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勇者召喚のリグレスティア  作者: 藤迅 とう
第1章 異世界リグレスティア
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第5話 黑い少年

第5話です。

「こ、これは……」


 ギルドの隣にあるという冒険者用の宿舎を訪れた俺は、そのあまりのボロさに言葉を失った。

 木で出来た建物全体が経年のせいか黒ずんでいて、所々が朽ちてボロボロになっている。大きな地震でもあったらバラバラに崩れてしまいそうだ。

 だが、他に頼れる所はない。俺はふぅっと息を吐いて、宿舎の中へと入っていく。 

 

 入ってすぐに目についたのはいくつかのテーブルと椅子だった。食堂…かな? 

 とりあえず、部屋に案内してもらうべく奥のカウンターに座っている中年の男性の元へ向かう。 


「すみません、部屋をお借りしたいのですが……」


「あいよ。冒険者カード、見せてもらえる?」


 ジャージのポケットからカードを取り出し、男の目の前に差し出す。男はかけていた眼鏡をなおし、カードを顔に近づけてまじまじと見つめた。


「へぇ、アンタ勇者なのかい。それなら聞いてるとは思うけど、お代は要らないよ。好きなだけ泊まってきな。でも、部屋を十日以上開ける場合は一回チェックアウトしてくれ。

 トイレと風呂は各階に一つずつ。食事は朝と夜の二回。ここの食堂で出されるから食べたいときに来るように。といってもあんまり遅すぎるとでないからね。

 それじゃあこれ、部屋の鍵とタオルだから捨てたり無くしたりしないようにね。部屋は二階だよ」


 男は口早に諸注意を述べると、ぐいっと鍵とバスタオルらしきものを押し付けてくる。……えーっと、部屋番号は“204”か。

 男に礼を述べ、二階に続く階段へと向かった。階段も例に漏れず古く、踏み板に足を乗せるとミシミシと軋んだ音がなる。大丈夫かコレ……。抜けたりしないよね?

 不安を感じつつもゆっくりと上っていく。半分ほど上ったところで向かい側から誰かが下りてくるのが見えた。


 男だ。いや、まだ幼さの残るその顔立ちは少年と言ったほうがいい。まるで底のない深淵の様な、玄い、黎い、ただ黑い学生服の少年。

 その姿を見た瞬間、喉が干上がり、足が縫い付けられたように動けなくなった。なんだ、こいつ?心臓が飛び上がるかのような動悸。息苦しい。


 少年は俺の方など見てはいない。俺の存在など気付いてもいないかのようにただ前を見て、ゆっくりと階段を下りてくる。

 しかし、何故か俺の()がこの少年は危険だと判断する(・・・・)。今すぐ背を向けて一目散に逃げろと訴える。

 しかし、俺はまるで石像にでもなってしまったかのように一歩も移動することができない。一歩、また一歩。段々と少年との距離が近づいていき…。


 そのままスッとすれ違った。少年は最後まで俺に視線を向けることなくギィギィと軋む階段を下っていった。


 少年の姿が見えなくなっても、俺はしばらくその場から動くことができなかった。何だったんだ、奴は。

 服装も顔もそこら辺にいくらでもいるような凡庸な男子高校生そのものだった。特におかしな行動もしていた訳ではない。ただ、階段を下りてきただけだ。

 それなのに、何故だかとても恐ろしい、言いようのない不安感を感じた。俺は冷や汗を拭い、自分に用意された部屋へと向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 マズい。マズいマズいマズい。体中から汗が吹き出てくる。俺にあてがわれた部屋は当然のようにボロボロで、ベッドも藁を集めたような質素な物だったがそんなことはどうでもいい。

 俺は今、人生最大級のピンチに襲われていた。そう、それは--


「トイレに行きたい」


 腿を擦り合わせて襲い来る尿意に必死に耐え、何か打開策は無いかと考える。

 男の時なら頑張れば一時間くらいは耐えられたが、今の俺には到底無理そうだ。我慢しようと下腹部に力を込めても、するりと抜けていくような嫌な感覚。


 まだ催してから五分ほどしかたっていないのに俺は既に決壊寸前だった。


 い、いくか? トイレに…。いや、ダメだ。いくら自分の体とはいえ童貞の俺には刺激が強すぎる。

 それに女の子のトイレの仕方なんてよく分からない。男としての尊厳もある。 

 しかし、このままでは最悪の結末(おもらし)を迎える事は必然。そんな事になれば、男としての尊厳どころか人間としての尊厳も失うことになる。


 それに、これは生理現象。なんらかの奇跡が起きて、この場を凌げたとしてもこの体でいる以上一生ついてまわる問題だ。

 そう、これは生きていくために必要な事だ。言うなれば、食事や睡眠と同じようなものだ。もう我慢はできそうにない。足がガクガクと震え、膝をつきそうになる。

 もう、仕方がない。俺は最後の力で必死に尿意を抑え込み、震える足でトイレへと向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「うぇっぐ……ひっく」


 俺はトイレの扉の前でしゃくりあげながら泣いていた。廊下を通る人々に奇異の視線を向けられる。もはや男の尊厳などあったものではない。

 しかしそれだけ俺に課された試練は厳しいものだったのだ。女の人のトイレの正しいやり方など知るはずもない。

 とりあえず自分の直感に従ってズボンを脱いでしゃがみ、そのまま用を足し始めるたのだが、途中であまりの情けなさと恥ずかしさで自然に涙が溢れ、今に至る。


 今日はいろいろ辛い出来事があり過ぎた。異世界に召喚され、女になっていて、モヒカンに絡まれ、ステータスは最弱級。

 宿が決まって少し落ち着いたと思ったらヤバそうな奴に会うわこんな人生最大級の屈辱を味あわされるわでロクな事がない。

間違いなく人生最悪の日だ。おそらく今日の双子座の運勢はぶっちぎりの最下位だろう。俺は嗚咽を上げながら自分の部屋に戻っていった。 



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その日の夜。俺は風呂にやってきていた。一言で終わってしまったが、ここに至るまでには様々な苦悩、葛藤があったことを察していただきたい。


 いくら自分の体とはいえ生身の女性の裸をこんな形で見てしまっても良いのかとか、他の人がいたらどうしようとか、そもそも童貞の俺は女の子の裸に耐えられるのかとか。

 しかし、俺はその葛藤を乗り越えた末にここに立っている。幸い、風呂は一人ずつ。入ってからは十分の間に出なければならないという決まりになっていて、他の宿泊者に出くわすことは無かった。 


 俺は洗い場に腰掛け、目の前のひび割れた鏡に映る自分の姿を見る。白い肌が恥ずかしさのせいかほんのり桜色に染まっている。

 元は短かった髪は肩の下まで伸びていて、百七十センチあった身長は十センチくらいは縮んでいそうだ。


 胸はほんのり膨らんではいるが、ほぼぺったんこ。体も華奢で女性的なラインにはやや乏しい。股間はつるりとしており、やはり相棒の姿は影も形も無くなっていた。


 顔に元の面影があるからか妹の裸でも見ている気分だ。妹なんていないけど。

 結構、いや、かなり恥ずかしいが、耐えられないほどではない。トイレという修羅場を潜り抜けた俺にはもう怖いものはなかった。


 俺は備え付けの石鹸と雑巾のようなボディタオルを手に取り、わしゃわしゃと泡立てていく。よし、十分に泡立ったな。

 石鹸を元の場所に置き、ボディタオルでゴシゴシと擦ろうとして--。


「痛っ」


 走った鋭い痛みに、思わず声が漏れた。女の子の肌は敏感だと聞いたことがあるが、まさか本当だったとは。今度は刺激しないように弱めの力でゆっくりと擦っていく。柔らかい胸の感触や何もない股間はあまり意識しないように心を無にして。


 体の泡をシャワーで洗い流した後に、今度はシャンプーを手に取る。ボロい割に無駄に風呂用具は揃ってるな……。

 長い髪に悪戦苦闘しながらも、無事に洗い終わり、そのまま小さな浴槽へと浸かる。あぁ、今日の疲れが取れていく。

 ずっと浸かっていたい気持ちは山々だがそんな時間はない。俺が風呂を占領していては他の人の迷惑になってしまう。


 体を拭き、冷えないうちに手早く着替える。同じ服を着るのはあまり気分が進まないが、今俺が持っている服はこのジャージのみなので贅沢は言えない。

 俺はバスタオルで髪を拭きながら脱衣所の鍵を開けて外に出る。脱衣所の前に女性の冒険者が三人ほど並んでいたので、軽く会釈してから部屋へと戻った。


 部屋に戻ってきた俺は、そのままベッドに倒れ込んだ。月が出ていないせいか部屋の中は真っ暗だ。この後、夕食がある様だが、一日何も食べていないというのにあまり食欲は無かった。


 それよりも今日はもう休みたい。藁のベッドはお世辞でも寝心地がいいとは言えなかったが、疲れのせいかそれほど気にはならなかった。

 明日は今日よりは良い日になるといいなぁ。今日より悪い日なんて想像もつかないが。そんな事を考えながら眠りへと落ちていった。

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