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超能力高校生探偵:白詰朔の幸福  作者: 正坂夢太郎
第二章 どの部に入るか、もう決めた?
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第十七話 「自殺願望」

     ―――――第二章 どの部に入るか、もう決めた?―――――




  四月十三日、水曜日。俺は自宅二階の自室で目を覚ます。

 制服に着替え、らぁめんを啜り、歯を磨いて顔を洗い仏壇に手を合わせる。

 俺は行ってきますと言って家を出た。吉舎布駅から電車に乗り西学園地区駅で降りる。今朝は、丁度南竜飛線に乗ってきた御簾川と会った。


「よ」

「おはよう」


 御簾川は眠そうにして、手で欠伸を抑えた。


「御簾川の家ってどこらへんなんだ」

「うーんとね、南竜飛線でここから四駅ぐらい行った所。南学園地区って、解る?」

「いや、全然知らない」


 俺は降りかかる陽光を払いのけるようにして、空を仰ぐ。本日は晴天(なり)。空には雲一つ無い。


「青龍女学院がある地区で。私はダウンタウンの方に住んでるの」


 青龍女学院。俺の知り合いも一人、そこへ行った。完全なお嬢様学校で、選ばれた者だけが入学できる、パワード校の中でも一、二を争う金持ち校だ。

 ダウンタウンってのは下町のことだっけか。何か違うような気がするけれど、今は俺の勘を信じるか。


「そうか、ダウンタウンに……それは大変だなぁ」


 俺はこれ見よがしに頷いた。御簾川はぎこちなく首を傾ける。


「ダウンタウンって、都心の事なんだけど? 何か勘違いしてない?」


 俺は言葉に詰まり、狼狽する。御簾川、さては、俺が間違えることを見越してダウンタウンなんて難語を浴びせたな! 恐るべし学年首席。恐るべし委員長! くそっ、赤っ恥だ。

 そうか、と俺は訳もわからず納得した振りをする。こういうときはスルーするのが一番いい。


「昨日あの後、考えたんだけど」


 御簾川はブレザーの胸ポケットからメモ帳を取り出す。


「今日の放課後は、吹部に見学に行こうと思うの。六陵高校推理探偵部の推部じゃなく、吹奏楽部の方の吹部に」


 そういうと、御簾川は次に六陵超百科を取り出し、p38を開いて、宇治川海山と書かれた上にある写真を指差した。あのチビ男、宇治川海山の顔写真だ。


「この人が言っていた事、少しは信じてもいいと思う」

「……ん?」


 俺は聞き間違いかと思い、何の事だ、と御簾川に聞き直した。なぜ吹奏楽部の見学の話の後に宇治川海山の話題になるんだ? 前の文との因果関係な気がめちゃくちゃな気がするんだが。


「詳しくは話せないけど、私の夢を叶えるには、六陵高校推理探偵部に入るのが一番手っ取り早いと思うの。だから、吹奏楽部に見学に行こうと思う」


 またしても因果関係がめちゃくちゃだ。俺は頭を抱える。「言いたいことが分からない」と俺は言う。


「あ、ごめん、今の説明じゃ分からないよね。あのね、実は……」



「はよー、お二人さんっ」


 御簾川が何か大事な事を喋ろうとしていた時に、後ろから声がかかる。声をかけてきた人物は、眩しそうに俺達二人を見た。酉饗津惟、スポーツ系女子の彼女が、スポーティーなリュックを背負って立っていた。


「ちょっと津惟(ちゅい)、今白詰くんと大事な話してたのに」

「のに?」


 酉饗は白い歯と歯茎を見せて快活に笑った。「のに、何だ?」


「もういいよ、津惟のバカ! 脳筋女!」

「おー、ひどい言われよう」


 酉饗は苦笑し、俺達を追い越してすたすたと坂を登っていく。


「おい、いいのか御簾川、あんなこと言って」


 俺がそう言うと、御簾川はいいの、と言って笑う。


「あの子はあんなことぐらいで挫けるような弱い女の子じゃないんだから」

「まあ、確かに弱そうには見えないけど」


 俺は頭を掻いた。酉饗の後ろ姿は背筋がピンと伸び、まるで不安を感じていないような、頼もしい背中に見えた。


「それにどちらかと言うと男っぽいよな」

「それ、本人に言ったら殴られるよ」


 御簾川はそう言いながら俺の頬を軽くつねった。

 結局この日は、御簾川から『実は……』の続きを聞くことは出来なかった。



 ◇◆◇◆



 今日から授業が始まる。

 俺にとって、それが今日の一番の関心事だった。まぁ初回の授業だから、自己紹介とか先生の雑談で終わるのが多かった。

 けれどその中で、一つだけ異彩を放つ授業があった。

 それは、四時間目の体育だ。



 ◇◆◇◆



「おらおらおらてめぇらぁ! 速度落ちてんぞもっともっと走れ走れ走れぇぇぇぇ!」


 教師の怒号がグラウンドに響き、俺は速度を上げる。近くに走っていた他の生徒も、教師の怒号に怯え速度を上げた。


 星野臣人(ほしのおみひと)


 六陵超百科によれば渾名(あだな)を『(おに)星人』というその強面(こわもて)教師は、細長い自分の腰ほどまでの長さの木の棒を地面に突き刺し、走る速度を緩める生徒を叱咤していた。まさに鬼修羅のごとし。鬼修羅というのが実在するのか知らないし、もしそう言う名の人がいれば謝りたいのだが、とにかく星野先生の形相は鬼修羅と言うに相応しい顔つきだった。『(おに)星人』という渾名にも納得できる。


「おいどうしたぁ!そこのお前!何休んでる、早く走れ!!」


 星野先生の木の棒が差す方向を見ると、宗田さんが肩で息をしながら力なく座り込んでいた。ちなみに六陵高校の体育は男女合同らしく、1-Eの全員が半袖の体操着を着てグラウンドを走っている。もひとつちなみに、今は準備運動中だ。星野先生が言うには。

 俺は速度をさらに上げる。


「おい、この俺の目の前で立ち止まっていいのは、足が折れた奴か死んだ奴だけだ!! 早く立て!!」


 宗田さんの肩がカタカタと震える。俺はそれを見て、焦燥感に駆られた。早く助けなくてはいけない。お人好しの弊害だ。


「それとも何だ? 今すぐ死ぬか、お前!!」

「……ッ、止めて下さい」


 俺は二人の間に、手を広げて割って入った。涙に溢れた宗田さんの瞳が俺を見上げるのを感じる。俺は手に何も持っていない。星野先生は、俺を見て怪訝な顔をした。


「何だ、早く走れ。なんでここで止まる」


 俺は息を整える。先程までグラウンドを何十周とさせられていたので、呼吸が荒い。



「自殺願望か」



 後ろの宗田さんが動揺したのが解る。俺の腹の中から、煮えくりたつような怒りが沸いてくるのを感じる。俺にとってそれは禁句だ。そしてもちろん、宗田さんにとっても。


「琴線に触れましたよ」

「何?」


 星野先生は胡散臭げに俺を見た。俺は星野先生を睨み付ける。


「今の言葉。俺の怒りの琴線に触れました」


 俺がそう言った瞬間、俺の腹部に星野先生の拳骨(ゲンコツ)が飛んだ。俺は酸っぱい味の液体を吐く。視界が不明瞭になり、俺は地面に倒れ込んだ。



「―――教師舐めるな」


 薄れゆく俺の意識に、星野先生の言葉が聞こえた。



 ◇◆◇◆



 目を覚ますと保健室だった。爽やかな風が部屋を吹き抜け、窓のカーテンが揺らめいた。カーテンの隙間からグラウンドでボール遊びに(いそ)しむ生徒たちの姿が見えた。今は昼休みか。


「お、目覚ましたな」


 酉饗が俺を覗き込んだ。酉饗の後ろにいた宗田さんも、酉饗の肩ごしに俺を覗き込む。


「酉饗が俺を運んでくれたのか?」

「俺と酉饗だ」


 ベッドを取り囲んでいた白いカーテンが開き、越貝が姿を現した。


「今は保健室の先生がいなくてな。担架の場所が分からなかったから、二人で担いで持ってきた」と越貝が言う。持ってきた、という言い方は、俺が物扱いされているようで嫌だったけれど、運んできてくれた相手に文句を言うのもどうかと思って、口をつぐんだ。


「にしても白詰、驚いたぞ」


 越貝が言うと酉饗が頷き、(おとこ)だったぜ、と言った。

 ごめんなさい、と宗田さんが言う。「また助けてもらっちゃって」

 よしてくれ、と俺は言う。


「ちょっとあの先生にイラついただけなんだ」

「謙遜か?謙遜なのか?」と越貝が言う。

「いずれにしろ、俺の行動は完全な正義じゃない」


 俺はそう言ってベッドを立ち上がる。傷はもう塞がっていた。


「俺の我が儘で先生に反発したんだ。郷に入っては郷に従え、悪いのは先生じゃなく俺だ」

「完全な正義なんて、無い」


 越貝がそう言って俺の腕を掴んだ。まだ寝ていろ、ということらしい。俺はもう傷は治ったから大丈夫だ、と言って殴られた腹を見せる。酉饗と越貝は食い入るように俺の腹を見つめた。宗田さんは俺が服をたくしあげた瞬間に顔を掌で覆ったが、恐る恐る指の隙間から俺の腹を見た。腹には痣一つ残ってはいない。


「確かにそうだな。そんなのは子供向けの特撮ヒーローだけで十分だ」


 俺はそう言って頷く。「あれもあれで結構面白いけど」

「えっと、それ、何ですか?」


 会話の流れに置いていかれたらしい宗田さんが俺たちを見回しながら言う。


「勧善懲悪の冒険活劇だよ」と俺。

「強いヤツが弱いヤツをやっつけるんだ」と酉饗。

「それは違うぞ、酉饗。それじゃあただの弱いものイジメだ」と越貝。


 と、そこで保健室の扉が開き、白衣を着た女の先生が保健室に入ってきた。かなり急いでいる様子だ。


「ありゃ、君達まだいたのかい」とその先生。

「元気になったなら早く出ていっておくれ、今から患者が運ばれて来るから。星野先生にゃああたしからよく言っとくよ、もうちょっと生徒を可愛がってやれってね」


 そう言うとその先生は高らかに笑った。ここにいない誰かを小馬鹿にしているような笑いだ。


「あの先生も、根は優しいんだけどねぇ」


 俺達四人は、揃って耳を疑った。

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