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からすのオルハ

作者: くろねこ8

童話賞に出したのですが落選。

ご感想お待ちしております。

 むかし、ある森に、どんな病気でも治す薬を作ることのできる、一人の魔女が住んでいました。近くの町に住む人たちは、寒さで風邪を引いたり、痛んだ食べ物でお腹をいためた時にはきまって、森の魔女の家へ行き、病気を治す薬を作ってもらっていました。

薬を作るには、いろいろな草花や木の実、それに鉱物がたくさん必要です。魔女は、一羽のカラスに魔法で言葉と知恵を与え、薬作りに必要な材料を集めさせていました。

このカラスの名前を、オルハと言いました。オルハはかしこく、また、どんなに険しい山の頂や深い谷間の底からも一っ飛びで材料を持ち帰ってくれるので、魔女にいたく気に入られていました。オルハはまた、好奇心がたいへん旺盛で、とりわけ人間の暮らしぶりにとても大きな興味を抱いていました。そんなオルハの一番の楽しみは、おつかいの合間に暇を見つけては町へと飛び、そこに住む人々の暮らしを眺めることでした。

そんなオルハに、魔女はつねづね、このように言い含めていました。「決して、私以外の人間の前で言葉を口にしてはいけないよ。お前の魔法は、人間に言葉を使っているところを見られると、たちどころに解けてしまうからねぇ」

せっかく魔女にもらった知恵と言葉を失いたくないオルハは、魔女のいいつけを守り、魔女以外の人間の前では決して言葉を口にしませんでした。けれどオルハは、本当は、いつか人間とおしゃべりをしたい、人間のお友達が欲しいと、ずっと思っていたのです。


ある秋の日のことです。その日もオルハは、町の広場に建てられた王様の銅像の頭に止まり、その王冠の上から、広場を行き交う人たちを楽しそうに見下ろしていました。

広場は今日も、さまざまな人たちでごった返しています。広場のそこかしこに屋台が立ち、果物や魚、肉やチーズの屋台の前を行ったり来たりしているのは、町の女たちです。きっと、今夜の晩御飯の材料を買いに市場へやって来たのでしょう。屋台の中には、靴や毛皮を売る店もあります。もうすぐ冬が来るので、靴も毛皮も飛ぶように売れています。屋台でひしめく広場を、人混みをすりぬけながら走るのは、黒いマントをまとった教会の神父さまです。そんな神父さまの背中を、町の子供たちが面白がって追いかけています。ところが子供たちは、広場の入り口で大道芸人がお手玉を始めるや、神父さまを追いかけるのをやめてたちまち大道芸人の所へ駆け寄っていきました。

オルハも大道芸は大好きです。もう少し近くで見てみよう、とオルハが飛び上がろうとしたその時でした。ふと、オルハの黒い瞳に、広場のすみっこをよろよろと歩く、貧しいなりをした一人の少女の姿が映りました。

奇妙なことに、その少女はお婆さんでもないのに長い杖を持ち、杖の先で地面をまさぐりながら、一歩一歩、足元を確かめるようにおっかなびっくり歩いています。不思議に思ったオルハは、すぐさま彼女の小さな背中を追いかけ始めました。


やがて少女は、町外れにある小さなあばら家へと入ってゆきました。どうやらそこが彼女の住まいのようです。その庭先にある大きなレモンの木の枝に、オルハは音もなく羽根を下ろすと、曇ったガラス窓越しに、そっと家の中をうかがいました。

 家の中でも少女は、イスやテーブルを手探りで確かめながら、そろりそろりと歩いています。その様子は、まるで暗い森の中を灯りも持たずに歩く人間のようです。そこでようやくオルハは、少女は目が見えないのだということに気付きました。

 その時、オルハの頭にある考えがひらめきました。

彼女になら、きっと人間の言葉で話しかけても魔法は解けないだろう。なぜなら彼女の目には、人間の言葉を口にしている僕の姿は決して映らないのだから。

 そう思い立ったオルハは、さっそく羽根を広げ、レモンの枝からひらりと舞い降りると、鋭いかぎつめで窓枠へ取りつき、くちばしでコンコン、とガラスをノックしました。

 すると、音に気付いた少女が、すかさず窓へと歩み寄って来ます。オルハは慌てて、先程のレモンの枝に引き返しました。

少女は、窓を大きく開け放ちながら言いました。

「あら、どなた?」

それは、まるで銀のフルートが奏でたかのように美しい声でした。少女の声を耳にするなり、オルハは、全身の羽根という羽根がぶわっと震える心地をおぼえました。

こんな美しい声の人とおしゃべりができるなんて、僕は何て幸せなのだろう。

今一度、オルハはぶるると羽根を震わせると、意を決して少女に声をかけてみました。

「こんにちは、お嬢さん。今日はとても良い天気ですね」

 ところが少女は、オルハの声を耳にするなり「あっ」と小さく叫ぶと、白い頬をまっ赤にして、たちまち窓を閉め切ってしまいました。

オルハは、いつも悲しいときにするように、短い首をことさらにすくめました。

やっぱり、カラスが人間と仲良くなるなんて、どだい無理な話だったのかもしれない

がっかりしたオルハは、魔女の待つ森へ帰ることにしました。


次の日、おつかいを終えたオルハは、ふたたび少女が住む家の庭先を訪れました。

少女は、庭先に置いた椅子に腰掛け、絹のような赤髪を風にそよがせながら、せっせと編み物をしていました。昨日と同じようにレモンの木の枝に羽根を下ろしたオルハは、あたたかな日の光を浴びてきらめく少女の姿を見守りながら、もう一度声をかけようか、それともやめようか、と迷いあぐねました。このまま話しかけなければ、永遠に彼女と友達にはなれません。けれども、話しかけたところでふたたび怖がらせてしまっては、もう仲良くなるどころの話ではありません。

その時でした。にわかにレモンの枝の下が騒がしくなりました。数人の子どもが石垣を乗り越え、少女の家の庭へドカドカと入って来たのです。子どもたちは、少女めがけて石つぶてを投げつけながら、口々にののしりました。

「やい、目なし! お前みたいなやつは早く町から出て行け!」

 驚いた少女はイスから転げ落ちると、石つぶてを避けるように、背中を丸めて地面にうずくまりました。それでも、子どもたちのいじわるは止まりません。

 オルハは、どうにかして少女を助けなければと思いました。そこでオルハの目についたのは、レモンの葉っぱにびっしりとへばりついた毛虫たちでした。オルハは枝の上でぴょんぴょん跳ねました。そして、ばさばさと枝を揺らしました。すると、まるで雨あられのように、たくさんの毛虫が子どもたちの頭にばらばらと降りそそぎました。

 これには、さすがの子どもたちも参りました。顔や頭、それにシャツのえりから服の中に落ちた毛虫たちが、子どもたちの体をチクチクと刺したからです。痛さとかゆさに我慢できなくなった子どもたちは、わぁわぁ泣きながら次々に庭から逃げてゆきました。

 子どもたちがすっかりいなくなったのを見はからって、オルハは少女に声をかけました。

「大丈夫? けがはない?」

すると少女は、はっと顔を上げ、またもや白い頬を赤らめながら言いました。

「ひょっとして、あなたは昨日のかた?」

「ええ。昨日は驚かせてしまって、ごめんなさい」

 少女はよろよろと立ち上がると、はにかんだような笑みを浮かべて言いました。

「私の方こそ、昨日はごめんなさい。おわびに、紅茶をご馳走するわ。うちの庭で採れるハーブは、紅茶に入れるととてもおいしいのよ」


 少女は、名前をエレンと言いました。エレンは編み物が得意で、セーターやマフラー、帽子を編んでは町の人々に売り歩き、売ったお金でどうにか生計を立てていました。

 暖炉前のテーブルで、オルハのための紅茶をカップに注ぎながらエレンは言いました。

「あなた、この町の人じゃないでしょう? 町の人の声ならみんな覚えているけど、あなたのように素敵な声の男の人は、この町には一人もいないもの」

オルハは、自分がカラスだということを隠しながら、用心深く答えました。

「僕は、色んな薬草を探して国じゅうを旅しているんだ」

「まぁすてき。では、きっと私の知らない町や国の事も、いろいろご存知なのでしょうね」

嬉しそうに笑うエレンに、オルハはさっそく、これまで訪れたことのある町や村の光景を話して聞かせました。

「都には、それはそれは大きな大理石のお城が建っていてね、昼は太陽の光を浴びて金色に、夜は月の光を浴びて銀色に輝くんだよ」「北の森に住む人たちは、冬至の日になると森でいちばん大きな木にたくさんの星のかけらを飾るんだ。夜になって、星のかけらがいっせいに光りはじめると、まるで大きな火柱が上がったみたいで、とてもきれいなんだ」

そんなオルハの話に、エレンはたいそう熱心に耳を傾けていました。一方のオルハも、時が過ぎるのも忘れてすっかり話に夢中になっていました。気付いた時には、ふるまわれた紅茶もすっかり冷め、太陽も、森のこずえの向こうへと沈んでいました。

「では、僕はそろそろ失礼するよ。若い女性の家に居座る男は紳士じゃないからね」

 そう言って、オルハは魔女の森へと帰っていきました。


 やがて秋が過ぎて冬が来ても、冬が終わって春を迎えても、オルハは仕事の合間を見計らってはエレンの家へ通いつづけました。そのたびにオルハは、これまで取ったことのある薬草の話や、その時の冒険談をエレンに語って聞かせました。

「北の氷原には、冬になるといっせいに水晶草の花が咲き誇るんだ。この花びらは、風邪薬の材料になるけれど、春になると解けてしまうから、冬になるたびに新しい花びらを取りに行かなきゃいけないんだ」「南の国に生える炎草という草は、やけどを治す貼り薬になるんだけど、草の先っぽだけをむしるとあっというまに燃えて灰になってしまうから、集めるときは根っこから掘り起こさなきゃいけない」

一方のエレンも、その日、町で起こったことをオルハに話して聞かせます。

「今日は、肉屋のおかみさんが毛糸の手袋を買ってくれたの。代わりに私も、肉屋さんでおいしそうな匂いのハムを買ってきたのよ」「帰りにパン屋さんの前を通ったら、クッキーの焼けるいい匂いがして、美味しそうだったからつい買ってきちゃった」

けれども、魔女から遠くの国へのおつかいを言いつけられた時には、二日、三日とエレンの家に行けない日が続きます。そんな日にはきまって、オルハの胸はひどく痛みました。月を見ると涙が出ました。エレンも同じ月を見ているのだと思うと居てもたってもいられなくなり、寝る間も惜しんで飛ぶこともしばしばありました。そして、急いでおつかいを終えてエレンの家へ行くと、エレンはきまって、嬉しそうな笑顔でオルハを迎えてくれるのでした。

こうして、いくつもの季節をいっしょに過ごすうち、いつしか彼らにとって、一人と一羽で過ごす時間は、何よりもかけがえのない宝物となっていました。


オルハがエレンと出会って一年が過ぎようとしていた、ある秋の日のことです。いつものようにオルハが旅先での出来事を話していると、ふと、エレンは寂しそうに言いました。

「私も、あなたみたいに目が見えるようになりたい。あなたみたいに国じゅうを旅して、色んな風景をこの目で眺めてみたい」

 その言葉に、オルハは戸惑いました。もし、エレンの目が見えるようになれば、オルハはもう二度と、エレンといっしょにお話ができなくなってしまいます。

 なだめるように、オルハは言いました。

「いいんだよエレン。君のかわりに、僕が世界のいろんなものを見てきてあげる。そして、君に話して聞かせてあげる。君はただ、この庭先で僕を待ってさえいればいいんだよ」

 ところが、そんなオルハの言葉に、エレンは静かに言いました。

「あなたは、ひどい人ね」

 それきりエレンは、オルハがいくら話しかけても、じっと押し黙ったまま口を利かなくなってしまいました。寂しさに耐えられなくなったオルハは、その日は別れの言葉も告げずに、黙って魔女の森へと帰ってゆきました。


 その夜、オルハは魔女の家の窓越しに月を見上げながら、今日のエレンとの会話を思い出していました。思い出しながら、自分は何とひどいことをエレンに言ってしまったのだろうと、短い首をかなしそうにすくめました。

 これまで、オルハの冒険談に楽しく聞き入っていたエレンが、やがて自分自身の目で世界を見てみたいと思うようになるのは仕方のないことです。しかし、そんなエレンの気持ちを、オルハは自分勝手な言葉で傷つけてしまったのです。

 償う方法はただ一つ、エレンの目を、魔女の薬の力で治してやることです。

けれども、もう二度とエレンに会えなくなると思うと、オルハは胸が痛くてたまりません。いっそ嵐にのまれて羽根がばらばらになった方がどんなにか楽だったことでしょう。

それでも、オルハは思いました。

「エレンの目を治してあげよう。たとえ、二度とエレンに会えなくなるとしても」

 すぐさまオルハは、魔女にこれまでのエレンとの出来事を全て打ち明けました。その上で、エレンの目を治す薬を作ってほしいと魔女にお願いしました。

「ずいぶんと厚かましい子だねぇ。人間の前で言葉を使うんじゃないと、あれほど注意しておいたのに、その言いつけを破っておいて、しかも今度は、私に薬を作れだなんてねぇ」

「言いつけは破っていません。見られたわけではありませんので」

「まったく、屁理屈だけは人間並みだねぇ。けどまぁ、屁理屈も理屈のうちだ。いいだろう、薬を作ってやろうかね。ただし、もしその子の目に光が戻ったら、お前はもう二度と、その子と話ができなくなるよ?」

 魔女の言葉に、オルハは「はい」と大きくうなずきました。さっそく魔女は、すりばちにいろいろな薬草や鉱物、木の実を放り込むと、すりこぎでゴリゴリとすりつぶし、エレンの目を治す薬を作りはじめました。


 翌日、オルハはいつものようにエレンの家をおとずれました。

その日もエレンは、庭先でお日さまの光を浴びながら、せっせと編み物作りにいそしんでいました。初めて会ったときと同じように、あたたかな日の光が、絹のようなエレンの赤髪をきらきらと輝かせています。そんなエレンの様子を、オルハは、初めてエレンと出会った日と同じように、庭先のレモンの枝からじっと見守ります。

この日、オルハは魔女が作った薬を小びんに入れて、この庭先をおとずれていました。中の薬を飲めば、エレンもオルハと同じように、世界のさまざまなすばらしい景色を、自分の目で眺めることができるようになります。もうオルハに頼らなくとも、自分の目で、世界の素晴らしさを知ることができるのです。

「昨日はごめんよ、エレン」

 オルハの声に、エレンは編み物の手を止めてはっと顔を上げました。

「良かった。また会いに来てくれたのね、オルハ!」

エレンの嬉しそうな微笑みを見たオルハは、ああ、やっぱりこのままでいられたら、どんなに幸せだろう、と、胸が締めつけられる思いがしました。

けれどもオルハは、もう決めたのです。大好きなエレンに新しい世界をプレゼントすると、心に決めたのです。

「今日は君に、すてきなプレゼントを持って来たんだ。ほら、手を差し出してごらん」

 言われたとおり、エレンは手を差し出しました。レモンの枝から舞い降りたオルハは、エレンの細くきれいな手に、薬の小びんをポトリと落としました。

「それは魔女の薬だ。それを飲めば、君の目はすぐに見えるようになる。だからエレン、これからは君が、君自身の目で、すばらしい世界の景色をその目にするといい」

「ありがとう、オルハ」

エレンは薬を飲みました。しばらくしてエレンは、日の光に手をかざすと、まぶしそうにまぶたをパチパチさせました。目に、光が戻ったのです。

「ねぇオルハ。これでやっと、あなたの目を見て言えるわ。ずっと、伝えたいと思ってた、この気持ちを」

 

 ―――ところが。

エレンの目の前に広がる新しい世界に、彼女が思い描いていた若い旅人の姿はどこにもありませんでした。ただ、一羽のカラスが、カァカァと哀しそうな声を空に響かせながら、遠くの空に飛び去ってゆく姿があるのみでした。



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