表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者召喚のリグレスティア  作者: 藤迅 とう
第1章 異世界リグレスティア
1/14

第1話 崩壊する日常

記念すべき初投稿!

不定期投稿ですが必ず最後まで書き切りたいと思います。

※6/11書き直しました。

「おもい……あづい……じぬ……」


 俺--鈴間(スズマ) 浩示(コウジ)は大きく膨らんだ買い物袋を引っさげ、かすれた声で弱音を吐きながら、アスファルトの上をのろのろと歩いていた。


 暑さと疲労で朦朧とする頭に、つい先日の授業で習ったばかりの”死の行進”という単語がふと浮かぶ。

 日頃から休日は家に篭いってゲームばかりしているインドア派の俺にとって梅雨の時期特有のジメジメとした不快な暑さの中、重い買い物袋を持って長い距離を歩くことは拷問に等しい。


 ジャージの中のシャツが汗でべったりと肌に張り付き、何とも言えない不快感を覚える。

 長年の運動不足の結晶である俺のひょろひょろの腕が、買い物袋の重さに悲鳴を上げ始める。


 日曜日の朝からこれほどまでの苦痛をうけているのは、日本中を探しても俺くらいのものだろう。


 ……さすがに言いすぎか。ともあれ誰もが学校や仕事などのストレスから解放され、堂々と休みを謳歌できるはずの日曜朝に無用の苦しみを味わわされていることには変わりない。

 そもそもなぜ俺が自宅から一キロも離れたスーパーに、大量のクレープの材料を買いに行く破目になったのか。

 その原因は俺の母親にある。朝食を食べながら今日の予定をうきうきでたてていたところ、買い出しに行くように頼まれ……もとい命令されたのだ。


 俺の母はとにかく気まぐれで、大雑把で、わがままだ。

 そしていつも突拍子もないことを思いつき、それを実行しようとする。


 しかし、母は非常にアクティブで社会的な能力は高い反面、それ以外の能力を持ち合わせていなかった。壊滅的とさえ言っていいかもしれない。

 料理をすれば、あわや火事を起こしかけ、掃除をすれば逆に散らかる。致命的なほど不器用なので裁縫なども全くできないし、いつまでたっても洗濯機の使い方さえ覚えられない。

 そんな母が自らのアイデアを実行するのは不可能だ。


 だからいつも俺や弟、そして父が母のわがままに付き合わされるハメになる。

 バリバリのキャリアウーマンである母の稼ぎは万年平社員である父などよりよっぽど大きいので、我が家で母に逆らえるものは一人もいない。かのローマ皇帝ネロも真っ青な暴君っぷりだ。

 まぁ、俺や弟の将来のために毎日一生懸命働いてくれているのであまり文句は言えないが。


 ……とはいえやっぱりここまでの仕打ちを受けると少し腹が立つ。明日の弁当に入れる卵焼きしょっぱいやつにしてやろうかな。


浩示(こうじ)ー!」


 心の中で母への小さな復讐を考えていると、背後から俺の名前を呼ぶ爽やかな声がかけられた。

 ぐるりと首を動かして声の方へと視線を向けると、ランニングウェアに身を包んだ見覚えのあるイケメンがこちらに手を振りながら駆け寄ってくるのが見えた。


 買い物袋を地面に下ろして待っているとイケメン--隣の家に住む幼なじみの蓮水(ハスミ) 雅典(マサノリ)が俺の前でその足を止めた。

 

「お前が休みの日に外に出てるなんて珍しいな。どうしたんだ?」


「……母さんに買い物頼まれたんだよ。お前こそ休日だってのにランニングか?」 


「大会が近いんだよ。何か体動かしてないと落ち着かなくてな」


 俺と雅典はもともと親同士の仲が良く、生まれたばかりの頃からの付き合いがある。

 雅典は小さい頃からずっとサッカーをやっていたため運動神経がよく、部活では一年生ながらも既にレギュラーの座を獲得している。

 学業面でも優秀で、入試で学年一番の成績を収め、入学式での学年代表を努めたほどだ。

 それでありながら爽やかタイプのイケメン。当然クラスの人気者で女子からもモテモテだ。……なにこのチートスペック。


 一方俺はというと平々凡々な普通の男子高校生だ。健康で活発な雅典とは違い、俺は昔から体調を崩すことが多く、運動神経は良くない。

 かといって勉強も特別できるわけではない。学年の中だとちょうど真ん中くらいだ。

 容姿は普通……だと思う。母からはよく『そこそこイケてる』と言われるが、近親者のそういった評価ほどあてにならないものはない。


 親が共働きで家にいないことが多いため料理はそこそこできるが、それももの凄くうまいというわけではない。

 趣味はゲームやアニメ、そしてラノベ。自慢できるものといったら今ハマっているネトゲでそこそこなギルドのギルマスを務めていることと、多少手先が器用な事くらいだ。


 俺と雅典は違いすぎる。だけど、不思議と昔からウマがあった。小さい頃からずっと一緒にいて、遠慮も気兼ねもなく、言いたいことを気兼ねなく言い合える間柄。俺にとって雅典は親友、いや兄弟のような存在なのだ。


「……ふーん。まあ、怪我には気をつけて頑張れよ」


「ありがとう。ところで浩示……買い物って一体何買ったんだ? すごい量だけど……」


「ああ、なんか母さんがいきなりクレープパーティーやりたいとか言い出して……こんな朝っぱらから材料買に行かされる俺の身にもなってほしいもんだよ」


「ははは、鞠浩(まひろ)さんは相変わらず面白そうなことを思いつくな」


 くっくと楽しそうに笑う雅典。まったく笑いどころじゃないんだが……。


「なぁ、オレも行っていいか?」


「いいんじゃないか? どうせならおじさんとおばさんも呼んでくれていいぞ。人数多いほうが母さんも喜びそうだし」

 

 俺がそう言うと雅典は嬉しそうに目を細める。


「二人にも言っとくよ。よし、そうと決まればさっそく帰るか。……よっと」


 そういうと雅典は買い物袋をひょいっと担ぎ上げた。


「お前さ……」


「どうかしたのか?」


「いや、なんでもない」


 ナチュナルにこういう気配りができるからモテるんだろうなぁ。俺にはとても真似できそうにない。

 思えば俺は昔からこいつに助けられてばかりだった。雅典はいつも優しくて、明るくて、何でも出来て。


 ……そして少し眩しかった。


 幼い頃は俺も雅典に負けないように一生懸命頑張っていた。

 けど、運動でも勉強でも一度も勝つことはできなかった。ある時、雅典には絶対に勝てないと悟った俺はそれ以来、努力することをやめてしまった。

 

 でも、せめて雅典の足を引っ張らないように。雅典の邪魔をしないように最低限の努力はしないとな。……まずは明日から少しずつ筋トレでも始めてみようかな。

 俺はそんな決意を固め、雅典と共に家への帰途についた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 重い買い物袋を持って、一人で歩いていた時はあれほど遠いと感じた家も雅典と話しながらだとあっという間だった。


「じゃあオレ、一旦着替えて、親父たち誘ってから行くから、鞠浩さんと誠人(まこと)さんによろしく言っといてくれ」


 雅典はそう言ってこちらに手を振り、隣の家に入っていく。

 そんなことを考えながら、雅典に運んでもらった買い物袋を持ち直して家に入ろうとドアノブに手をかけた次の瞬間。


「うっ……」


 突然の


 --世界は“色”を失った。



 家も木も空も。何もかもがまるで白黒テレビのようにモノクロに変わった。消えたのは色だけではない。

 音も光も風も。そして何より俺以外のすべての人も。今まで世界を彩っていたすべてが消え失せ、俺だけがポツリと残されている。


 なんだ……これ……?


 叫ぼうとしても声が出ない。走ろうとしても動けない。白黒の世界は俺に何をすることも許してくれなかった。

 だが、それほど時間が経たないうちに変化は訪れた。視界に映っていた景色が端から老朽化した壁が剥がれるようにじわじわと瓦解し始めたのだ。

 ボロボロと世界が崩れ、崩れたところから何もない、底の見えない奈落のような黒へと変わっていく。


 世界の崩壊と呼応するように俺の意識も闇に包まれていく。何もできないまま時間だけが過ぎていき、やがて--



 --白黒の世界が崩壊すると共に俺の意識は完全に闇に飲まれた。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ