彼女は誰に話しかけているのだろう?
霜月 透子様主催のヒヤゾク企画参加作品です。
全然怖くないよ〜。おいでおいで( ̄▽ ̄)
ある意味、ヒヤッとゾクッとします……かな?
それはとある夜だった。
窓もドアも閉じられた個室から声が聞こえてきたのだ。
誰かに話しかけ、会話をしているような声。
この個室を使う人間は限られている。
しかし個室の近くにその人物達はいない。
彼女が個室のドアを開けた時には、中には誰もいなかった。
そして彼女は一人で個室に入ったのだ。
ドアには小さな隙間があり、彼女の声はそこから漏れ聞こえてくるようだ。
誰とどんな会話をしているのか謎は深まる。
耳を傾けたら彼女と謎の人物の会話が聴こえないだろうか?
「お願いだから……」
謎の人物に何をお願いしているのだろう?
個室の中はザーザーと騒がしく彼女の声を聞き取りにくい。
「…………」
彼女が話している相手からの声は聞こえないようだ。
「ダメだよ。こっち来ちゃダメだからね」
謎の人物にストップをかける彼女。
迫られているのか?
彼女は謎の人物を嫌っているのだろうか?
「待ってよ、そこにいて!」
突然、個室から彼女の大声が響き中から聞こえる音が乱れ緊迫した状況に変わった。
「…………」
「ダメダメ、こっち来ないでったら!」
いったいこの個室で何が起こっているのか!
閉じられたドアの外からでは中の様子はわかるはずもない。
これは最早助けに行くべきか!?
そう思って個室に足を向けたのだが……。
「…………」
騒がしかった物音が落ち着き、乱れのない音の流れに変わる。
「そこか。そこなら良いよ。でも、こっちに来たらダメだからね」
彼女のほっとした声。
危機は脱したのか?
「…………」
相変わらず謎の人物の声は聞こえず。
「もう少しで終わるからね。急いでやってるからそこにいて。そこから絶対、動かないでよ!」
謎の人物に必死に懇願する彼女の声。
彼女は謎の人物をどうしてもそこにいさせたいらしい。
急いでやっている……何を?
もう少しで終わる……いったい何が終わるのだろう?
謎の人物とは何者だ!?
「あとちょっとだから。こっちに来ないで。ホントにホントにホントのお願いだよ」
音がピタリとやみ個室の中は静かになった。
「良し、これで大丈夫だ」
ガチャリ。
ドアが開きモクモクと白い煙が外に流れ込んで、中から彼女が出てきた。
ガチャンッ!
素早く個室のドアを閉める彼女。
彼女は晴れ晴れとした顔で呟いた。
「あ〜、助かった!」
個室から出てタオルで体を拭く彼女。
私は恐る恐る聞いてみた。
「ねえ、中に誰かいるの? 開けて見ても良い?」
彼女は濡れた髪をわしゃわしゃ拭いていた手を止める。
「いるよ。開けたらこっちに入って来ちゃうから開けちゃダメだよ!」
言いながらドアを掴んで私が開けることを阻止している。
いったい誰がこの中にいるって言うのだろうか?
気になる!
「何かいるなら確認させてよ、ね?」
彼女はしばらく考えてから渋々頷いた。
「良いけど、さっと確認してさっと閉めなきゃダメだからね!」
ドアから手を離しいかに素早くか、エアー開閉をしてお手本を見せてくる。
その顔はキリッとして、瞳は真剣そのものだ。
「そんな一瞬で確認なんて出来ないよ。どの辺にいるの?」
彼女は人差し指を一本上に向けた。
「天井のすみっちょだよ」
「わかった。じゃあさっと開けて、素早く確認して、さっと閉めるよ」
私は頷き言われた通りに個室のドアをガチャッと開けた。
ドアの向こうはなんの変哲もない見慣れた空間。
白い湯気が微かに天井を覆ってはいるが、特に変わった所はない。
「どこにいるの?」
「ほら、あそこだよ。あそこ!」
私の横から顔を出した彼女が天井の一角を指差した。
何も見えないけど……。
もしかしたら、それってアレ?
夏の風物詩、見える人には見えてしまう。
お盆シーズンには特に現れると言われている。
でも、今は真冬。凍えるようなこの時期に現れるはずがない。
そう思いたい……。
アレが我が家のお風呂場にいるなんて。
こんな明るいお風呂場に。
ぴちゃん、ぴちゃん。
水滴の音が不気味に鳴り響く。
「早く閉めなきゃ!」
焦る彼女。
「待って、もう少しよく見てみるから」
「もう、知らないよ。こっちに来ても!」
彼女はぷりぷり怒りながらそっぽを向いた。
来られちゃ困るが、ドアを閉めたところで通り抜け自在なアレには意味がない。
そもそも明るい場所を好まないんじゃないかと思う。
もう一度言われた場所に視線を向けると、視界を阻んでいた白い煙は霧散して視界は開けて見やすくなっていた。
一点をじっと見上げたその時……。
ピチャンッ。
「ひゃぁっ」
頭に冷たい雫が落ちてきた。
見上げると天井一面に水滴がびっしり。
晴れた個室で私が見たものは……。
天井の角に小さな黒い点のような……ああ、なるほどヤツね。
ヤツは水滴の場所を避けるように天井の一角にとまっていた。
想像していたアレじゃなかったけれど。
「あのさぁ、話していた相手ってアレ?」
「そうだよ。見つけたら早く閉めなきゃ!」
彼女は勢いよくガチャンとドアを閉め、一人頷いた。
「これで良し!」
グッジョブ! と親指を立てている。
さて、どうツッコミを入れようか。
「え〜と、アレを相手に今までずっと話していたの?」
「そうだよ。入ってる途中で襲って来たらイヤじゃん。だからずっと話しかけてたんだよ」
謎の人物……あなたの話し相手はヤツですか!!
「日本語は通じないんじゃ……」
「仲良くなれば襲って来ないでしょ?」
そういう問題!?
そもそも仲が良いような会話じゃなかった気がする。
いやいや、そこじゃない!
「仲良くなったら逆に寄ってくるんじゃないの?」
「さっき寄って来たから怒ったんだよ」
「怒った?」
「シャワーを天井に向けてジャーってやった」
一瞬中が騒がしくなったのはシャワーを強くしたからか。
天井にびっしり張り付いた雫にも納得がいく。
なんて人騒がせな……。
彼女は達成感に満ち足りた顔でその場から去っていった。
次に個室に入った私は、突然降ってくる冷たい雫に怯えながら、恐怖のびくびくタイムとなった。
そして翌朝、彼女の小さな手の小指にはぷっくらと赤い膨らみが。
ヤツは真夜中、彼女の希望通り仲良くなりにやってきたらしい。
そしてあの腫れ具合、彼女のことをかなりお気に召したようだ。
彼女があんなに必死に守った個室の扉は……。
気づけば全開に開けっぴろげられていた。
最後に個室に入った人間が開けたまま出たらしい。
こうして彼女の苦労は水の泡となり。
個室を開けっぱなしにした人物は、朝から彼女からこっぴどくお説教をもらったのだった。
「パパ開けっ放しにしたから刺されたじゃん!」
*****「お粗末様でした」*****
ホラーファンの方へ。
怖くないぞ! 期待させるな!
と怒りのクレームが来そうです。ビクビク。そこはお手柔らかにお願いしますm(._.)m