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勇者召喚のリグレスティア  作者: 藤迅 とう
第1章 異世界リグレスティア
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第14話 自己紹介

 カウンターでエイルとのパーティー登録手続きを済ませた俺は、出発の前に一度、腰を落ち着けて軽く自己紹介をすることを提案した。パーティーを組むにあたって最低限の連携をとれるだけの情報はほしい。

 けして『自己紹介にかこつけて美少女の個人情報ゲットだぜゲヘヘヘヘ』みたいな下衆な考えを起こしてのことではない。……ホントだからね?


 幸いエイルもこの提案を快諾したため、俺達はギルドの酒場にある一つのテーブルにつき、自己紹介をすることとなった。

 席についた俺は、飲み物を注文するために近くを通りがかったウェイトレスを呼び止めた。

 

「すみません」


「はいはーい、ご注文ですかー?」


「はい。スローンベリーミルクを一つお願いします……エイルは決まってる?」


「ええ。私には100%トトマジュースをお願い」


「はーい、ご注文承りましたぁ。少々お待ちくださいねー!」


 注文を聞き終えたウェイトレスはニコリと明るい笑みを浮かべ、厨房の方へと下がっていった。

 さてと……。  

         

「少しかかるみたいだし進めてようか。どっちが先に話す?」


「私から始めさせてもらってもいい?」


 特に反対する理由もないので軽く頷いてエイルの申し出を受け入れる。


「ありがとう。なら早速……」


 俺の返事を聞いたエイルは一度小さく咳払いをしてから、ゆっくりと話し始めた。   


「んんっ。……えーっと、名前はさっきも言ったと思うけどエイル・ミルティア。歳は十六になったばかりよ。職業は【剣士(フェンサー)】で、種族は……見ての通り【人間族(ヒューマン)】。ちょっと生まれつき加護が弱くて使えるスキルは少ないけど、剣の腕には自信があるから戦力的に足を引っ張るようなことにはならないと思うわ。でも……」


 エイルはそこで付け足すように言葉を切る。


「ドゥーク系の魔物がちょっと……っていうかかなり苦手で、そいつらとの戦闘ではあまり役に立たないと思うわ」


「ドゥークが?」


 確認するように発した俺の問いにエイルは頷きを返す。


「ええ。ちょっとドゥークには苦い思い出があってね、前にするとどうしても足が竦んじゃうのよ。いつかは克服しなくちゃと思ってるんだけど……」


 エイルは困ったような苦笑を浮かべて首を小さく振った。


「一人だと中々勇気が出なくて……。最近は全然依頼を受けられなくて困ってたのよ。ほら、この町の近場で低レベルの冒険者が受けられる討伐依頼って【ドゥークの討伐】くらいでしょ?私、まだレベル2だし、お金もなくて遠征もできなかったから報酬額の低い商店の売り子とか薬草の採取とかの依頼を受けるしかなくて……」


「ああ、それで……」


 だからあんなに【ゴブリンの討伐】を受けたそうにしてたのか。採取依頼やバイト紛いの依頼は引くほど報酬が低い。最低賃金?なにそれ美味しいの?状態だ。

 普通に生活するだけでも苦しい。そんな中で見つけた高報酬の討伐依頼そりゃ泣くわ。


「だから誘ってもらって本当に助かったわ。短い間だけどよろしくね」


 エイルはそう締めくくり、ニコリと微笑みを浮かべ席についた。ちらりと見える八重歯が可愛らしい。


 ……いよいよ次は俺の番か。自分で提案しておいてアレだが、実は自己紹介は超苦手だ。

 よく知らない相手の前で話をするのはシャイボーイの俺にとってかなりの緊張を伴う。しかも今回の相手はアイドルも真っ青な美貌を持つエイルだ。


 女性に免疫のない俺に緊張するなと言う方が無理なのだ。俺は小さく息を吐いて、気分を落ち着かせてからゆっくりと立ち上がった。


「それじゃあ次は俺が……」

「お待たせしましたぁー。100%ブラッドマトジュースとスローンベリーミルクです」


 そのまま一気に済ませてしまおうと思い口を開いた次の瞬間、飲み物を乗せたトレーを持って現れたウェイトレスの明るい声に遮られる。

 ウェイトレスは俺とエイル、それぞれの前にコトリと音を立ててグラスを置き、ペコリと小さく礼をしてそのまま奥へと下がっていく。

 俺はその後ろ姿を見送ってから、正面のエイルに視線を向けた。


「……の前に飲み物が来たみたいだから一旦休憩しようか」


 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 俺は目の前に置かれたグラスへと視線を落とす。そこには目に悪そうな派手なピンク色をした液体が注がれている。最近の俺のお気に入りで、ギルドで食事をとるときは必ず一緒に注文している飲み物【スローンベリーミルク】だ。その名の通り味や香りはイチゴミルクに似ている。ただし死ぬほど甘い。


 キンキンに冷えたグラスを持ち上げ一口煽ると、火であぶられたかと錯覚するほどに甘ったるい液体が喉を通っていく。糖分が体中を駆け巡り、脳髄がとろけるような感覚。そして頭がほわほわしてきて最高の気分。

 ……なんかこう書くと危ないクスリを摂取しているように思えるが至って健全な飲み物だ。


 ほっと一息ついたところで手に持っていたグラスをテーブルの上に置く。コトリとグラスが置かれた音で、コクコクと可愛らしくエグい色をした液体を飲んでいたエイルが俺に意識を向ける。自己紹介再開だ。


「それじゃあ、再開するぞ。俺はコウジ・スズマ。職業は……」

「待って」


 気を取り直して一気に済ませようと再開した自己紹介だったが、エイルの静止の声によって遮られた。


「……何?」


 抗議の意味を込めてじとっとした視線を向けると、それに対しエイルは何か言いたげな視線を返してきた。


「ねぇ、何か理由があるのかもしれないんだけど、一緒に仕事をするんだし自己紹介の時くらいきちんと顔を見せてくれないかしら?」


 あ。


 そう言われて俺は今までずっとフードを被り、顔を隠していたことに気がついた。


 正式に冒険者になって数日たったくらいから俺の髪や目の色が珍しいのか、それとも俺が勇者だということがどこからか漏れたのかチラチラと奇異の視線を向けられたり、パーティーに誘われることが多くなった。


 魔王打倒のためにパーティーメンバーを募集している俺ではあるが、元から組んでいるパーティーに後から入るというのはなかなか気まずい。だからそれらを回避するために外に出るときはフードを被るのが癖になってしまっていたのだ。


 だが、確かに今から一緒に仕事をするのに顔を見せないというのは失礼にあたるだろう。美少女(エイル)に話しかけられたり、話しかけたりする緊張で失念していた。


「ごめん」

 

 俺は一言謝罪の言葉を述べてからフードに手をかけ、それを取り払った。


「……っ!」


 その直後、エイルの表情に僅かな驚きが滲む。


「……意外と可愛い顔してるのね」


「どういう意味?」


「ああ、ごめんなさい。声から女の子なのは分かってたけど、喋り方とかから想像してたのとちょっと印象違うからびっくりしただけ。気を悪くしたならごめんなさい」


 おそらくエイルは俺の口調や振る舞いから中性的な容姿を想像していたのだろう。で、『予想と違って普通に女子だからびっくり!』と。


 ホントは男なんですけどね!俺はサムライハートを宿した誇り高き日本男児なので、可愛いとか言われるとちょっと傷つく(ただし年上のお姉さんは例外)。


 だが俺も大人なので一々それを顔に出すことはせず、申し訳なさそうな顔をするエイルに「気にしてないから」と一言フォローを入れ、再びフードを下ろす。


「再開していいか?」


 顔見せも終わったところでそう問いかけると、エイルはコクリと首を縦に振る。それを確認したところで再開。もう一度初めから自己紹介をやり直す。


「じゃあ……。名前はコウジ・スズマ。職業は【勇者(ブレイバー)】で……」 

「勇者!?」 


 エイルが驚愕の声を上げ、テーブルに手をついて乗り出すように立ち上がった。ずいっと顔を寄せられ、大声と相まって思わずドキリとして視線を逸らす。 


「ご、ごめんなさい」 


「……いいよ」


 もういい加減中断されるのも三度目なのであっさり流して先へ。まぁ、一定数いるとは言っても勇者は微妙に珍しいようなので、この反応は仕方がない。


「えーっとじゃあもう一回最初から……。名前はコウジ・スズマ。職業(クラス)勇者(ブレイバー)でメインウェポンには魔導銃を使っている。魔眼のユニークスキルを保持していて、そのお陰で銃の射程圏内に入ってる相手ならほとんど攻撃を外すことはない。魔法も簡単なやつなら全部使えるし、水と風の職業魔法の中からいくつかと治癒魔法も《キュア》だけなら使える。……これくらいかな。短い間だけどよろしく」


 最低限の情報だけをすらすらと上げ、短く締める。エイルにくらべて大分あっさりしているような気もするが、連携を取るための自己紹介としては特に問題はないだろう。ほら、こってりよりあっさりのが健康にいいし。……それは関係ないか。


 しかし、なんだろう。改めて見てみると中々なスペックをしている。めちゃくちゃ遠くからでも攻撃を当てられて、相手の攻撃も挙動や魔力の流れから読める。

 攻撃魔法も使えるし、回復もこなせる。後方支援役としては素晴らしい性能といえよう。


 まぁ、それは俺が凄いのではなく“勇者”という職業が凄いのだ。銃撃も魔法もほとんどスキル頼りだし。きっと俺以外の勇者はもっと凄い。

 勇者じゃなくても俺より凄い人なんていくらでもいるだろう。だから調子には乗らない。慢心、ダメ。ゼッタイ。


 ふぅと小さく息を吐いて席につくと、呆けたように固まるエイルと目があった。

 

「どうした?」


「勇者ってすごいのね……」


 ぼーっとした顔で小学生並みの感想を述べるエイル。


 そう。彼女がそんな反応を取ってしまうほど勇者の力というのは強力なのだ。どうして【世界神エルドヴァン】とやらは俺を選んだのだろうか。他にもっとふさわしい人が……とそこまで考えて思考を止める。そんなことはいくら考えたところで仕方がない。魔王を倒せば全部もとに戻るのだ。生活も、力も、そしておそらく性別も。


 何もかも変わったのはこの世界に来てからだ。ミリアさんは知らないようだったが、俺の性別の変化は十中八九【世界神】の仕業だ。きっと奴は特殊な趣味でも持っているに違いない。もし会うことがあったらぶっ飛ばしてやる。


 ……話を戻そう。


 さて、ともかく自己紹介は終わったわけだ。あとは実戦。【レシュレカの森】へ出向きゴブリンを狩る。狭い森とはいえゴブリンの捜索は中々ハードな作業になりそうだ。


 エイルが去ろうとしたときに覚えたあの感覚。一緒に依頼を達成すればそれの正体もわかるのだろうか。


 そんな思いを抱きながらグラスに残っていたショッキングピンクの液体を一気に喉に流し込んだ。


「……っ!ごほっ、ごほごほっ!」  


 そして思いっきり噎せた。

 

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