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崩壊

作者: ほの



痛いことは嫌だ。他人が痛がっているのを見るのも嫌だ。

ましてや生死をかけて戦う「戦争」なんてものは絶対にしたくなかったし、大嫌いだった。



-----------------------------------------------------------



物心つく前から地下室と両親と本、そして時折診察にやってくる医者だけが自分の世界の全てだった。それが14歳のある日、それらと目に映る全てを失う形で広い広い外の世界へと僕は放り出され、気が付くとあの拷問のような日々が始まり、そして小さな少年に助けられた。自由の身となった僕はそれでも傍に居たかった。それはもう縋るような思いだった。何も分からないまま広い世界に絶望してた僕に希望を教えてくれた人、僕の目に再び光を映してくれたあの少年の傍に。




「別に無理することないんだよぅ?軍以外にもちゃんと君にあった居場所が……。」

ある時彼がそう言った。

彼と同じ研究職を希望していたのだけれど、どうにも科学や技術的なことは向いていなかったらしく、僕は兵士への道を余儀なくされた。

正直、怖かった。痛いことをされるはもう嫌だったし、自分が誰かにするのも酷く心が痛んだ。それだけじゃない、今度は戦場だ。最悪死ぬかもしれない、そう考えただけで手足が震える。それでも僕はこの場所を選んだ。傷つくのも傷つけるのも嫌いだ。死にたくない。でも、それ以上にもう二度と何も知らない場所にたった一人で放り出されたくなかった。

この繋がりは離したくない。だから、僕は笑った。

「全然大丈夫ですよロビィさん!」

そう大丈夫、きっとそのうち慣れるさ。




あの会話から一年。僕の中にある恐怖が消えることはなかった。どんなに見ないふりをしようとも、仲間たちが目の前で死んでいくたびに「戦いたくない」「死にたくない」という思いは僕の前に姿を現す。

いかないで、死なないで、折角できた繋がりが赤く千切れて消えていく。

気が付いたら、あの時彼に助けられ同じように兵士になった人間は、自分を含めたったの二人になっていた。

その人は自分より8つ年下で、背も低く小柄で、いつも一線引いたような雰囲気を纏っていた。しかもどうやら自分はその人にあまり良く思われていないようで、時々彼から突き刺さるような冷たい視線を感じることもあった。それは二人きりになり多少話をするようになった今でも変わらない。けれど僕はそれでもよかった。まだポツリポツリと会話をする程度だが、その変化が嬉しかった。まるで気難しい弟のような彼をいつか自分の手で笑わせることが出来たら、なんて幸せだろう。そんなことを想像してみたりもした。

沢山沢山消えてった。この繋がりだけは絶対に、その為なら僕はなんだって。




「もう、僕に関わらないでもらえますか?」

それは本当に突然だった。今朝から彼がいつもより険しい顔をしていたのには気づいていた。だから悪夢でも見たのかと何度か声を掛けた末の返事だった。

何か、気に障ることでもしただろうか。僕は自分の言動を振り返る。普段の会話、食事の様子、作戦会議の発言、戦場での動き。

……そういえば、戦場ではいつも恐怖に目を逸らすことに集中し過ぎてろくに周りを見ることが出来ていなかった気がする。

……そういえば、自分が気付いていれば仲間が死なずにすんだ場面もあった気がする。

……そういえば、その時に彼のあの刺さるような視線を強く感じたような気が、する。

僕は彼に全て気付かれていたのだと理解した。彼はきっと呆れたのだ。死を恐れながら戦場に立つ自分に。

いつの間にか細く細くなってしまっていた彼との繋がりに、自分では彼を笑顔にすることなど出来ないのだと思い知らされたようだった。それならせめて。

「それで、ワカさんが幸せなら。」

せめて、彼の幸せを願うことくらいは許してほしい。




それから数か月後。軍の組織体系が変わり三人一組の小隊が結成されることになった。そこで僕は花が咲いたような笑顔が特徴的な少女と同じ舞台に編成されることになった。

明るく友好的で流行りのファッションやアイドルが大好きな彼女は、僕からみてもとても戦場には似つかわしいとは言えない、どこにでもいるごく普通の少女のように感じた。

しかし、戦いの場にてそれは大きな勘違いだと思い知らされる。

彼女は強かった。真っ先に前線に飛び出し、相手の攻撃を軽い身のこなしで躱しながら、次々と敵を仕留める。その迷いのない姿に、僕の視線は釘付けにされた。傷つくことを恐れず敵に突っ込み、傷つけることを恐れず一閃を入れる。彼女のように、なれたら……。


……いや、違う。戦場では彼女のような姿があたりまえなのだ。

おかしいのは、いつまでも戦うことを恐れている自分の方なのだ。


死ぬことが怖いなら、あの日あの人がいってくれたように軍になんて残らなければよかった。そうしなかったのは自分だ。

怖い怖いと思ったまま戦場なんかにでたから、仲間がたくさん死んだ。僕がいつまでも戦うことに躊躇していたから。

そんなだから、僕がいつまでもこの戦場において異常なままだから、彼に愛想をつかされたんだ。


怖くない。怖くない。怖くない。怖くない。怖くない。怖くない。怖くない。怖くない。

皆と同じにならなきゃ、いつまでも異常なままじゃ皆に見捨てられる。



繋がりが、全部消えちゃう。



「そんなの、嫌だ……!!」

気が付いたらナイフを抜いて駆け出していた。目の前に現れた人影の顔面に拳を叩き込み、その勢いのまま首へナイフを突き立てた。赤い飛沫が舞うのも構わず、後方からやってきた新たな気配にホルスターから銃を抜き発砲した。それからはもう自分が自分でないようだった。嘘のように体が軽く、頭が妙にクリアだった。視界が徐々に赤に染められていくなかで自分もいくらか負傷したような痛みを感じたが、それすらも心地よかった。

「はははっ……!」

今まで自分が恐れていたことがいかに無意味で馬鹿らしかったか!

ああ、ごめん!ごめんなさい!僕が馬鹿だったせいで心配かけて!沢山の仲間が死んで!呆れさせて!!でも、でももう大丈夫!頭のおかしな僕は死んだから!


「オイラ、これから頑張るッスよ!」


傷つくこともつけることも、死ぬことだって、もう、怖くなんてない。



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「戦いたくねぇに決まってんだろ!!」


目の前の黒髪の青年が叫ぶ。彼の体は仲間であろう少年や少女を庇った傷でボロボロなのに、その声には思わず気圧されてしまう迫力があった。


「痛ぇし怖ぇし強ぇし、ホントはお前となんか戦いたくねぇよ!」

「でも実際オイラと戦ってるじゃないッスか?戦いたくないなら、戦場になんか来なければいいのに。」


そうすればこんな風に痛い思いも、辛い思いも、怖い思いだってしなくて済む。

戦場でそんな考えをもってると、頭おかしいって思われるんだ。


「守りてぇもんがあるからだよ……!戦わなきゃ守れねぇからこんな所まで来てんだ。」


守りたいものがあるなら尚更じゃないの?

戦いたくないなんて、そんな半端な気持ち持ってるからいつか全部なくなるんだ。だから捨てた。

……あれ、これ誰の話だっけ?


「よく、わかんない。守りたいなら、そういうの……思うの、おかしいッスよ。」

「おかしくねぇよ、恐怖もなにも感じねぇで戦えるやつの方が狂ってるんだ。」


狂ってる?……違う、だってあの時の自分がおかしかったんだ!だから皆と同じように正しくあろうと、正常でいようと…!

……あの時の自分って?ダメだ、これ以上考えたら……!


「傷つくのが怖いから必死になれるんだ、死ぬのが怖いから戦って生き延びなきゃって思えるんだ……!傷つくのも死ぬのも怖くねぇなら自殺志願者となんも変わらねぇよ!!」

「違う!オイラは!!!」

「お前だって死にてぇわけじゃないだろ!!!」



『死にたくない』



「あ、……。」


あの日、鍵をかけた感情が溢れだした。



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