恋愛対象じゃなくても二人きりは緊張する
絶対に開けてはいけない物は、小さい子どもの留守番中の玄関と、パンドラの箱だ。
誰もいない家は久しぶりだ。
今日は母さんの仕事が休みらしく、父さんの運転する車で姉妹たちとショッピングに出掛けた。…買い物とショッピングの違いってなんなのだろう。女性にとってはっきりとした別物らしいが。
「うーん、静かだぁ」
居間の食卓ではなくソファに寝転がる。いつもは美直や木実が騒いでいてにぎやかだが、今は俺一人だけ。そういや姉妹たちと暮らしてから一人の時間って減った気がする。いや、別に不満ではない。兄弟欲しいって言ったの俺だし。
ただ父さんと二人きりになることは無くなったなぁ。
「久々の俺だけの時間!ゆっくりしよー「樹威」っと…?」
声がした。
腕を伸ばし閉じていた目をパチッと開けると、楠李が上から覗き込んでいた。
「うわっ!!!」
驚いた反動でドスン、とソファから落ちた。
「おまっ、楠李!一緒に行かなかったのか!?」
落ちたままの不格好な姿で問う。楠李はきょとんとした顔で頷いた。
ハァ…こいつの登場っていつも俺をびっくりさせてるよな……。
その場にいてもほとんど喋らないから気配も感じないし!
「何で行かなかったんだ?服とか買いに…」
あ、そうか。こいつは黒無地しか着ないんだった。
俺はソファに座り直すと、楠李も隣に座った。
「なぁ、楠李って他に服着ないのか?」
「他って」
「いや、もっと明るい色とか」
「興味ない」
「あ、そう」
……。
会話終了!?
「ス、スカートとか履かないのか?いつもスウェットとか短パンだろ」
「ワンピースなら着たことある」
「そうか。今度着て見せてよ」
「……」
スルー!?
「く、楠李は化粧しないのか?肌白いし綺麗だからきっと可愛くなるぞ!」
「別にいい」
「そ、そうかぁ。もったいないなー」
……会話が続かねぇぇぇ……。
「な、なぁ!楠李は好きな奴とかいるのか?」
妹の恋愛事情、聞いてみたい。
「病んでる人が好き」
「いや…ちょ、そういうんじゃなくて」
「樹威も好きだよ」
「ありがとうでもそれどういう意味デスカ」
今度は会話が成立しない…。俺って楠李とこんなに話せなかったっけ?
「樹威は」
「へ?」
「樹威は、誰が好き」
楠李は俺の顔をじっと見つめる。
突然の質問にポカンとしているとそのまま楠李は続けた。
「樹威は、お母さんだよね」
「は…」
「お母さん、好きだよね」
「…そりゃ、母さんは好きだよ。父さんも姉さんも美直も木実も同じくらい好き。もちろん、お前も」
「違う」
「違うって何が…」
俺は無意識に楠李から離れていた。
でも楠李は相変わらず俺の目を見つめてくる。
「樹威が一番好きなのは、誰でもない」
「…何言ってんの。いい加減怒るぞ」
「樹威はみんなを妬んでる」
「いい加減にしろよっ!!!!」
楠李はようやく黙った。だけどまだ見つめてきて、俺は腹が立って自室へ入った。いや、あの視線から逃れたかった。
ドアを強く閉めて背中をズルズルと降ろした。
『みんなを妬んでる』
楠李の言葉は、どうしてこう頭から離れないのだろう。




