ここはどこですの!?
私が立っているのは背後に森、前方に草原が広がる丘。
周りに人は誰もいない、人は。でも眼下の風景は動くやつがいる。
なら何がいるかって、モンスター。おそらくはクラッコが言っていた怪物。パッと見はオオカミのよう、でも牙とか異常に発達してるし、凶悪そうな面をしている
さて、どうしてここにいるのか。思い出すとクラッコを爆発させたくなる。でも肝心のクラッコがいない。だからとりあえず一言叫ぶことにした。
「ここはどこですの!?」
「こんにちは~。」
「いらっしゃい……、これは、昨日のお嬢さんじゃないか。」
クラックル・クッキーの中に入ると、甘い香りの中でクッキーに囲まれたクラッコが店番をしていた。
「…………案外様になっていますのね。」
「副業のつもりで始めたのだが、結構楽しくてね。従業員は我輩一人だから忙しいがな。」
どうやらこのお店、クラッコの私物なご様子。楽しそうに語るクラッコと甘い香りが相まって、クッキーが気になってしまう。
「って、そんなことはどうでも良いですわ。昨日のお話の続きをしに参りましたの。」
「…………あぁ。ならばもう少し待っていてくれるかね?常連の学生たちが間もなく来るのでね。」
「真面目に経営してるとは………………まぁ、待たなくてはいけないのなら、ひとつ買ってみましょうか。」
クッキーは種類ごとに可愛らしくラッピングされている…………なんてことはなく透明な袋に入って並んでいるだけ。どれも値段は同じだが種類はそこそこあって、迷うってしまう。
「悩んでいるなら、お奨めがあるが?」
待ってましたとばかりのお奨めアピール。しかたない、それにしてやろう。
ということでクラッコお奨めのクッキー(プレーン)を購入&即開封&その辺の椅子に着席。
「お嬢さんは、意外と礼儀がないのだな……。」
「普段はありますわ。けれどおじ様には払う意義が………………もうひとつ買わせていただきますわ。」
とってもおいしかった。そのおいしさについて語りたいが、間違いなく長くなるので我慢。
「どうも…………お、いらっしゃい。」
その後、常連と思われる学生たちが来た。それなりに繁盛しているようだった。
「すまないな、なんだかんだで手伝わせてしまって……。」
「もう何も言いませんわ。いいからさっさと閉店作業を終わらせて本来の目的を達成いたしましょう。」
「…………そうであるな。」
そして黙々とモップ片手に閉店作業。こんなことなら素直に、指示通り夜に来ればよかった。
「いっそ作業しながら話しませんこと?」
「お嬢さんが構わないのなら、吾輩はよいが?」
「では早速、呪いについて、詳しく教えていただけます?」
よかろう、と言ってクラッコは語りだした。
「まず、呪いの本質について説明すべきだろうな。そもそも、我々は『呪い』と呼称しているが、厳密には違う。……つまり、誰かが吾輩やお嬢さんを恨んで呪われたわけではない。吾輩はお嬢さん以外にも多少、能力持ちを知っているが皆違わず呪いも持っている事から能力に対する一種の副作用だと吾輩は考えている。」
「やっぱり、他にもいるんですのね……。もしかして、皆違わずということはおじ様も呪いを?」
「あぁ、もちろん。命に関わるので、必要になった時まで教えるつもりはないがね。」
「私は墓場まで持っていきますわよ…………まぁ、それはさておき、続きを。」
他の人についてもっと聞きたいが、それは後でもいい。一番重要なのはこれが手放すことができるものなのかどうかだ。確かにいろいろと楽しいことはできるが、命の危険と引き換えなのが辛い。
「さて、おそらくお嬢さんが聞きたいのはこれを解除できるかどうかであろう。……結論から言えば、呪いを発生させないようにできた者もいる。だが、全ての呪いが可能というわけでもないし、根本の呪いを解除する方法は彼にも吾輩もわからぬ。」
「どういうことですの?」
「話はとても簡単である。…………昔、右腕を使ってはならないという呪いを持った男がいた。彼はある日、自らの右腕を切断した、それだけである。」
「呪いを発生させるためのトリガーがなくなれば防げますが…………荒療治すぎませんの?」
確かに、右腕1本で命の危険を防げて、さらに能力はもったまま、そんな状況にできるわけだ。人によってはそれを選ぶ方がはるかに楽なのだろう。しかし、たとえば○○を書いてはいけない、などという場合、不可能だ。
私の場合だと、男だとばれてはいけない=女になればいい。どうあがいても不能だ。
「甘い部分だけとって、苦みを捨てようとするのだ。当たり前であろう?」
「まぁ、そうですわね。……ただ私には不可能そうですし、そのことは置いておきますわ。それで、もう一つ聞きたいんですの。どうして、このような能力と呪いがあるのか、ですわ。」
「そちらはよく知っているぞ。」
「やはり知りませ……………………って……は?」
「吾輩の仕事場に元凶がいるのだ、知っていて当然であろう?」
なんということでしょう。こんな突拍子もない事柄の元凶がこんな近くにあっていいのだろうか。
「ど、どういうことですの!?なぜ貴方の仕事場に元凶がいますの!?そもそも人が引き起こせますの!?」
思わず、モップを捨ててクラッコに詰め寄って胸倉を掴んでしまった。……クラッコは背が高いので私は爪先立ちになってしまう。
「お、落ち着きたまえ、それに聊か近くはないかね?吾輩とて男ゆえ、お嬢さんのような可愛い女性に密着されると…………待て待て!!なぜ氷柱を出すのだ!?」
「真面目な話してんのに色気出してんじゃねぇよ…………コホン、…………今からその仕事場とやらには行けますの?」
ついつい出てきた本音は捨て置き、また猫を被る。危ない危ない……。
「…………どうだろう……、行くことは簡単だが、お嬢さんの元凶を探し出して帰ってくるのは困難であるぞ?」
「私の元凶を探すって……元凶は1つじゃないんですの?」
「うむ。…………探せば同じ元凶の者もおるかもしれんが、そんなことはあまりないだろう。話を戻すと、そもそも吾輩の仕事場にいる元凶とは怪物なのだ。一般的には意思疎通が不可能で敵対しているが、中には会話したり、協力できるやつもいる。そういうやつと一種の契約を行ない、力を分けてもらうことにより能力と呪いと手に入れられる、というわけである。」
「……でも、私はその怪物とやらと契約はおろか、あった事すらありませんわ?」
「そういうものは、先祖の誰かが契約を行なったのだろう。契約は破棄するまで、……破棄できるかどうかはわからぬが……、第一子へ永遠に引き継がれる。ただ、能力と呪いが発現するかどうかは相性次第であるがな。」
なるほど、そういうことなら両親、祖父母にそういった様子が見受けられないのもよくわかるし、従兄弟たちも普通で当たり前だが、まったく先祖の誰かも迷惑なことをしてくれたものだ。
「なんとなくわかりましたわ、まずは私の元凶を探してみますわ。……後のことは見つけてから考えればいいでしょう。」
「そういうことなら構わぬ。ついてきたまえ。」
そう言って奥の方へ歩き出すクラッコについていく。カウンターの奥のドアをくぐり、違和感のない廊下の一番奥にある違和感のないドアをくぐると、違和感しか感じない魔法陣が鎮座していた。
「おかしいですわ!?どうして魔法陣がありますの!?」
なんでこんなRPGの代名詞があるのだろうか。どこに魔法の概念があっただろうか?いろいろ疑問は湧くが、そもそも仕事場はいったいどこにあるのかわからない。
「どうしてと言われても……これを使って仕事場へ行くから、以外に理由があるかね?まずは中心に立ってくれたまえ。」
クラッコの指示通りに中心に立つ。雰囲気的にはこれから大魔法でも発動できそうである。
「そ、そうですの…………、ちなみにどのくらい時間はかかりますの?」
「すぐである。…………それと、お嬢さんならそう易々(やすやす)と死ぬこともないだろうが、油断はするでないぞ。」
なんと物騒なことを言ってくれる、クラッコは
「そういえば、仕事場って――――――――――――」
どういうところですの?そう聞こうとしたら視界がホワイトアウトした。
「しまった!!転移装置が壊れてしまった!!これでは向こうに行けぬ!!しかも優衣殿にこちらへの帰還方法を伝えていなかった!!」
………………目の前で大破した魔法陣を見ながら、二重の失敗に頭を抱えたクラッコであった。
~補足~
魔法陣|(のような物)
異世界へと移動するための、「一方通行」の装置。完全な機械で、地下に本体がある。魔法なんて非現実的な要素は全くない。
クラックル・クッキー
近所の住民や学生たちに人気のクッキー専門店。どう考えてもおいしさと値段が釣り合っておらず、客たちはもう少し高くてもいいのに……、と口をそろえている。