06
玄関からリビングへ移動して一息つく。
裕子が気にしているようなので呼び方について説明した。
といっても本当のことは言えるはずもなく、よそよそしいから
名字じゃなくて裕子と僕と同じようにお互い名前で呼ぶことに
決めたともっともらしく伝えた。
裕子は「お互いがそれでいいのならいいんじゃない」と言ったが
あまり納得している様子ではなかった。
「さっきのママの慌て方は凄かったね。こっちが驚いちゃった」
裕美は呼び方のことはもうどうでもよく、先ほどの母親の慌てた
反応に興味津々のようだ。
「そんなの当たり前でしょ!同級生と娘が付き合い始めたのかと
思ってビックリしたんだから」
「同級生というか一也を私に取られちゃうと思って、ビックリ
しただけじゃないの?」
「バカ、そんなことないよ。そもそも一也には奥さんがいるんだし」
「じゃあ最初は愛人で我慢して、そのうち奥さんにしてもらえば
いいか。早く今の奥さんと別れてよ」
「え~と、今のところそんな予定はないんだけど」
「私のことは遊びだったのね」
「私との約束も嘘だったのね」
「あの・・・これって何のコントが始まったの?」
またみんなで爆笑した。
好きだった女性とその女性に似ている娘に、たとえ冗談といえどもこんなことを言われると悪い気はしなかった。
三人で話していると時間が過ぎるのが早かった。
すでに日が落ち始め、18時を少し過ぎている。
「もう時間だからおいとましようかな」
「あっ、6時になったね」
「だから泊っていけばいいのに・・・」
「えっ?なに言ってるの?」
「なんでもなぁ~い」
裕美はまだ泊りにこだわっているようだが、ややこしくなるので
二人の会話には加わらなかった。
会話中はなるべく避けていたのだが、帰る前に英雄のことを裕子に言っておこうと思った。
「昼間なんだけど英雄に線香あげさせてもらったよ」
「隣の部屋で?」
「うん、裕美に案内してもらった」
「そう・・・ありがとう、英雄もきっと喜んだと思うわ。でも突然で驚いたかしらね」
「たしかに、そうかも」
さらっと話せたので安心した。
ここで話は終わるはずだったが、裕美が横から口を出した。
「ママ、後ろの写真見つかっちゃったよ」
見つかっちゃったって・・・そんな大袈裟な物ではないし、遺影の後ろに置いてあったのをちょっと見ただけなのに変な
ことを言うなと思った。すると
「あ、あれ見たの?えっ、ほんと?やだ、どうしよう」
急にうろたえ始める裕子。
英雄との昔の写真を飾っていたのを見られて恥ずかしいのだろうか。でもそんなに動揺しなくてもいいような気がする。
だって僕が撮った写真なのだから・・・
「あれは僕が撮った写真だよね。こんな形で再会するとは思わなかったよ」
裕子は無言でうなずいた。
「やっぱり一也が撮った写真だったのね」
「そうそう、僕は写真部だったから・・・あれ?写真部だったって裕美に言ったかな?」
「ううん、聞いてないよ」
「だって今、やっぱりって言わなかった?」
「なんとなくそんな気がしたんだ。へへへっ」
黙ったままの裕子をチラッと見る裕美。
「ほら一也、早く帰らないと奥さんに怪しまれるぞ」
「あぁ、そうだね。じゃ、帰ろうかな」
そう言ったあと、裕子が少し席を外したら裕美が耳元で
「今日のママ、すっごく楽しそうだった。ありがとう」
とお礼を言った。
写真のことが中途半端でなんだかモヤモヤした気分だったが、裕美のこの一言で心が温かくなった。
玄関に向かうと裕子と裕美が見送りに来てくれた。
「いってらっしゃ~い」
裕美は笑顔で大きく手を振った。
「いってきま~す」
笑いながら手を振り返した。その直後、裕子に頭を小突かれていたが二人とも笑顔だった。
車に乗りエンジンをかけたら、玄関から裕子が小走りでかけて来る。忘れ物でもしたかなと思い、窓を開けると
「今日はありがとうね。あんなに笑った裕美を久しぶりに見たよ。よかったらまた来てね」
嬉しそうにそう話す裕子は母親の顔をしていた。
「うん、また来るよ」
僕は自宅へと車を走らせた。