第一話 「パワースポット」
超能力高校生探偵:白詰朔の幸福
――――――プロローグ―――――
「君にはもう失望したよ」
夕暮れの中学校の教室で、一人の先生と生徒が机を挟み、座り向かい合っている。生徒はじっとうつむき、黙っている。
「君は人がよすぎるというか…人の言うことをほいほいと聞いてしまうんだよな。人の言うとおりの高校を受けては落ち、受けては落ち…もう後が無いんだよ」
「はい」
「『はい』って…君分かってる?事の重大さが」
「はい」
「このままだと君は――――あの“六陵高校に合格する”んだよ?」
「…はい」
生徒はごくりと唾を呑んだ。“六陵高校に合格する”…それがどういう意味なのかは、先生にも生徒にも分かり切っていた。だけれどどちらも、敢えてその意味を言わない。暗黙の了解、その一言すら必要ではなかった。
「最後だよ、これが」
先生は指でトントントン、と机をたたいた。遠くで豆腐屋の笛の音が聞こえる。
「もう、やめます」
生徒は顔をあげた。その瞳には、はっきりと決意の色が表れている。
「最後は、絶対に受かるところを受けます。もう…無駄な挑戦はしません」
「……そうか」
先生はその言葉を聞くなり、パッと顔を輝かせた。
「そう言ってくれるのを待ってたんだ。こんな時代だから、君に選択を押し付けたりしたら、旧教育委員会から何て言われるか分からないからね。君が自分でそう言ってくれてよかった。急だけど、次の試験は明日だ。受験票も用意してある。今晩はゆっくり休んで、明日は思いっきり全力を出し切っておいで」
そう言って先生は生徒に一枚の紙切れを渡した。生徒は顔をこわばらせ、ぎこちない手つきでそれを鞄にしまう。先生はそれを確認すると、椅子から立ち上がった。生徒も続いて立ち上がり会釈すると、その教室を後にした。
その生徒が廊下に出ると、他の生徒が壁にもたれて立っていた。
「残念だったわね、白詰くん」
廊下にいたその女生徒は本を読みながら、出てきた生徒にそう言った。教室の中から話し声が漏れていたのだろう。
「本当はどうとも思ってないだろうが」
白詰と呼ばれた生徒は、誰にも聞こえないくらいの音量でそう言った。廊下にいたその生徒は、本当に聞こえなかったのか、何も言い返さず本を閉じ、教室へ入って行った。
白詰は心を閉じた。
心を見透かされないようにするために。
◇◆◇◆
西暦1999年。12月31日。
“それ”は最初、アメリカで見つかった。
そしてその報を皮切りに、“それ”は世界各地で次々と発見されていった。
“超力場”と呼ばれるそれは、2050年の今現在も世界各地に存在し、多くの人々を魅了している。
“超力場”には実体がなく、空間として存在している。そしてそれには、ある特徴がある。
“超力場”が世界中の人々を魅了してやまない理由がこれだ。それは、分かりやすく言うならば―――
“超能力が手に入る”
……ということ。
“超力場”に入るだけで、天から超能力を授かることができる、というのだ。
原因は不明だが、テレポートやテレパシー、サイコキネシスなどのメジャーなものから、大地や風、生物や天候、感情や記憶、物理法則をも操作できるような超能力が得られる。
その噂を聞きつけ、その土地の主は、新しいビジネスを始めた。それが“超力場の商業化”。来場客から莫大な入場料を取り、新たなマーケットを作り出したのだ。そして、莫大な入場料を払って超能力を得た者たち、通称“超能力者”は、それ以外の者たちを疎外、支配し、新たな社会システムを作り出した。
支配される者、すなわち“超能力者”でない者―――通称“非超能力者”が、完全に超能力者達の差別対象となるシステムを。
◇◆◇◆
午後九時半。
俺は自宅の前で足を止めた。店先の看板を見上げ、ため息を漏らす。そこに書かれた文字が、今の俺を突き刺している。鞄をゴソゴソと漁り、先ほど先生からもらった受験票と、夕方、学校に向かう前、郵便受けから取った封筒を取り出した。封筒の中身をもう一度確認する。
『サクラチル』
たった五文字。
たったそれだけの物が、今の俺を追い詰めていた。
ぐしゃ、とその紙を封筒ごと丸め、ポケットに突っ込む。遠くに投げ飛ばしたりしないのは、やっぱり俺の人がよすぎるせいなのか、ただ臆病なだけなのか。
次に、受験票を少し眺め、それを綺麗に折りなおし、ゆっくりとポケットにしまう。深く息を吸い込み、俺は家へ入った。
店内にはもう誰もいない。俺がそうなるまで待っていたのだから当然なのだが。
母さんは奥のテーブルを布巾で拭いているところだった。俺が入ってきたのに気付き、顔をあげた。
「あ、朔おかえり。今日はどこ行ってたの?」
母さんがテーブルを拭きながら言った。
「母さん。ちょっと話があるんだ。今大丈夫?」
「いいけど、どうしたの?」
母さんはきょとんとした表情で俺を見ていた。
俺たちは居間に移動し、俺は母さんに事のあらましを伝えた。
また、高校受験が、不合格だったこと。
担任の先生にそれを報告し、面談をしたこと。
そして、今度は絶対に受かる高校を受ける、と決めたこと。
「母さんに何も言わないまま、俺の判断だけで最後の受験校を決めたのは悪かったよ。だけど、このまま、最後も高望みして、また落ちて“六陵高校に合格する”なんてことになったら、それこそ本末転倒だろ?」
母さんはそれまで黙って聞いていたが、そこで口を開いた。
「母さんはいいんだよ? 朔が行きたいところを受けたらいいじゃない」
「もうそういう段階の話じゃないんだよ、母さん」
俺はゆっくりと両手を台に乗せた。
母さんは真面目な顔で聞いている。
「俺が六陵高校に入学したりしたら、母さんやこの店、それに向こうの父さんにだって迷惑がかかるだろ? 俺はそんなことになるのは嫌なんだ」
母さんは何か言い返そうと口を開けたが、またすぐ口を閉じた。
実際、そうなんだ。
俺が六陵高校に入学すれば、俺たち一家は、世間からのけもの扱いされる。超能力者、パワードの出現によって拡散した新社会システムは、この首都郊外地域まで根を張っていた。
金で全てが決まる時代。この時代に生まれた“財産唯一主義”は、俺たちをひどく脅かしていた。