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天さまの話によると、織姫さまはその昔、高天原で神様の服を作る芋っぽい女工の1人でした。それが、彦星というこれまた芋っぽい牛飼いと恋に落ちたのでした。同じ芋同士、2人はすぐに意気投合しました。
すると2人は仕事をほったらかしで人目をはばからずにいちゃつき始めるようになったのでした。しかし、芋2人がいちゃついているのを見て特に喜ぶ人もいないので、偉い神様が彦星を天の川の向こう側に左遷してしまったのです。
ところが、その処分に対して全国の農業協同組合から芋を差別するなとクレームが入ったのでした。次の選挙で農政票を失うことを恐れた偉い神様は年に1度2人が会うことを許すことにしたのです。
「うーん。私が知ってる七夕物語とはなんか大分ニュアンスが違う気がするんだけど……」
「気のせいだよ、姫ちゃん」
「で、そんな昔は芋っぽかった織姫がイケイケに変身して道で行き倒れていたっていうのはどういうことなの?」
「はい。これには深い訳がありまして……」
そして、織姫さまはその深い訳というのを語り始めました。いつの間にか、片手にお茶、もう片手に饅頭を握りしめて。さっき精の付くものと言っていたのは何だったのでしょう?
それはともかく、2人が付き合うようになって2人の運気は絶好調になりました。トントン拍子に出世が決まって織姫さまは繊維産業の長に、彦星さまは畜産業の長になったのです。
さらに時代が下って明治維新で日本に文明開化が訪れると、繊維産業は未曽有の好景気に酔いしれます。織姫さまもすっかりセレブの仲間入りでファッションセンスもどんどん洗練されていきました。しかしそれに引き換え、彦星さまの畜産業はそこまでヒャッハーしたわけではありませんでした。
そのころになると2人の間は深刻な倦怠期が訪れていました。昔は年に1回会えることだけを楽しみに生きてきた2人でしたが、その頃にはむしろその時期が近づくと野分で天の川が氾濫することを神様に祈り始めるほどでした。
「神様が神様に祈っても意味ないじゃん!」
「天の川の水、双六の賽、山法師」
「? 雪、それなんだっけ?」
「平家物語です」
「平家物語って平安時代だったかしら?」
「鎌倉時代です。昨日の授業でやりましたよ」
「えっと、あれ?」
そんな状態でも2人が年に1度の逢瀬を続けたのはひとえに農政族からの強い要請があったからなのでした。
転機は戦後、高度経済成長の影で日本の繊維産業が低迷を続ける中、織姫さまはそれまでの贅沢な暮らしを改めることができず、散財を続けていました。それに対し彦星さまは日本人のライフスタイルの変化で少しずつ畜産業を発展させていったのです。
とうとうお金に窮した織姫さまは彦星さまに泣きつきましたが、彦星さまはこれまで自分勝手ばかりしてきた織姫さまのお金の無心を拒否。織姫さまはそれに逆切れして高天原を飛び出してしまいました。
「うわぁ、ひどいわね」
「でしょ? ひどいでしょ、彦星は!」
「いや、どっちかっていうとあなたの方がね」
「何で!?」
葦原中国に降りた織姫さまは銀座でホステスになりました。源氏名は「織姫」。すると一躍ナンバーワンホステスに上り詰めたのです。そして、その時の稼ぎと人脈を元手に自らのクラブを立ち上げました。
「毎日のように政財界の要人や外国人の超セレブが来て、最高級のシャンパンを何十本と空けていくの。そして目の前で超高額の契約が決まってくのよ。私が契約先を紹介したことも何度もあったわ。繊維産業で儲けてた時なんか比べ物にならないくらい刺激的だったわね」
でもそんな日々はいつまでも続くことはなかったのです。リーマンショックの余波は織姫さまのクラブも直撃し、奮闘空しくクラブは倒産したのでした。
4畳半のアパートに住みながら織姫さまは再起を掛けて一世一代のFX大博打を打ちました。結果は惨敗。
「当たり前だわ!」
「イギリスのEU脱退が遅すぎたのよ!!」
「えー、それを言い訳にするの!?」
今は10億円もの借金を抱えて今は借金返済の道を暗中模索する日々なのです。