第12話 白銀の少女
※8/11 【ゴブリン討伐】の報酬額変更
初仕事から約二週間ほどの時間が過ぎた。俺はこの間、適度に休みを入れながら、ドゥークを狩り続ける日々を送っていた。
本当はドゥーク討伐だけでなく、もっといろいろな依頼を受けて経験を積んだほうがいいのだが、近場で済ませられ、自分の好きなタイミングで引き上げられるドゥーク討伐の魅力には中々抗い難い。
「今日こそは!」と気合を入れてギルドに向かっても、最終的に手にしているのはいつもと同じ依頼書。
ほら、あるでしょ?夕飯の材料を買い出しにスーパーに向かったのに、気がつくとカゴにレトルト食品が入っている現象。俺はこの現象に見舞われたことが数え切れないほどある。それはつまり……。
ただ単に俺がめんどくさいことをしたくなくて、無意識にそれを避けているだけである。
はい、すみません…。これは非常によろしくない。俺の今の行いは、ラダトームにこもってスライムだけを狩って生計を立てる勇者みたいなものだ。そんな勇者はいない。
勇者はスライムベスとかドラキーともたたかうし、そもそもラダトームにこもらない。旅をして様々な場所を訪れ、仲間を増やしながら、やがては魔王を倒して世界を平和へと導く。それが“勇者”というものだ。
--というわけで、朝起きてふとそんなことを考えた俺は「今日こそは!」と気合を入れて、ギルドへとやってきた……のだが、その気持ちも依頼ボードを見ているうちにみるみると萎んでいった。
どの依頼も手間の割に報酬が渋い。……というかそもそも、レベル1の依頼はドゥークの討伐を除くと、ロクなものがない。
「店の売り子募集!」とか、「(至急)子守りをしてくれる人を探しています」とか、「ちょっとお風呂に入るだけでルチム銀貨三枚!(女性限定)」などといった、バイトの求人みたいなのが多い。
……あれ、冒険者って魔物を倒すのが仕事じゃなかったっけ?最後のやつとか依頼主絶対カタギじゃないよね?受けたら二度と日のあたる世界に戻ってこれなさそうなんですけど。
俺は無言でボードからその依頼書を剥がし、クシャクシャに丸めてポケットに入れた。依頼主には悪いが、これも正義のためである。つーかなんでギルドはこんな依頼通してんだよ。
俺はふぅと小さく息を吐いて、再びボードを見上げる。あまり期待はできそうにないな……。
半ば諦めかけながらもボードを見回していると、ある依頼書に目が止まった。場所の欄に【レシュレカの森】といった文字が刻まれていたからだ。
よくよく依頼内容を読み進めていくと、どうやら“ゴブリン”の討伐要請のようだった。
ゴブリン。
そう、RPGで雑魚の代名詞として名高いあのゴブリンだ。レベル1でも受注可能な依頼であることから、こちらの世界でも弱っちい魔物として認知されているようだ。
だが、それにしては書面に記載されている報酬と加算ギルドポイントが異常に高い。一頭辺りの報酬が俺の普段の稼ぎ倍近い。レベル1の冒険者が受けられる依頼にしては破格なものだ。
森に通い詰めたこの二週間でゴブリンを見たことはない。ギルド側の手違いでなければ恐らく本来森には生息していない魔物なのだろう。それが何らかの被害を与える前に早急に討伐してもらいたい、という思いがあるのかもしれない。
まぁ、どういう理由であれ、楽に稼げるなら大歓迎だ。本来の目的とも合致するこの依頼を受けない理由はない。
良い依頼が見つかったことを嬉しく思いながら、その依頼書をボードからはがそうと手を伸ばしたときだった。
伸ばした俺の手が、突如横から伸びてきた他の手と重なった。
……何このベタな展開。同じ本を取ろうとして、「あっ」みたいな。で、そこからなんやかんやあって恋に落ちたりするわけだ。
少女漫画の王道展開だ。現実でそんな都合の良い展開は絶対に起こらない。実際こんな状況に陥った場合は、終わらない『どうぞ、いやそちらこそ』の譲り合い合戦が始まる。
とはいっても、今回俺はこの依頼を譲るつもりはない。恐らく相手もそう思っている筈なので、これからどちらが依頼を受けるのか何らかの手段で決めることになるだろう。
俺は依頼書から手を離さないことで譲歩する意志がないことを示しつつ、ゆっくりと横に視線を向けた。
--そこにいたのは天使と見紛うばかりの美しい少女だった。
処女雪の様な純白の肌に小さく美しい薄い唇。エメラルドをはめ込んだような大きな碧色の瞳。そして中でも目を引くのはサイドテールで纏められた美しい銀髪。
神が特別にオーダーメイドしたのではないかと思えるほどの超越的な美貌に思わず息を飲む。少女は険しい顔つきでじっとこちらを見つめている。
自身の中の異世界美少女ランキングが塗り替えられるのをぼーっとした頭で感じつつ、俺はパッと依頼書から手を離した。
「ど、どうぞっ」
そして、強張った口からなんとかそれだけ絞り出した。作戦変更。ここは撤退だ。俺の心で燃えていた闘争の炎はすっかり鎮火されてしまった。紳士な俺は美少女から仕事を奪ったりはしないのさ。鈴間 浩示はクールに去るぜ。
「ちょ、ちょっと待って!」
くるりと背を向けて、その場から離れようとすると、凛と響く美しい声に呼び止められた。立ち止まって振り返ると、少女がその勝ち気そうな美貌に困惑の色を浮かべていた。
「な、何?」
「あなたもこれ、受けたかったんでしょ?なんでそんな簡単に引き下がるのよ」
「え?えーっと……」
君が可愛かったから……なんて言えない。事実なのだが、俺のメンタルとコミュ力では、初対面の女の子に面と向かってそんな事を言うのはハードルが高すぎる。というかそもそも、初対面でそんな発言をする奴は大抵強引なナンパ師みたいな危険人物だ。もし俺が初対面の異性に「かっこいいね」なんて言われたら--。
……いや、まあ、それは正直、飛び上がるほど嬉しい。きっとそれがお世辞でもその日の夜に家族の前でアニソンだらけのワンマンライブを繰り広げるほどテンションが上がるだろう。
……ってそうじゃない。女性の観点から見れば、知らない男からいくら容姿を褒められたところで恐怖以外感じないだろう。いやまぁ、俺は今男じゃないわけだが。だが、黒いフーデッドケープに身を包んだ不審者には違いない。
かと言って他に少女を納得させるための適切な理由が見つからない。急用を思い出した……では不自然すぎるしなぁ。なんかもっとこう、ぽわっとした感じの--。
「…………なんとなく?」
「なんで疑問系なのよ」
口をついて出た、あまりにも漠然とし過ぎな言葉に少女は眉を顰める。
「私に遠慮した……っていうならそんなことをする必要はないわ。私も引き下がるつもりはなかったけど、あなたが一方的に譲歩するのは納得いかない」
少女は強い口調でそう語ると、はぁ、と息を小さく吐いた。
「……別に怒ってる訳じゃないの。ただ、こういう事は公平に決めたいだけ」
それきり少女は次は俺がなにか言うのを促すように口を閉ざした。……まぁ、別に俺も依頼を受けたくなくなった訳じゃないし。相手がそんな気遣いはいらないというのなら無理に譲る意味はない。
「……分かったよ。それで、どうやって決めるんだ?」
互いに譲る気がない以上、話し合いで解決することは難しい。俺は少女に案を聞くつもりでそう尋ねた。……冒険者らしく決闘とかないよね?
「そうね。ここは冒険者らしく決闘」
「えぇ!?」
「--と言いたいところだけど違うわ」
違うんかい!紛らわしい言い方すんな!
「なんだ、びっくりした……。なら、なにで……?」
「…うーん。じゃあ“ジャケン”なんてどうかしら?」
じゃ、邪剣?なんだその不穏な響きは……。まさか、その邪剣とかいう技で競うのか!?聞き覚えのない、おぞましい単語に戦慄する俺の様子を少女は不思議そうな顔で見つめていた。