三十一、帰還の準備—戦死者との別れと生者の誓い
その日の午後、紘一は神崎家の兵たちを集めた。
天幕の前に、十五名の生存者が集まった。皆、包帯を巻いている。傷だらけだが、生きている。その顔には、疲労と、安堵が混ざっていた。
そして、天幕の横には、五つの遺体が並べられていた。白い布で覆われている。その布の下には、戦死した仲間たちが眠っている。
紘一は、遺体の前に立った。そして、深く頭を下げた。
「すまない」紘一の声は、震えていた。「お前たちを、守れなかった」
生存者たちも、頭を下げた。涙を流している者もいる。皆、仲間の死を悼んでいた。
「新吾」紘一は、一つの遺体の前に跪いた。「お前は、勇敢に戦った。最後まで、仲間を守ろうとした」紘一の目から、涙がこぼれた。「お前の勇気を、忘れない」
紘一は、次の遺体の前に移動した。「彦三郎。お前は、結婚を約束していたな」紘一の声が、詰まった。「すまない。その約束を、果たせなくて」
一人一人の遺体の前で、紘一は言葉をかけた。その名前を呼び、その功績を讃え、感謝を伝えた。
やがて、紘一は立ち上がった。そして、生存者たちを見た。
「皆、聞いてくれ」紘一の声は、真剣だった。「我らは、五名の仲間を失った。それは、痛恨の極みだ」紘一は、続けた。「だが、彼らの犠牲は、無駄ではなかった」
紘一は、兵たちを見回した。「彼らの働きがあったからこそ、我らは戦いに勝った。敵を押さえた。味方を守った」紘一の声が、力強くなった。「彼らは、英雄だ」
兵たちは、深く頷いた。
「そして、我らは、彼らの分まで生きなければならない」紘一は、続けた。「彼らの家族を支え、彼らの名を語り継ぎ、彼らの意志を引き継ぐ」紘一の目には、決意が宿っていた。「それが、生き残った我らの務めだ」
「はい!」兵たちは、力強く答えた。
「では、準備をしよう」紘一は、言った。「明日、神崎領へ帰る」
兵たちは、準備を始めた。荷物をまとめ、武器を整える。そして、戦死者の遺体を、丁寧に布で包んだ。
平吉が、紘一のところに来た。「田邊さん、遺体は、馬に乗せて運びます」
「ああ。丁寧に扱ってくれ」
「はい」
権助も、来た。その右腕は、包帯でぐるぐる巻きになっている。「田邊様、俺、まだ戦えます」
「いや、お前は十分に戦った」紘一は、権助の肩を叩いた。「今は、休め」
「ですが……」
「命令だ」紘一は、真剣に言った。「お前には、家族がいる。子供たちが待っている。彼らのために、無理をするな」
権助は、涙を流した。「ありがとうございます」
その夜、紘一は一人、天幕の外に座っていた。星が、空に輝いている。満天の星。その美しさが、戦場の残酷さとは対照的だった。
「また、人を殺した」紘一は、呟いた。「何人殺したのか、もう分からない」
紘一の手は、震えていた。血の匂いが、まだ鼻につく。敵の顔が、脳裏に浮かぶ。若い兵、年配の兵、様々な顔。皆、誰かの息子であり、父であり、夫だった。
「俺は、間違っているのか」紘一は、自問した。「戦いを避けたいと思いながら、こんなに多くの命を奪っている」
その矛盾が、紘一を苦しめた。平和を望みながら、戦場に立つ。命を大切にしたいと思いながら、命を奪う。
その時、平吉が来た。「田邊さん、眠れないんですか」
「ああ」
平吉は、紘一の隣に座った。「俺も、眠れません」
二人は、しばらく黙って星を見ていた。
「田邊さん」平吉が、口を開いた。「俺、思うんです」
「何を」
「この戦いは、必要だったのかって」平吉の声は、苦しそうだった。「新吾も、彦三郎も、皆、死ななくてよかったんじゃないかって」
紘一は、平吉の気持ちが痛いほど分かった。同じことを、紘一も考えていた。
「俺も、同じことを考えている」紘一は、正直に言った。「この戦いが、本当に必要だったのか」
「ですが……」平吉は、続けた。「もし、俺たちが戦わなかったら、どうなっていたでしょうか」
紘一は、考えた。もし、神崎家が兵を出さなかったら。道三は、神崎家を敵と見なしただろう。そして、いずれ攻めてきただろう。その時、もっと多くの命が失われたかもしれない。
「戦わないという選択肢は、なかったのかもしれないな」紘一は、呟いた。
「でも、いつか……」平吉は、星を見上げた。「いつか、戦わなくていい世界が来るといいですね」
紘一は、平吉の言葉に、希望を感じた。「ああ。必ず、そんな世界を作る」紘一の声には、決意が込められていた。「戦いのない、平和な世界を」
「俺も、手伝います」平吉は、微笑んだ。
二人は、深夜まで語り合った。戦いのこと、平和のこと、未来のこと。そして、その会話の中で、二人の決意は、さらに固まっていった。




