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三十二、神崎領への帰還—英雄の帰郷と悲しみの報告

翌朝、一行は道三の本陣を後にした。

道三と稲葉が、見送りに来た。「田邊殿、よく戦ってくれた」道三は、言った。「また、何かあれば、頼む」

「はい」紘一は、頭を下げた。

一行は、馬に乗って出発した。十五名の生存者と、五つの遺体。その行列は、重苦しかった。

帰路は、来た時よりも長く感じられた。疲労が、体に染み付いている。心も、重い。戦死者の遺体を運んでいる。その重さが、心にものしかかっている。

道中、村々を通過した。村人たちは、一行を見て、手を振った。戦勝の報告は、すでに広がっているようだった。

「よくやった!」

「ありがとう!」

村人たちは、一行を称賛した。だが、紘一の心は、晴れなかった。称賛されるべきは、戦死した兵たちだ。生き残った自分たちではない。

二日間の行軍を経て、一行は神崎領に戻った。

神崎領の境界に入ると、多くの領民が集まっていた。太郎、源蔵、寺子屋の生徒たち。皆、帰りを待っていた。

「田邊様、お帰りなさい!」太郎が、叫んだ。

だが、その笑顔は、すぐに消えた。遺体を運んでいることに、気づいたのだ。

領民たちの顔が、曇った。誰かが、死んだ。その事実が、一瞬で伝わった。

一行は、屋敷へ向かった。門の前には、広綱と広信が待っていた。

「田邊、よく帰った」広綱の声には、安堵があった。だが、すぐに、その顔も曇った。遺体を見たのだ。

紘一は、馬から降りた。そして、深く頭を下げた。「申し訳ございません。五名の兵を、失いました」

広綱は、しばらく黙っていた。そして、深くため息をついた。「……そうか」

広信も、悲しそうな顔をした。「田邊さん……」

「遺体を、遺族に届けなければなりません」紘一は、言った。「その前に、報告をさせてください」

広綱は、頷いた。「ああ。中へ入れ」

紘一は、広綱の部屋で、詳細な報告をした。戦いの経緯、戦術、結果。そして、戦死者のこと。すべてを、正直に話した。

広綱は、真剣に聞いていた。そして、最後に言った。「田邊、お前は、よくやった」

「いえ……」

「五名を失ったことは、痛恨の極みだ」広綱の声は、重かった。「だが、十五名が生きて帰った。それは、お前の手腕のおかげだ」広綱は、続けた。「普通なら、全滅していてもおかしくない状況だった」

紘一は、黙っていた。

「そして、お前たちの働きで、戦いに勝った」広綱は、言った。「それは、神崎家の名誉だ」

「ですが、五名の家族に、どう説明すればいいのか……」紘一の声が、震えた。

「それは、わしが行く」広綱は、立ち上がった。「領主として、わしが説明する」

「殿……」

「お前は、もう十分に苦しんでいる」広綱は、紘一の肩を叩いた。「これ以上、自分を責めるな」

紘一の目から、涙がこぼれた。広綱の優しさが、心に染み入った。

その日の夕方、遺体は遺族に引き渡された。

新吾の母親は、息子の遺体を見て、泣き崩れた。「新吾……新吾……」その声は、あまりにも悲しかった。

彦三郎の婚約者も、来ていた。まだ若い娘だった。遺体を見て、声も出なかった。ただ、呆然と立ち尽くしていた。

紘一は、一人一人の遺族に頭を下げた。「申し訳ございません。お守りできませんでした」

新吾の母親は、紘一の手を握った。「田邊様、息子は、田邊様のために戦えて、幸せだったと思います」その言葉が、さらに紘一の心を痛めた。

彦三郎の婚約者は、何も言わなかった。ただ、涙を流していた。

紘一は、その光景を見ながら、改めて誓った。二度と、このような悲しみを生まないようにする。戦いを避け、平和を作る。それが、紘一の使命だと。

その夜、屋敷では、帰還を祝う宴が開かれた。だが、その雰囲気は、重苦しかった。皆、戦死者のことを思っていた。

紘一は、ほとんど食べなかった。酒も飲まなかった。ただ、じっと座っていた。

平吉が、隣に来た。「田邊さん、少しは食べてください」

「ああ……」

「皆、心配していますよ」

紘一は、周囲を見回した。兵たち、家臣たち、皆、紘一を見ている。その目には、心配があった。

紘一は、無理やり笑顔を作った。「大丈夫だ。心配するな」

だが、その笑顔は、ぎこちなかった。

宴が終わった後、紘一は一人、部屋に戻った。そして、窓の外を見た。星が、輝いている。

「新吾、彦三郎、皆……」紘一は、呟いた。「すまない。本当に、すまない」

紘一は、その夜、ほとんど眠れなかった。目を閉じると、戦場の光景が蘇る。死んでいく兵たちの顔が、浮かぶ。

これが、戦いの現実だった。勝っても、負けても、苦しみが残る。それが、戦国時代の現実だった。

そして、紘一は、改めて決意した。この苦しみを、終わらせる。戦いのない世界を、作る。それが、今を生きる紘一の、使命だと。



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