第七話 「自殺未遂の女子中学生」
最後の高校受験の日に、ビルの五階から飛び降りた、例の女子中学生。
「なんでここにいるんだ!?」
俺はパニック状態に陥ってしまったので、そのときはさっぱり分からなかったが、後から考えてみれば、三月のあの日の時点で中三だったってことは、俺とは同学年のはずだし、自殺未遂ってことは相当なワケありだから、“あらゆる高校から見放されていること”っていう、六陵高校の入学条件に当てはまっていてもおかしくないわけで、今ここにいても、それほどおかしくはないはずだった。けれど、今はとにかく、幽霊を見たような心持ちだった。
俺と宗田さんがの様子が変なので、教室がざわついてきた。
「何、どうしたの宗田さん、……白詰くん。なにかイケナい事でもあったの?」
つくね先生が好奇心をちらつかせながら尋ねてきた。ようやく俺は正気に戻る。
「ああ、いやその、あ、そうだそうだ、俺、ちょっと、急に腹が痛くなってきたんですけど、ちょっとトイレ行ってきていいですか?」
「別にいいけど、早く帰ってきてね? まだまだホームルームは続きますっ!」
つくね先生はビッと親指を立てる。
俺は会釈をして教室の外に出る。しばらく廊下で待っていると、教室の扉がゆっくりと開き、宗田さんが教室から出てきた。
「出てきてくれたってことはやっぱりそうなのか? あの時の、自殺未遂の――」
そこまでいいかけて俺は口を噤んだ。もしかしなくても、この話題は、宗田さんの傷口をえぐるようなものなんじゃないだろうか。
「……うん、そうだよ」
宗田さんはゆっくりとそうこたえた。
そこで会話が途切れてしまった。よく考えたら、俺はこの子と話すことが全然無い。自殺に関係する、『どうしてこの学校に来たの?』とかは聞けないし、それ以外のことっていっても、俺はこの子の事をなんにも知らないわけだし。
「覚えててくれてよかったです」
宗田さんは、ゆっくりと、笑った。
「え?あ、そ……そう?」
その穏やかな笑顔に俺はドギマギしてしまう。一体、宗田さんは何を考えているんだ?
「白詰くんは、あたしの“命の恩人”だから。覚えてもらえてなかったら、どうしようかと思いました」
その言葉を聞いたとたん、俺は全身に寒気を感じた。
“命の恩人”。その言葉を聞いて、俺は、あのとき病院の先生が言っていた言葉を思い出す。
『“命の恩人”は、相手を自分に心酔、妄信させてしまう可能性があります。同情であの子と会ったりするのは、お勧めしません。あの子の人生は、あなたの選択でいくらでも変わるかもしれないということを肝に銘じておきなさい』
「その…病院であった時も言ったけどさ…あんまり、俺のことを買いかぶらないでくれ。俺は“命の恩人”なんて大層なヤツじゃないし、そんな風に言われるようなことはしていないんだ」
「だけど!」
宗田さんは声を張り上げた。
「だけど…あたしを、助けてくれたでしょ?」
宗田さんの声が聞こえたのか、1-Eから、ざわめき声が聞こえる。
「俺は……」
そう言って俺は宗田さんを見つめる。にごりの無い真っ直ぐな瞳が俺を見つめ返す。
「俺は目の前で人が死ぬのを、これ以上見たくないだけだ」
「……え?」
宗田さんは俺の含みのある言葉に、目を白黒させた。
◇◆◇◆
そのあと、一分ほどの静寂が、俺と宗田さんの間に流れ、どちらが言うともなく、俺達は1-Eの教室に戻った。先ほどの宗田さんの声については、「気のせいじゃないですか」と適当に誤魔化しておいた。
ホームルームが終わって放課後になり、俺は前の席の相模に話しかけられていた。相模は東北の方から来たらしく、ここらへんは空気が綺麗でうれしい、と話した。
「都会って聞いてたから、空気も汚くて枯れ木の並ぶ街だと思ってたけども中々住みやすいなぁ、ここは! エア・リードの超大型飛行機で一っ飛びするだけで、実際あんまり変わんないんだよなぁ! いい感じの商店街もあるし、ここらはビルもほとんどないし! 水もかなりきれいだし!」「これでも、昔はかなり汚かったらしいぞ? 特に2020あたりだと、ここらへんは川下だから、川上の超能力者たちから汚い水が流れてきてさ。工場の汚染水も、生活排水も、たまに人参やら大根やら、ひどい時には煮立った鍋がコンロごと流れてきてたりもしたらしい。今はギジュツカクシンでよくなってるから、面影もないけどな」
俺がそういうと、相模は興味無さげに「へぇ~」といった。
「ところでさ。さっきの、トイレ、何してたんだ?」
「トイレ?」
「ほら、さっきシロサクと栞ちゃんがトイレ行ったあとすぐに、栞ちゃんの大声が聞こえただろ? 何かエッチなこと、してたんじゃないのかぁ~?」
相模はそう言いながらニヤニヤと頬を緩め、俺をひじで小突いてくる。
「バッ、馬鹿野郎お前、違う! そんなんじゃない!」
「じゃあなんなんだよぉ? 顔真っ赤だぞぉ~?」
俺は慌てて両手で顔を抑える。真っ赤かどうかはわからないが、熱い。
「違うんだって」
「何の話、してるの?」
バッと声のした方向を見上げると、先ほどのホームルームで、見事女子学級委員に選出された、入学式のときの新入生代表挨拶をした、御簾川さんが立っていた。
「わ~お御簾川っち~! おれたちになんか用?」
相模がヘラヘラと笑う。御簾川は俺に目を合わせ、横髪を掻きあげる。
「ほら、私、一応学級委員だからさ、みんながどんな人なのかなぁーってことを、ある程度知っておきたくてね。今、こうしてみんなに、聞き込んでるところなの」
「御簾川っちは根っからの学級委員だなぁ~!」
御簾川は相模をハイハイとなだめ、俺に向き直った。
「で、白詰くん。ずばり、宗田さんとどういう関係なの?」
そう言って御簾川はブレザーの胸ポケットから、メモ帳を取り出した。
「いやその……そうだな……」
俺は考え込む。まさか宗田さんが自殺未遂者だとは言えないしな。ここは、少し嘘をつくしかないだろう。
「昔、ちょっと会ったことがあるだけだ」
少なくとも嘘ではない。
「どこで?」
「それは忘れた」
予測していた質問に、即答する。
「…そう。じゃ、ありがとう白詰くん。後は本人に聞いてみる」
そう言って御簾川は教室を出て行った。すでに帰った宗田さんを追いかけていったのだろうか。
「一日に女子学級委員と謎のわけあり娘の両方に話しかけられるなんて、今日のシロサクはツイてるなぁ!」
相模はそう言って笑った。暢気なものだ、と苦笑する。