交渉決裂の代償は命ですわ
違うんだ、キャラが勝手に殺人鬼に変貌したんだ
俺は悪くねぇ
「余裕ですわ」
彼女の微笑に恐怖を感じたワシは臆病だったのだろうか。見た目もしゃべり方も貴族の令嬢と紹介されれば納得してしまいそうな少女なのだ。異常な威圧感があるわけでも、魔力が溢れているわけでもない、それなのにだ。
「それでは……『I hope for them , that is eternal sleep. Good night wolfs』」
数分の沈黙の後、彼女の口から紡ぎだされたそれは短く、今まで一度も聞いたことも無い種類の詠唱だった。そして何より、魔力の移動が感じられなかった。本職ではないが、長年の冒険者としての経験で、魔力の感知ぐらいはできる。
魔法を行使するときには、行使者の魔力につられて空間中の魔力が動く。それは絶対の現象で、覆すことができないと結論がでている。動く量も、魔法の規模に比例しているのだ。
つまり、魔力が動かなかった今、魔法は行使されていないはずだった。
それなのに、こちらへ駆けていた群れは一瞬で動かなくなった。
「な、何をしたのかね……」
振り返った彼女に、そう声を絞り出すのが精一杯だった。
「あら……ご覧の通りですわ。魔法を、ね」
ふた呼吸ほど沈黙していた彼女はそう言って口角を上げたが、その目は不気味な程、笑っていなかった。
自分の中の直感が逃げろと警鐘を鳴らし続けているが、背を向けるのが怖い。いっそ恐怖に駆られて無様に逃げ出したいが、考えてしまった。考えなければ足は動いたのに考えてしまった。
背を向けた未来を。背を向け、命を一瞬で散らす自分の姿を。
「……ッ…………バケモノ」
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「あら……ご覧の通りですわ。魔法を、ね」
オオカミ型モンスターを駆除し終わって振り返ると、なにやら私に恐怖感を抱いていたみたいで、それに気をとられてうまく笑えませんでした。
そのせいでしょうか、顔に彩られた恐怖が倍増した感じです。追加オプションで震えだしました。
「……ッ…………バケモノ」
「あ゛!?」
言うこと欠いて、バケモノ呼ばわりされました。思わずドスの効いた乙女らしからぬ声を出してしまいました。これは反省せねばですね。
しかし過去にバケモノと呼ばれた憎き過去があるせいで、どうもバケモノという単語には過剰反応してしまいます。
っとそれよりも、今サイファスが私をバケモノと呼んだということは、このまま街に同行してもアウトな可能性が高くなりました。
これはいっそ処分してそ知らぬ顔して一人で行きましょうかね?まだ本気を出せば先に逃げ出した新人君も処分できるでしょうし。
「そうですわね……おっさん、何か遺言ありますか?」
問いかけつつ、先程のように彼の周りの分子を固定して、身動きを取れなくしました。
そうしたら彼、それだけで気絶しちゃいました。どうしてここまで恐怖を感じることになったのでしょうね?たかだか群れの命を一瞬で刈り取っただけですのに。
ともあれ、あまりゆっくりしてると新人君達が街に着いたり、他の冒険者と会う可能性が高い訳ですし、さっさとしましょうか。
「おっさんも脳髄クラッシュでいいか……」
彼を処分した後、今まで向かっていた方向に、氷の板に乗って飛ぶことにしました。視界が開けているので、低空で滑空して、遠めに認識できたらそこから氷柱でも飛ばして彼らには黙ってもらいましょう。
道中引っかかったモンスターは町も近いので、きちんと外傷が残るように、氷の刃で首をチョンパです。これなら、そこまで深刻な異常にはならないでしょう。後ろの脳髄クラッシュ達は、どうしようも無いので放置です。
「これなら最初から刃で殺っておけばよかったですわ……っと見つけましたわ」
さすがに走っている相手では、滑空の方が遥かに早いので15分ほどで追いつくことが出来ました。早速氷柱を作って、駆けている二人の心臓めがけて射出。……よし、しっかり風穴が開きました。
これで私の情報が街に伝わることはなくなったので、安心して街に行けますね。
街が見えるまで来てから、ふと気付きました。どうやって街に入りましょうか。
このまま一人で行っても、絶対に厄介ごとになるのは間違いありませんし、かといってこの風体ではコッソリ侵入した後、出るときに見咎められそうです。ここは適当な人を見繕って盗賊行為に走るのが一番速いですかね?
しかし特に敵意を示されていない人を襲うのはさすがに申し訳ないですし―――さっきの三人は、人のことを化け物呼ばわりしたり、サキュバス扱いしたので当然ノーカンです―――そこまで落ちぶれたくはないですね。
「そうですわ!何もこの街に入らなくとも、街道沿いに行けば村がありますわ!」
村なら人数も少ないですし、そこで適当な服を見繕うのも容易なはずです。そこで準備を整えてからこの街に戻るとしましょう。