02
佐藤裕美・女子高2年生・部活は金管部
もっと色々と話をしたかったがすぐに自宅に着いてしまった。
家は2階建てで2台分の車庫、シャッター付きの物置が横にある。
車庫に車を入れ、手をかして玄関まで付き添う。
あたっている腕の柔らかさにまた戸惑っていたが、気付かれないように平静さを装った。
「じゃあこれで。傷口はちゃんと消毒しなよ」
「ありがとうございました」
玄関先で深々とお辞儀をする裕美、いつもの朝の挨拶のように
右手を振りながら車へ向かうと。
「あの!!」
車のドアに手をかけようとした瞬間、後ろから裕美の声がした。
突然の大きな声だったので驚きながら振り返る。
「よ、よかったら上がっていきませんか?」
顔を真っ赤にしてモジモジしている姿が目にはいる。
これってどういうことなんだろう?
単純にお礼のつもりかもしれないが、家の中に上がるのを近所の人に見られたら誤解されるかもしれない。
でもこんな機会はもう二度とないだろうし、もう少し裕美と話がしたい!
「え~と・・・いいの?」
「はい!冷たいものでも飲んでいって下さい」
「じゃあ、少しだけお邪魔しようかな」
ニコニコ顔の裕美に案内されてリビングのソファーに座る。
オープンキッチンのむこうでカラカラっとグラスに氷を入れて飲み物を注いでいる。
僕は落ち着かずリビング内を意味もなくキョロキョロ見ていた。
「お待たせしました。麦茶ですけどどうぞ」
「あっ、ありがと。ごちそうになります」
「ふふっ、なんか緊張しているみたいですね」
「うん、少し緊張してるかも」
女子高生と二人きりになる機会などないし、初めて来た
他人の家ということもあってか本当に緊張していた。
逆に裕美はご機嫌のようでずっと笑顔でいる。
キズの治療もそこそこに部活や友達のこと、初めて僕が手を
あげて挨拶をした時のことなど話がとまらない。
楽しそうに話をされるとこちらも楽しい気分になる。
そんな時間を過ごしていたが、そろそろ帰ると伝えたら
「もう少しでママが帰ってくると思うので、待っていて
もらってもいいですか?」
えっ、母親が帰ってくるんだ!?
出来れば会いたくないけど露骨に嫌がるわけにもいかない。
会話が途切れるのを見計らって早めに帰ろうと考えてみた
ものの、裕美の話は止まらない。そんな時・・・
「ガチャガチャ」
玄関で鍵をあける音がする。
「ママが帰ってきた!」
玄関に向かう裕美、あせる僕。
母親はこの状況をどう思うのだろうか。不安だ。
「あのね、自転車で転んで困っていたら助けてもらったの。
車で送ってもらったから麦茶を出して、リビングで飲んで
もらってるんだ」
玄関からリビングまで歩く間に簡潔に説明する裕美。
母親は「わざわざ送ってもらったの?」と少し怒り口調。
リビングに入ってくる母親。あわてて立ち上がる僕。
「こんにちは、この度は娘がご迷惑をおかけして申し訳ありません。お忙しいのに自宅まで送っていただいたそうでありがとうございます」
紺色の事務服を着た母親は丁寧にお辞儀をした。
「いえ、たまたま通りかかった時に気付いたもので」
うつむきかげんでボソボソと答える。
「あれ?一也君・・・一也君じゃない?」
突然名前を呼ばれたので顔をあげて目線を合わすと
「私、私!裕子だよ、わかる!?」
そこには高校時代の同級生の裕子がいた。
「あぁ裕子じゃん、久しぶり」
状況がイマイチつかめず間抜けな返答をしてしまった。
「久しぶりじゃないよ、何やってるの?」
「何やってるって・・・麦茶飲んでる」
「じゃなくてさぁ!」
大笑いしながら僕の肩をバシッと叩く裕子。
そんな母親の急変ぶりに立ったまま固まっている裕美。
それに気付いて裕子が裕美に話し始める。
「この人はママの高校時代の同級生で金子一也さんていうの。
クラスも一緒だったんだよ」
「クラスが一緒といっても1・2年生だけで、3年の時は別の
クラスだったけど」
「もう、一也は相変わらず細かいなぁ。2年間も一緒だったん
だからいいじゃない」
「相変わらずってなんか傷つく・・・」
「ドンマイ、ドンマイ!」
ドンマイは高校時代野球部のマネージャーだった裕子の口癖だったことを思い出した。
久々に聞いた声とあわせて、懐かしさがこみ上げてくる。
そんな会話を交わす二人を見て裕美が笑っている。
「ほら、裕美ちゃんに笑われてるじゃん」
「それでその裕美ちゃんとはどういうご関係かしら?母親としても女としても凄く気になるんですけど」
女という言葉に一瞬ドキッとしたが気付かないふりをした。
「だからさ、たまたま怪我をしているのを見かけて声をかけたんだよ。ほんと偶然だよ、偶然!」
「わかった、わかった。ちょっとからかっただけよ。一也は高校生をナンパする勇気なんてないもんね」
毎朝挨拶を交わしているなんて口が裂けても言えない。
やましいことはしていないが普通ではないだろう。
ふと裕子の後ろにいる裕美と目が合った。
裕美は軽く肩をすくめ、ペロッと舌を出す。
朝の挨拶のことは内緒にしようという合図だと感じた。
「それってもしかして馬鹿にされてるの?」
「ドンマイ!」
思いがけない再会で娘の怪我などそっちのけで盛り上がって
いたが、突然裕子が大きな声を出した。
「あっ、昼休みが終わっちゃう!」
心配で昼休みに会社を抜け出して様子を見にきただけなのに
そこに僕がいて忘れていたらしい。
「20年ぶりの再会なのにドタバタしちゃってゴメンね。
私もう行かなくっちゃ。一也は仕事大丈夫?」
「もう時間が中途半端だから休むことにするよ。
有休がたくさん余っているから今日は消化日かな」
「ほんとゴメン。お礼はあらためてするからね。
私の携帯番号は・・・あとで裕美に聞いて!」
そう言って玄関に向かう裕子。
「慌てて今度はママが怪我しないでよ」と言いながら裕美がリビングを出る。僕もつられて玄関に向かう。
玄関内の鏡で髪の毛を軽く整えてからドアを開け、外に出た裕子はクルッと振り向き
「じゃあ、またね」
微笑みながら腰の横で小刻みに手を振った。