第9話 初めての魔法
【魔法】
それは魔力と詠唱によって大気中に存在する魔素にはたらき掛け、様々な事象を引き起こす力だ。
魔法を発動するにあたって最も重要なのは魔力をコントロールする力、イメージ力、そして適正だ。熟達した者や適正の強い者は詠唱なしでも魔法を発動できるらしい。
しかし、詠唱をした方が威力、精度、効力などは上昇するようである。この世界の魔法は大まかに五つに分けられている。
まず【基礎魔法】。
適正によって効果に大小はあるが、魔力を持っている者なら誰でも使える基本的な魔法だ。
火や水を出したり、身体能力を強化したり分かりやすく簡単なものが多い。
実戦で使用できるようなものではないが、名前の通り全ての魔法の基礎となるものであり、強力な魔法を使うには必要不可欠なものである。
二つ目は【応用魔法】。基礎魔法で出した炎や水を変形させたり、違う魔法同士を掛け合わせたりと名前の通り基礎魔法を応用したものだ。
それなりに高い魔力制御の技術が必要であり、習得は少し難しい。
三つ目は【職業魔法】。普通なら【人類種】には扱うことはできないような多様で強力な魔法だ。
この魔法は【魔導神エウラペクト】の加護を受けた【魔導士】
【光明神ルクレクス】の加護を受けた【神官】
【世界神エルドヴァン】の加護を受けた【勇者】だけが使うことができる。
魔導士は応用魔法よりも強力な攻撃魔法や妨害魔法。
神官は怪我や毒を治すことができる治癒魔法や補助魔法。
勇者はその全てを使うことができるが本職程の効力は発揮できないらしい。
四つ目は特異魔法。これは勇者にスキルとして発現することがある特殊な魔法のことだ。
勇者のスキルと同じように強力で特異なものが多く、その効果は攻撃に補助、治癒に妨害など多岐に渡り、一つとして同じ効果のものはない。
最後は原典魔法。これは上位魔族の中でも一握りの種族だけが扱える固有の魔法だ。
各種族毎に効果は異なるが、その力は絶大。街一つを一瞬にして灰燼に帰すことができるようなものもあるらしい。恐ろしい限りである。
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先生から魔法についての説明を受けた後、まず最初に火の基礎魔法《フレイム》を練習することとなった。先生が一度やって見せてくれたが、手から火を出すだけの単純な魔法である。
手から火を出すだけなんて。よし。一発で成功させてやる。えーっと詠唱文は……。
「赤き炎の精霊よ、我が手に宿りて炎火をなせ、《フレイム》!」
……。
詠唱が終わっても炎が出てくる気配が全くない。失敗だ。流石に一度で成功させるのは無理があったか。
だが彼の有名な発明王も『失敗したわけではない。それを誤りだと言ってはいけない。勉強したのだと言いたまえ』という言葉を遺している。
人間とは失敗から学んだことを成功の糧とすることができる生き物なのだ。
……そういえばさっきはなんで失敗したんだ?全く理由が分からない。
あれ?それって失敗から何も学べていないということでは……?
……まぁいい。そういうのは大体気合で何とかなるものだ。俺はふと過ぎった疑問を適当な言い訳で頭の隅に追いやりながら詠唱文を口ずさんだ。
コウジは フレイム をとなえた!しかし、なにもおこらなかった!
……。
やっぱりダメだったか……。アニメの主人公が『さっきので感覚は掴んだぜ……』とか言って二回目で技が使えるようになるのはよくあることなので、もしかしたらと思ったがそう現実は甘くなかった。
『こんな短時間で魔法が使えるようになるとは……。これは素晴らしい才能だ』とか言われてみたかった……。ステータスはあまりの貧弱さに驚かれるどころか憐れまれてしまったからな。
だが出来なかったものは仕方ない。俺は部屋の隅で静観していた先生に助けを求めるように視線を向けた。
先生はその視線にすぐに気がついたようで、白い髭に覆われた口からよく通る渋く低い声を発した。
「力みすぎだな。肩の力を抜いて、揺らめく炎をイメージしながら手元に魔力を集中させるような感覚でやってみなさい。体内を循環する魔力の感覚を掴み、それを上手く制御出来るようになるには慣れが必要だ。君は魔法のない世界から来たのだろう? そう簡単にはいくまい」
やっぱり努力が一番か。俺は自分の考えが甘かったことを反省しつつ、先生に頭を下げた。そして、ふぅっと息を吐いてから肩の力を抜いて心を落ち着かせる。
勇者といっても俺は日本では普通の高校生だったし、この世界でのステータスも低い。
俺は特別じゃない。凡人だ。出来るだけ早く元の世界には帰りたいが、『急いては事を仕損じる』という諺もある。ゆっくりと慎重にやるべきなのだ。まずは練習あるのみ、だ。
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「赤き炎の精霊よ、我が手に宿りて炎火をなせ、《フレイム》!」
手のひらで赤く小さな炎が揺らめいている。成功だ。何度も何度も繰り返して練習している内に魔力の流れのようなものが分かるようになってきた。
それを意識して制御できるようになるまで何時間も練習をした。この成功は俺の必死な努力の結果だ。
胸が一杯になる程の達成感だ。こんな達成感を得たのは生まれて初めてかもしれない。
「先生、できましたっ!」
俺は得意げに手の内でちろちろと揺れる炎を先生に見せた。嬉しさと興奮から声が弾んでしまったかもしれない。……少しくらい褒めてくれても良いんですよ?
「そうか」
先生の反応は淡白なものだったが、その声には確かな賞賛が含まれていた。練習の途中に何度か厳しく指導をされたが、やはり先生はとても優しい人だ。
ずっと立って練習していたせいで足が痛い。そろそろ休憩を……。
「ではすぐに水の基礎魔法《ウォーター》の練習に移ろう。何、大体の要領は先程と同じだ。すぐに使えるようになるだろう」
「え?……あ、あの休憩とかはないんですか?」
「何を言っている。君には今日中に最低でも火、水、雷、土、風の5属性の基礎魔法を覚えてもらわねばならない。そんな悠長なことはしている暇はない」
……先生は厳しい人だ。
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「蒼き水の精霊よ、我が手に宿りて流水をなせ《ウォーター》!」
詠唱が終わると同時に手の上にサッカーボール大の丸い水球が現れる。先生が言った通り、驚くほど簡単に水の基礎魔法は使えるようになった。
水か火かというだけで《フレイム》と大体の要領は変わらない。現に今、二回目だというのにこれほど立派な水球を作り出すことに成功している。
「ほう」
そんな俺の様子を見ていた先生は感心したように息を吐いていた。
「一回目でそれ程の水球を作り出すとはな。君は水魔法への適性が非常に高いようだ」
確かに先生が手本として見せてくれた水球はテニスボール位の大きさだった気がする。
あれが先生の本気だとは思っていない。けれど、訓練に関しては非常に厳しい先生が感心するほどだ。俺の水の魔法への適性は本当に高いものなのだろう。
ステータスも低く、スキルも効果不明な俺にとってはとても嬉しいことだった。
「次は雷の基礎魔法《スパーク》だな」
よし、残り三つもこの調子でどんどん習得していこう。
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「はぁ、はぁ」
俺は訓練場の柔らかい土が敷き詰められた地面に足をつき、肩を上下させ荒い息を吐いていた。
魔力切れだ。基礎魔法で使用する魔力は微々たるものだが、一日中使っていれば魔力も切れる。
あの後、風、雷の魔法はスムーズに会得出来たのだが、土魔法の会得には少々手間取ってしまった。
時間をかけた割にその出来は芳しく無く、スプーン大さじ一杯程度の砂を作り出すのが限界だった。
どうやら俺の魔法適性は水と風が高く、雷が並、火が若干低く、土はかなり低いらしい。先生は適性の高い水と風の魔法を重点的に鍛えていくと語っていた。
大分息が整ってきた頃、少し離れたところから先生がゆっくりと近づいてきた。
「今日の訓練はここまでとしようか。明日は日が昇ったらすぐにここに来なさい」
俺はその言葉に返事をして、ペコリと礼をした後に部屋の隅に置いておいた魔導銃を手に取り、訓練所を出た。
地上へと続く階段を登り、朝より少しだけ騒がしいギルド内を通り抜けて外に出る。
日は完全に落ち沈み、辺りは暗闇に覆われていた。俺は大きく息を吐いてから隣の宿舎へと歩いていく。
あと十三日。この訓練期間が終わった時、俺はどれほどの力を得ているのだろうか。
そして果たしてそれは強大な魔物たちに届き得るものなのだろうか。俺はそんなことを考えながら宿舎の扉をくぐった。