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再会の日々 ~仕合わせ~  作者: マツバラ
4/20

04

「急にどうしたの?」


そう言いながら部屋に入った僕に、部屋の右側を指さしながら


「パパ、ここにいるの」


指さした右側を見るとそこには小さな仏壇があった。


「えっ、これって・・・」


「そう、パパはバイク事故で3年前に亡くなりました」


絶句だった。うつむいている裕美に何か声をかけようとしても

言葉が全く見つからない。

何か言おうとすればするほど頭の中が真っ白になった。


「驚いたでしょ」


裕美が沈黙を破る。

僕はまだ言葉が見つからないでいた。


裕美は黙ったまま仏壇の前に座り、手を合わせてからロウソクに

火を点けた。そしてゆっくりこちらを見ながら立ち上がった。

入れ違うように僕は仏壇の前に座った。

そこには高校時代の坊主頭の英雄ではなく、髪の毛を伸ばして

スーツを着た大人の英雄が笑っていた。


線香をあげて手を合わせ、遺影をもう一度見た。

英雄には悪いが「もうこの世にいないのか・・・」という漠然とした感情しか湧いてこなかった。


ふと、遺影の奥にもう一枚写真があることに気付いた。

気になって覗き込んでいると裕美が僕の頭越しに写真を手に取る。


「これね、ママの一番のお気に入りの写真なんだよ」


そう言いながら手渡された写真は満面の笑みでピースをしている

野球部時代の英雄と裕子のツーショットだった。

全体的に色褪せ、一部は変色もしているその白黒写真を見て思わず

「あっ!」と声を出してしまった。


それは僕が撮った写真だったからだ。


「パパが亡くなって少したってからそこに置くようになったけど

ママはその写真をリビングに飾ってたの。

パパが他の綺麗な写真にすればと言ってもずっと飾ってて、いつも嬉しそうに眺めてたよ」


「そうか、二人とも素敵な笑顔だからかな」


「その写真は・・・ううん、そうだね!笑顔だもんね」


何か言いかけてやめたのが気になったが、さっきまでの重苦しい

空気から抜け出せてホッとしたほうが強かった。


「色々と大変だったね」


そんな陳腐な言葉しか出てこない。


「うん・・・でもママのほうが大変だったと思う」


3年前と言えば裕美は14歳、中学2年生だ。

多感な時期に父親が突然亡くなった衝撃や悲しみや戸惑いは

想像も出来ないほどであっただろう。

それなのに母親のことを思いやる裕美がいじらしかった。


「ママも大変だっただろうけど裕美もでしょ。よく頑張ったね」


僕は立ち上がり、何の気なしに裕美の頭を軽くポンポンと叩いた。

するとみるみる裕美の目に涙が溜まり、泣き出してしまった。

床にポタポタと涙が落ち、やがて声を出して泣いた。


僕は泣きじゃくる裕美をそっと抱きしめた。

裕美は抱きつくというよりしがみついて更に大きな声で泣いた。


色々と話をするうちに父親を思い出してしまったのだろう。


10分ほどが過ぎ、少し落ち着いてきた裕美の手から力が抜ける。

僕は背中にまわしていた手をほどいた。


「ごめんなさい。顔を洗ってくる」


恥ずかしそうに下を向きながら洗面所へ駆けていった。

僕は英雄がいる部屋のドアを閉めてリビングへ戻った。


「変なとこ見られちゃった。いつもはこんなんじゃないのに」


顔を洗い終わった裕美が照れくさそうにリビングに入ってくる。


「泣きたいときは我慢しないで泣いたほうがいいんだよ。

僕なんか辛いことが山ほどあるから、毎日枕を濡らしてるよ」


「じゃあ泣きたくなったら私の胸で泣いていいよ」


「えっ、胸で?そんなこと急に言われても心の準備が・・・」


「もうエッチ!そういう意味じゃないからね」


ふざける僕に裕美ものってきたので、元の雰囲気に戻れたようだ。


それからはまた学校話が始まった。

先ほどの号泣が嘘のように笑顔で話しているのは良かったが

話に登場する友達の数が多すぎて半分も理解出来ない。

ただ、充実した高校生活を送っているのはわかった。


ずっと聞き役に徹していたが、時計を見ると15時を過ぎている。


「3時過ぎちゃったよ。そろそろ帰らないと」


「帰るの?このままいて夕飯食べていけばいいのに」


「いやいや、さすがにそれはちょっとねぇ。ところでママは

何時頃帰ってくるの?」


「ママは仕事が4時までだから、早ければ4時15分頃には帰ってくるかな。会社はすぐそこなんだよ」


ということはあと1時間ほどで帰ってきてしまう。

帰宅した時にまだ僕がいたら裕子がどう思うのか心配になった。


「今日のところは帰るよ。また遊びに来るからさ」


「本当にもう帰っちゃうの?」


寂しそうにする裕美を見ると心が揺らぐ。


「本当は夕飯をご馳走になって泊っていきたいんだけどね」


ほんの冗談のつもりで言った。


「いいね、泊っていきなよ。そうすればお酒も飲めるでしょ」


冗談なのか真面目に言っているのかわからなかった。

裕美はそう言ったあと、身を乗り出してこちらを見ている。

どういう返事を僕に求めているか考えたが・・・わからない。


「裕美は良くてもママに断られそうだよ」


ここにいない裕子のせいにして逃れようとした。


「ママは私以上に喜ぶと思うんだけどなぁ」


と言ったあと、微笑む。

喜ぶ喜ばない以前に僕は家庭を持っているのだから普通に無理。

それを承知でからかっているのだろうか?

結局は「冗談だよ」の裕美の一言で話はあっさり終わった。


それから連絡先・メルアドを交換して家を出た。

見送る裕美をバックミラーで見ながら車を走らせて、近くの

コンビニに停めた。

帰宅するにはまだ早いのでここで時間をつぶそうとしたからだ。

シートを倒して車の天井を見ながら今日を振り返る。


数ヶ月間も無言の挨拶だけだったのに、ほんの半日で裕美の

喜怒哀楽を早送りで見て、20年ぶりに裕子とも再会した。

今朝、いつもどおり家を出た時はこんな展開は予想していな

かった。まぁこんなことを予想なんて出来るわけもない。


もしアパートの横に座っていた裕美を見つけなければその後の

展開はなかった。

いや、そもそも車越しの挨拶を交わしていなかったら見つけるも何もない。いまだに赤の他人だろう。


赤の他人?じゃあ、今の裕美は僕の何なんだ?

裕子は同級生、だから裕美は同級生の娘か・・・

でもそれだけの関係ではないような気もするし、その程度の

関係のような気もする。

そんなことを考えているうちにいつのまにか寝てしまった。

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