Memory Of Mechanical Girl .
作者的には書いたことの無いタイプなので、上手くいかないかもしれませんが、どうぞ宜しくお願い致します。
既に衰退し荒廃して十何年が経った町。入口を指し示すアーチ状のゲートには、看板が掛かっていた跡が在る。
意図的に五キロ四方の正方形に造られた町内に入れば、踏みしめるはヒビ割れたアスファルト。見渡すは傾いたビルだけでなく完全に倒壊した建物の数々。屋根の無いものから、焼き払われ跡地しか無いものも在った。
人は、居ない。時折鳥が鳴くばかりである。
しかし、貫通している防弾服を着てAKライフルを握りしめる屍ならば腐る程に散在していた。
実際に腐り果てて白骨化しているのだが。
「……お疲れ様でした。不眠症だと私に愚痴った割にはぐっすり眠っているじゃないですか」
今、小さな死体を覆うように死んでいる兵士の屍に、自らが被っていた軍用キャップを置いて哀悼の言葉を述べたモノが居る。
僅か二歳ほどの少女である。
二歳と言っても、作製されてから彼女が数えた年が二つばかりと言うだけで、見た目は十六歳から十八歳に見えるのだが。
汚れ、くたびれた迷彩柄の軍服姿は実にこの町に映えていた。
赤外線による暗視に加え、カメラ機能を持つ漆黒の瞳は人間のソレと変わらない。
グロスを塗らずとも潤い、薄い桃色をした唇も人間のソレと変わらない。
容姿端麗だが、無表情で淡々と治療を施す様を、かつての兵士達から鉄面の天使とさえ揶揄された。彼女曰く『鉄ではなく人工樹皮皮膚です』
そんな彼女はカラクリだ。
元々の戦闘シフトを治療シフトへ変更しただけのアンドロイドである。
傷付いた兵士の治療及び現場指揮官である佐官級兵士の補助、という指令を受けていた。ずっとずっと昔に。
女の子なんだからと言って自分のシフトを変更した小佐を彼女は進んで補助した。何故かを理解する事は出来なかった。
小佐であるにも関わらず、率先して戦地に赴く彼は人望も厚く。さらに言えばそれに見合う性格だった。
最期も彼らしかった。
一般人の住んでいたこの町まで戦火に見舞われてしまった時に、小さな子供を庇って二人とも弾丸に貫かれたのである。
“彼ら”の装備を考えれば、庇ったとて意味が無かっただろう。
それでも銃口という恐怖から子供を庇った。
そんな彼の白骨を、ピントの合わない瞳で見つめながらメモリ内のデータを引き出した彼女はその優秀なAIにエラーを起こす。
人はその気持ちを好意と言った。しかし彼女に理解する術は、無い。
「どうやら私は休止状態で十三年。眠っていたようです」
相変わらず何故か瞳のカメラが、ピントを合わさない。まるでその白骨を写したくないかの如く。
彼女は彼の最期を看取った後“彼ら”に追われて屋内籠城戦へと追いやられた。
やがてバッテリーが落ち休止状態へ。
それから建物が攻撃による損壊で急激に風化して崩れ落ちるまで。およそ十三年間、彼女は日光に晒されて充電する事もついぞ叶わず、横たわってただのガラクタと化していた。
「脱出の際に瓦礫に埋もれましたが、元々が戦闘用アンドロイドですので、損壊は皆無です。あ。アイカメラのピントが合わないのが問題ですね」
返事は無い。ただの英霊のようである。
先程から彼女の頭の中で指令の「確認」と「エラー」が繰り返されている。
指令確認。傷付いた兵士の治療及び佐官級兵士の補助――「Error」
指令確認。傷付いた兵士の治――「Error」
指令確認。傷付――「Error」
指令確認――「Error」
「現在、私に実行可能な指令がありません。小佐、次の指令を」
彼女は生ぬるい風に黒髪を揺らされながら、死んだ町にただ一人立ち続ける。
▼ ▼ ▼
彼女は小佐の骨と、覆い被さっていた子供らしき骨とを一緒に埋めて簡単な墓を造った。
普通はそうする。と聞いていたのである。
それが終わると仕事は無くなった。完全に何も無い。
手に付着した土をパンパンと叩き落としてから、彼女は自作の墓の前に立ち続け、その間考え続けた。
自分は何をすればいいのか。
自分に何が出来るのか。
「分かりません」
よもや答えの無い問題が有ろうとは。
しかし立ち去るという選択肢は選べ無い。
例え、強引に町の外に歩いて行ったとして。果たして、自分はそのまま外に居続けるだろうか。
答えはノーである。
彼女には与えられた使命が在る。続行不可能だとしてもやり遂げなければならない。
さもなければ小佐に怒られてしまう。
数秒と経たずに死んだ町に戻るに決まっている。
せっかく奇跡的に再起動してから二時間で小佐を見つけた。一時間彼のデータをメモリから引き出して、一時間素手で穴を掘り続けた。
墓の傍らに、もう三日間立っている。
彼女は、止まってしまった。