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「ふぅ。実はつい最近までは尻尾は9本あったんです。それがあることが切っ掛けで減り始めてしまって……」
そう言って墨ちゃんは尻尾が少なくなった経緯を説明し始めました。
話しぶりを聞いていて、1000年前と容姿はそれほど変わらないけれど、性格は大分しっかりしたような気がしました。昔はもっと気弱であまり話さない子だったのですが。
私たちが現代に戻る直前に、墨ちゃんが天児屋さまを手伝って春日神社で神様のお仕事をしていたことは知っています。天児屋さまは神話級の高位神ではありますがいろいろ問題のある性格でしたから墨ちゃんがかなり頑張っているとお姉さまから聞いていました。その経験を通じてしっかりした性格になったのでしょうか。
墨ちゃんの話によれば、その後しばらくして八幡さまが数百年の有給休暇から戻って来られて天児屋さまの仕事も随分楽になり、天児屋さまも墨ちゃんもお休みが取れるようになったのだそうです。
「雨に休みなんかあげたら禄でもないことにしかならないんじゃ」
「あはははは」
お姉さまの突っ込みに墨ちゃんは乾いた笑いをあげるだけでした。きっと図星だったのでしょう。雨というのはお姉さまが天児屋さまを使い魔にしたときにあげた名前です。経緯はよく分かりませんが、いつのころからか天児屋さまは使い魔として私たちと一緒に暮らしていたのでした。
お姉さまからはよく、雨さまは使い魔なのだからもっとこき使うようにと言われましたが、さすがに神話の神様にそんなことは恐れ多くて……。そのせいか、雨さまはいつもぶらぶらしておられて、お姉さまからニート、ニートと言われていたのを覚えています。
話は戻って、雨さまはニートでしたが墨ちゃんはちゃんとした子だったのでお休みをもらっても仕事のことを忘れたりはしませんでした。増え続ける仕事を分散させるため、休みの間に全国を回って下級神のネットワークを作り始めたのです。
始めはなかなか地方の下級神の協力を得ることが難しかったのですが、地道に「説得」を繰り返すことで徐々に墨ちゃんに協力してくれる神様が増えていきました。
「説得ってどんな風にしたの?」
「うふふふふふ」
墨ちゃんの言い方が気になって質問してみましたが、墨ちゃんは上品に笑うだけでした。その雰囲気がお姉さまが悪だくみをしているときの雰囲気に似ていて師弟のつながりを感じたのでした。
墨ちゃんの作った下級神ネットワークの中でも最も成功したのが稲荷狐ネットワークでした。全国に分社した稲荷明神に稲荷狐を配置して小さな問題は地方で解決させるようにしたのです。
そして、そのネットワークの中心となっていたのが仙狐という狐の妖怪でした。
「初めて仙ちゃんにあった時、仙ちゃんは死にかけてたんです。その時は仙ちゃんはまだ生まれたばかりの子狐で……」
死にかけた子狐を助けるため、墨ちゃんは自分の神力を分けてあげました。その結果、中級神としての神格を持ち、仙弧という妖怪になったのでした。さらに、墨ちゃんと仙狐の間には神力のパイプができ、仙狐は墨ちゃんの神力を自由に引き出して使うこともできました。
こうして強力な力を得た仙狐は命の恩人の墨ちゃんに恩義を感じて実の姉のように慕い、稲荷狐ネットワークの構築に多大な貢献をしたのです。
ところが、1か月ほど前、突然その仙狐が墨ちゃんの前から姿を消したのでした。
「あちこち探したのですが、どこに行ったのか皆目見当がつかなくて。神力のつながりから生きていることは分かるんですけど、何度か神力が引き出されるうちに尻尾の数が減ってきてしまって……」
「みゅー、確かに神力が大分減ってるねー」
「雪……さま?」
「でも、神格に問題はないから神力が回復すれば尻尾も戻るよ」
「墨、これは天照だよ」
不意に天さまが私の体を乗っ取って墨ちゃんの体をぺたぺた触り始めました。墨ちゃんは驚いていましたがお姉さまが説明してもまだ少し納得が行っていないようです。
「天照さま……? あ、あの時雪さまの体に憑依するって。あれ、じゃ、雪さまは?」
「天さま、いきなりだと墨ちゃんがびっくりするじゃないですか」
「あ、雪さまに戻った」
「ぐへへ」
「!?」
「もう! やめてください」
天さまは墨ちゃんの反応が面白かったのか、前触れなく何度も人格を交代させて墨ちゃんを驚かせました。さらに、天さまの行動はエスカレートして……
「姫ちゃーん」
「やん、ちょ、おっぱい揉まない。服をはだけないで」
突然お姉さまに襲い掛かりました。
「す、墨ちゃんが見てますよ」
「よいではないか、よいではないかー」
「いい加減にしなさい」
ゴツン
「「あ、痛た!」」
天さまの悪ふざけに怒ったお姉さまが頭に拳骨を落としました。だから、それ、私も痛いんですぅ。