第13話 ジャケン
ジャケン。それは元々、子どもたちの間で流行っていた手遊びの一種だったという。その原型は有名な吟遊詩人ウェリア・ブライリーが、ある英雄の物語をモチーフとして考案したと言われている。
ルールは単純。二人以上の参加者がいれば特別なものは必要ない。物語中に登場する英雄と魔王の武具。それをイメージした“手”をお互いに出し合い、その組み合わせによって勝敗が決まる。“手”は全部で三つあり、それぞれ三つ巴の関係となっている。“手”の種類は以下のようになっている。
まず、このゲームの名前にもなっている“邪剣グーロリア”(通称グー)。これは物語に出てくる魔物の王グーロリアが使う奇妙な形の大剣をモチーフにしている。これは5本の指をすべて握り、拳を作る“手”だ。巨大な岩石をそのまま削りだしたかのような、“一見すれば大槌のように見える”と物語中で語られる邪剣を表現するのに最も相応しい形だ。
二つ目はグーとは逆に全ての指を開ききる“聖壁パールウォルト”(通称パー)。モチーフとなっているのは魔王グーロリアを打倒し、世界に平和を取り戻した英雄アルフレド・パルミナが所持していた大盾だ。あらゆる全ての災厄から人々を守る。そんなアルフレドの想いの結晶ともいえる盾だ。
そして最後はグーの状態から人差し指と中指だけをつき出す“魔骸チ=ヨークィ”(通称チョキ)。この“手”は人々に裏切られ、恋人を奪われた英雄アルフレドの憎悪、絶望、悲嘆などの負の感情からその形を歪な刃へと変えた聖壁がモチーフとされている。
これらの“手”を、参加者同士で「最初はグー、ジャーケンぽん!」の掛け声と共に出す。それぞれの手の相性は、グーはチョキに強く、チョキはパーに強く、パーはグーに強い、というようになっている。このような相性になっている理由も物語の内容に沿ってあり、きちんとした理由があるのだがら長くなるので割愛。
とまぁ、地域ごとにローカルルールなども存在するようだが、基本的にジャケンのルールはこれだけだ。シンプルかつ短時間で、円満に潤滑に物事を解決できる万能のゲーム。それがジャケンなのだ。それではみんなでレッツジャケン!
…………これ、ジャンケンじゃね?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……という訳。大体ルールは分かった?それにしても、ジャケンを知らないなんて変わってるわね。子供から大人まで、誰でも知ってるゲームだと思うんだけど」
「あー。うん、よく聞いたら知ってるやつだったよ。俺の故郷じゃ呼び方が違ったから……」
まぁ、呼び方しか違わないのはおかしいのだが。つーか語感も似すぎだろ。
「ジャケンに他の呼び方なんてあったかしら?……まぁ、いいわ。ルールが分かるのなら問題ないわ。始めましょ」
少女はそう言うと、握りしめた拳を持ち上げた。俺もそれに習い、少し遅れて左手を構える。
「準備はいいわね?それじゃ……」
俺と少女は同時に小さく息を吸って--
「「最初はグー、ジャーケン(ジャンケン)」」
「「ぽん!」」
掛け声と共に俺が繰り出したのはパー。そして少女の方は--
「……私の負け、ね」
少女はそう呟いて、ぎゅっと握りしめていた拳の力を弱め、だらりと腕を下げた。そして小さく息を吐いてから、ボードから依頼書を剥がし、俺の目の前までやってきた。
「この依頼はあなたのものよ。私のことは気に……気にしないでいいわ」
少女は若干湿った声でそう言って、震える手で依頼書を差し出してきた。
えぇ……。こんなん受け取れねぇよ……。
「あ、あのさ、やっぱいいよ、俺」
「ダメよ!公平に決めた結果だもの」
じゃあ泣くのやめてもらっていいですかね?罪悪感半端ないんですけど。これ、完全に傍から見たら俺、完全に悪者だよ。カツアゲしてる黒マントの不審者だよ。……ほら、なんか周りの人たちヒソヒソし始めたし。
これなんの罰ゲーム?譲るって言ってるんだから受け取ればいいじゃん。なんでそんな意地張るの?泣くほど受けたいんでしょ?人の好意は素直に受け取ろうよ。そんなんじゃ将来苦労するからね?
「なんでいつまでも受け取らないのよっ!」
段々とお母さんのような思考に陥りはじめた俺に痺れを切らした少女が怒りの声をあげ、俺の目の前までツカツカと歩いてきた。
「はい」
そしてそのまま俺に依頼書をずいっと押し付けると、踵を返して立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って!」
気がつくと制止の声が口をついて出ていた。あれ?なんで俺、呼び止めたんだろう。
少女もひとまず落ち着いたようだし、このまま黙って見送れば、この話は終わったはずだ。なのになんで……。少女は立ち止まり、もう一度俺へと向き直る。
「なに?」
まっすぐ向けられる翡翠の瞳。そこにはもう怒りの色も悲しみの色もない。ただ単純に呼び止められたことに対する疑問が浮かんでいる。
もしかしたら彼女はもう割り切っているのかもしれない。でも何故だろう。彼女に声をかけずにはいられなかった。そうするべきだと思った。彼女の為ではない、自分の為に。
「もし良かったらなんだけど……」
そう切り出し、俺も少女の翡翠の瞳を見る。童貞故の免疫のなさですぐに目を逸らしたくなったが、そこをぐっとこらえて言葉を続ける。
「一緒にいかないか?」
「どういう意味?」
「だからその……パーティーを組まないかってこと。あ、えっと、もちろん一時的にってことだけど……。ほら、そうすれば一緒に依頼受けられるだろ?報酬金は半分になっちゃうけどギルドポイントは普通に貰えるし……」
なんかすごくしどろもどろになってしまった。恥ずかしい……。
「どうして?」
「え?」
「どうして私を誘うの?私に気を使って、とかなら悪いけど辞退させてもらうわ」
強い意志の篭った瞳を向けられ、思わずたじろぐ。実際、それもないわけではない。でも、一番の理由は自分の為だ。最初はそんなこと微塵も感じなかったのだが、少女が去ろうとした時、何故だかパーティーに誘わなければいけないような気がしたのだ。
彼女が美少女だから……とかそういった不埒な理由ではない。なんだかもっと曖昧で不明瞭な感覚。眼が俺に何かを訴えるような……。
「そんなんじゃないよ。なんだろ、上手く言葉じゃ言い表せないけど。自分の為……だと思う」
「なんでそんなにあやふやなのよ」
少女は俺の答えに呆れたような顔をする。だが、すぐにその顔を小さく綻ばせて--
「でも、ありがとう。よくわからないけど、あなたのためっていうなら同行させてもらうわ。その依頼、ほんとはすごく受けたかったし」
少女は嬉しそうにそう言ったあと、スッと手を差し伸べてきた。
「エイル。エイル・ミルティアよ。誘ってくれてほんとにありがとう。あなたが誘ってよかった、と思えるくらい活躍するつもりだから期待していいわよ」
自信満々な様子の少女。いやまぁ、ゴブリン1体倒すだけなんだからほとんど遠足みたいなものなんだけどね。
張り切りすぎて怪我するのだけは気をつけてね?等とお母さんみたいな心配をしながらも、俺も手を伸ばしてエイルの白い手を取る。うわっ柔らかい。細い。女の子の手だ……。やっべ、ドキドキしてきた。
「こっ、こうじ・しゅじゅまだ。こちらこそよろしく」
めっちゃ噛んだ……。
「コッコウジ・シュジュマ……?変わった名前ね……」
深呼吸して気持ちを落ち着かせたあと、俺の名前を間違えて覚えてしまったエイルに正しい名前を伝えたところ「やっぱり変わってるわね」と言われてしまった。異世界人はつらいよ……。