使っているのですが、さっきの魔族が水道の魔法石を壊してしまったらしく、城は現在断水状態なのです」
水道の魔法石。たぶんプラムの家の冷蔵庫の中にあった青い石も魔法石で、この世界は魔法石が機械の代わりを果たしているのだろう。
「そいつは大変だったな」
「明日には王都を出る用事がありまして、今日はゆっくり休むようにと、壊れた街のことは他の騎士に任せて帰って来たのですが、本当に散々です」
フランセはそう言って苦笑する。フランセは明日には王都を出るのか……
「そうだ。プラムさん、一緒に入りましょうか?」
かがんでプラムに優しく手を差し伸べるフランセ。しかし、プラムはその手の横を素通りする。
「結構です! わたし、いつもひとりでここに入りに来てますから!」
「あら……。私、嫌われちゃったかしら?」
「ま、まあ……難しい年頃ですから……」
なんで父親みたいなこと言ってるんだ、俺。
だんだん違和感もなくなってきてるんだが……これが父性!?……だなんてバカバカしい。
冷静になれ、これはゲームだぞ、俺……
「ユーゴさんはお風呂は……必要ありませんよね」
「ええ。そりゃあ、まあ幽霊だし」
待てよ、幽霊なら誰にも気付かれずに女湯に……
「幽霊だからといって覗きや侵入などといった、やましいことを考えないでいただきたい。わたくし、ユーゴ殿のことは見えもしていませんが、フランセ様に何かあろうことなら幽霊でも斬り捨ててみせますよ」
なぜかサリアにバレた。勘の鋭いというか堅物なだけかもしれないが、殺気がすごい。
そもそも、よくよく考えてみたら俺は幽霊みたいだといわれても、壁などをすり抜けたりはできないんだよな。さっき料理した時もフライパンを持ててたし、道具も持てる。俺自身は普通の人間と大差ないみたいだ。
俺の姿を見ることができない奴が俺の体をすり抜けてる──ということだろうか。法則がよくわからない。
「サリア、失礼でしょ。ユーゴさんは、そんな変なこと考えたりしないわよ」
「あはは……」
純粋だ。フランセってやっぱり純粋だ! 彼女の将来が本当に心配である。
「それでは。プラムさんのことは遠巻きに様子を見てますので安心して待っていてくださいね」
そう言ってフランセとサリアも銭湯の中へと消えていった。
そして画面に表示される『入浴シーンをスキップします』という文字。まあ、デスヨネー……としか言えない。
画面が切り替わった瞬間、いつの間にか銭湯の前に人だかりができていた。プラムやフランセ達の姿はない。
「──あれ? シーンをスキップするってことは、プラムが帰って来るまでシーンを飛ばすのかと思ってたけど、まだ銭湯の中か?」
俺は周囲を見回すが、やはりプラムはいない。それにしてもガヤガヤとうるさい人だかりだ。
俺は目の前のひとりの男の服を引っぱってみるが、つかむことすらできずにすり抜けた。
「なるほど。俺を見えない奴の装備品も触れないのか。にしても、なんだよこの人だかりは……」
すると、そばの俺に気付いていない男がもう一方の男に話しかける声が聞こえる。
「女湯に『モンスター』が出たって? なんでモンスターがこんな所に……」
「さあ? 夕方、魔族に襲撃されたことと関係があるのかねぇ? でも、ちょうどあの英雄様が入浴中だったらしくてな。まあすぐに討伐してくださるだろう」
「オレ達が中に入るわけにもいかないからなぁ……」
銭湯の中にモンスターって、どういう状況だよ!
プラム達はまだ中に残っているようだ。ここは助けに行くべきだろうが……
「でもさすがに飛び込んで行くのはなぁ……。ゲームといえども、プラム達って生きた人間のような態度だし──」
と、しゃべっていると画面が再び切り替わっていた。
目の前にはタオル姿のプラムとフランセとサリアがいた。
「女湯に入ったらどんな反応されるか……わから……」
勢いでそこまでしゃべってから、俺はようやく事態を把握した。ここは思いっきり女湯の中。
俺を見て目を丸めてたプラム達もそれは同じだったようで……
「きゃあっ!」
「フランセ様!? 急にどうなさいましたかっ!」
「……ユーゴさん……が、そこに……」
フランセは震えながら俺を指差し、サリアはこちらをギロリとにらむ。
「ほう……?」
サリアには見えてないはずなのに、すごい殺気が突き刺さってくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 不可抗力なんだよ! プラム達がモンスターに襲われてるって聞いてだな……」
「心配だからって入ってきちゃったんですか! 見損ないました……」
あれだけ魔王様魔王様言ってたくせに見損なうの早すぎじゃないか……と、つっこみかけたけどそうではない!
「プラムと一定以上離れたらワープするって言っただろ! 俺だって気付いたらここへ飛ばされてたんだよ!」
「あ、ごめんなさい。確かに今、一番奥まで逃げちゃいました。それでワープしちゃったんですね……」
どうやら女湯に普通に浸かる程度なら強制ワープの範囲外のようだが、浴室の一番奥まで行かれるとワープしてしまう距離に達してしまったようだ。
「じ、事情はわかりました。サリアも落ち着いて。これは仕方のないことだったみたいだから」
フランセに言われてサリアからの殺気は消える。でも、サリアの目つきは鋭いままだ。
しかし、三人とも胸に巻いたタオル一枚とか、目のやり場に困る格好だな、おい……
とりあえず、これ以上プラム達が騒がないように俺は皆に背を向けてしゃべる。こうでもしてないと、いつか本当にサリアが殺しにかかってきそうで怖い。見えてないってわかってても怖い。
「それで、モンスターってのは?」
「入り口の方にいる──あいつです」
見れば、更衣室の扉に透明のネバネバした物体が貼り付いていた。
「あれは『ウォーター・ジェリー』ですね。水の中によくいる軟体のモンスターなんですが……」
「あそこまで巨大なものは、わたくしは見たことがありません。騎士団でモンスター討伐は茶飯事のようにこなしていても、ここまでのジェリーは初めてです」
「他の皆さんには避難してもらったのですが、私達だけ逃げ遅れてしまって。入り口をふさがれては着替えることもできず、困っていたんです」
突然変異のモンスターがなぜか銭湯に現れたと。しかし、面倒なことになってるな。フランセ達は武器も持っていないし、プラムもオーブは持っていない。まあ、今ここで変身するわけにもいかないだろうけど。
「サリア! 光魔法を使ってみてくれる?」
「承知しました」
フランセに言われて、サリアは目を閉じて何かブツブツとつぶやき始めた。呪文詠唱だろうか?
俺はしゃがんでプラムに小声で尋ねる。
「プラム、ちょっといいか?」
「あまりジロジロ見ないでください……」
恥じらうプラム。そんな歳でもないだろうに……って言うと怒るだろうな。
俺は困りながらもそっぽに目をやってさらに問いかける。
「ったく、面倒くせぇ……。それでお前、光魔法ってのは詳しく知ってるか?」
「人間が使える最強クラスの魔法です。素養と才能に左右されやすくて使える人は少ないですが、攻撃も回復も強力ですよ」
「なるほど。サリアもすごい奴なのか……」
サリアは英雄の側近になるくらいだし、ただの騎士ではないか。敵に回すと厄介そうだ。
俺がコソコソと話していると、サリアはカッと目を見開いて叫ぶ。
「──〈ディバイン・ブレイド〉!」
サリアの周り光の粒が集まって、それが剣の形になるとジェリーに目がけて勢いよく飛んでいった。
ジェリーは光の剣に貫かれて二つにちぎれた。しかし、倒せていないようで片方がびよーんと伸びてサリアの体にまとわりついた。
「なっ……ななっ!」
振りほどこうともがくが、頭から下がすっぽり取り込まれてしまった。さらにもう片方のジェリーがプラム目がけて伸びてきた。
「プラム! 来たぞっ!」
「はいっ!」
俺とプラムは同時に別方向に避けるが、プラムは床に転がっていた石けんを踏んで滑っていく。
「あ、わわっ!」
「えっ! ちょっと待っ──」
フランセに激突したプラムは仲良く床にすっ転んだ。そこに伸びてきたジェリーがふたりも取り込んでしまった。
「おいおい……」
「す、すみませーん。助けてください……」
「も、申し訳ございません。英雄のくせになんて恥ずかしい……」
首から下をジェリーに包み込まれて情けない声をあげているプラムとフランセ。
非常にマズい。これで俺以外の全員が身動きが取れなくなってしまった。このゲームはパートナーであるプラムとともに戦うゲームだ。俺ひとりでできることは極端に少ない。
俺が一生懸命に救出方法を考えていると、フランセがふと気付いた。
「……あら。でもこのジェリー、とても温かいわ」
「ホントです。こうして包み込まれてるとまるでお風呂に入ってるみたいですねぇ」
「さしずめ、これはジェリー風呂だと? 意外といいかもしれませんね」
ジェリーに絡みつかれたままジェリー風呂談議を始める三人。緊張感が仕事していない。
「お前ら……くつろぐなっ!」
俺は思いっきりつっこんだ。




