13
写真を渡した翌日の朝、いつものように車で会社へ向かっていた。
そしていつもの場所でいつもように裕美を見かける。
僕はいつものように右手を振って挨拶をする。
だがここでいつもと違うことがおきた。
裕美は目線があったのに挨拶をしないで素通りしたのだ。
こんなことは初めてだったので車の中で動揺した。
昨日裕子と二人で会ったのがいけなかったのだろうか。
それだけで無視されるとも思えないが、他に裕美の機嫌を損ねる
ようなことをした覚えは無い。やはりそれが原因としか思えない。
お昼過ぎに携帯電話が鳴った。裕美からの着信だ。
「もしもし、電話をかけてくるなんて珍しいじゃん」
朝のことには触れず、いつもどおりの口調で話した。
「一也、今日時間ある?」
ぶっきらぼうな話し方で、やはり怒っているっぽい。
「あるといえばあるけど、何時頃のこと?」
「学校終わってから話したいことがあるんだけど」
「じゃあ、仕事が終わってからでいい?」
「それでもいいけど二人で話したいんだよね」
仕事が終わったら連絡をして、裕美は家を抜け出すということに
なった。話す場所はそれまでに考えておこう。
しかし、何の話だろう。裕美が怒っている理由は全くわからない。
仕事を終えて裕美に連絡を取る。
自宅から少し離れた空き地で乗せて、たまに営業の仕事中に
寄る古民家風の喫茶店へ向かった。
ここは駐車場が建物の裏側なので車は見つかりずらいし、この時間だったら客はほとんどいない。
席に座って飲み物を注文したらすぐに裕美が話し始める。
「昨日ママと会ったでしょ」
「あぁ、会ったけど」
「なんであんなことをしたの?」
「あんなことって?」
「写真だよ、写真!」
どうやら怒っている原因は写真を渡したことのようだ。しかしそれでなぜこんなに怒るのだろうか。
写真というより内緒で裕子に会ったのがいけなかったのか?
「昨日渡した写真のことを言ってるの?」
「そう、それ!一也、ひどいよ」
話が全くわからない。写真を渡してひどいというのは何なんだ。
自覚はないが、渡す時に何か気に障ることでも言ったのかな?
「家にあるあの写真はママにとって大事な思い出なんだよ。
それなのに新しい写真を渡すってどういうこと!?」
ますますわからない、いったい何を言っているんだ。思い出といっても同じ写真を渡したのだから問題ないだろう。
とにかく裕美の言いたいことが全く理解できず、僕はただ黙っていた。
「もしかして、写真のこと覚えてないの?」
「いや、覚えているよ。僕が撮った写真でしょ」
「それで?」
「それでって・・・何?」
「やっぱり忘れてるんだ!」
何を忘れているというのか。
裕美は何かと勘違いしているような気がしてきた
「あの写真は一也が撮って、ママと一緒に現像したんでしょ!」
一緒に現像?なんだそれ、やっぱり勘違いか。
裕子は写真部じゃなくて野球部のマネージャーだったんだから現像なんてやるわけがない。
たしかにあれは野球部の地区予選かなにかの写真だけど・・・あっ!
「やっと思い出したの?遅いよ!」
そうだ、思い出した!
たしか三年の夏休み前に違うクラスだった裕子に突然声を掛けられて夏の大会の写真を現像しているところを見たいと言われたんだ。
それで夏休みに一緒に現像をする約束をして・・・約束をして・・・それからどうしたんだ?思い出せない。
「一也?」
「ちょっと待って!」
それから・・・そうか、学校で待ち合わせをして二人で写真部の
暗室で現像をしたんだ。やっと思い出せた。
「そうだった、あの写真は裕子と一緒に暗室で・・・」
「そうだよ、だからママはあんなに大事にしてたんじゃない!
それなのに新しい写真を渡すなんてバカじゃないの!?」
裕美の言うとおりだ。こんな大切なことを忘れていて、当時の写真を大事にしてくれている裕子に代わりの新しい写真を渡すなんて。
バカなんてもんじゃない、大バカ野郎じゃないか!
「昨日ママは凄くショックを受けていたから、もう一也とは
会わないかもね」
「えっ、そんなに!?どうしよう、とにかく謝らないと」
「謝っても無理かもしれないよ」
あせる僕に対して冷ややかに裕美が言った。
確かに逆の立場だったら、許せることではない。
しかも一緒に写真を現像したことは忘れているくせに、他のことはどうでもいいことまで覚えていて得意げに話していた。
裕子の機嫌が悪くなったのも当たり前のことだ。
ただ謝るとしても、20年間も大事にしてきたものを否定してしまったのに許してくれるのだろうか。
しかも僕との思い出なのだから弁解の余地はないのかもしれない。
いや、否定したわけではない。単純に忘れていただけだ!
しかしその忘れていたというのも、裕子にしてみれば信じられないことなのだろう。
「まいったな・・・」
これで裕子との関係が終わってしまうかもしれないと思うと
頭の中が混乱していた。




