二十九、決死の防衛—絆の力と戦術の勝利
二度目の戦闘は、最初よりもさらに激しかった。
敵の数は、二百名以上。神崎家の兵は、実質的に戦えるのは十五名程度。十倍以上の敵と戦わなければならない。
「弓、放て!」紘一は、命じた。
だが、弓兵は三名しか戦線に残っていない。三本の矢が放たれる。敵の中に突き刺さるが、二百名の中では、焼け石に水だった。
敵が、一気に接近してくる。その勢いは、最初の時よりも激しい。敵も、必死なのだ。ここを突破すれば、斎藤軍の側面に回り込める。それが、彼らの目的だった。
ガシャン、と再び激突した。
紘一は、槍を振るった。敵の攻撃を受け止め、反撃する。だが、敵の数が多すぎる。次から次へと、敵が襲ってくる。
「くっ!」紘一の槍が、敵に弾かれた。
そのまま、敵の刀が、紘一に向かって振り下ろされる。紘一は、とっさに体をかわした。刀が、紘一の頬をかすめる。鋭い痛み。血が流れる。
だが、紘一は止まらない。体勢を立て直し、槍を突き出す。敵の腹に、槍が突き刺さる。
「ぐあっ!」敵が、悲鳴を上げる。
紘一は、槍を引き抜く。血が、噴き出す。敵が、倒れる。
だが、すぐに次の敵が来る。終わりがない。まるで、波のように、次々と敵が押し寄せる。
「田邊さん!」平吉が、叫んだ。「右から敵が回り込んでいます!」
紘一は、右を見た。確かに、敵の一部が、右から回り込もうとしている。もし、側面を突かれたら、隊列が崩れる。崩れれば、全滅だ。
「平吉、権助、五名連れて右に回れ!」紘一は、命じた。「側面を守れ!」
「はい!」
平吉と権助は、五名の兵を連れて、右に移動した。そして、回り込もうとする敵と対峙した。
だが、それで前線の兵力が減った。残りは、わずか十名。正面の敵は、まだ百名以上いる。
「持ちこたえろ!」紘一は、叫んだ。「もう少しだ!」
兵たちは、必死に戦った。槍を振るい、刀を振るい、敵を押し返そうとする。だが、疲労が限界に近づいていた。息が上がり、手足が震える。視界が、ぼやけてくる。
一人の兵が、敵の槍に突かれて倒れた。また一人が、刀で斬られて倒れた。兵の数が、どんどん減っていく。
「くそっ!」紘一は、歯を食いしばった。
このままでは、全滅する。だが、退くわけにはいかない。ここを守らなければ、味方全体が危険になる。
その時、紘一は気づいた。周囲の地形を。木々の配置を。そして、一つの策が浮かんだ。
「全員、後退!」紘一は、叫んだ。「木々の間に入れ!」
兵たちは、紘一の命令に従った。少しずつ後退し、周囲の木々の間に入っていく。
敵は、それを追ってきた。だが、木々の間は狭い。大軍が、一度に入ることができない。自然と、敵の数が絞られる。
「よし、ここで止まれ!」紘一は、号令をかけた。
神崎家の兵たちは、木々を背にして陣を張った。前方は開けているが、左右と後方は木々に守られている。敵は、正面からしか攻撃できない。
そして、正面は狭い。一度に攻めてこれるのは、十名程度だ。これなら、十名対十名。数は互角だ。
「迎え撃て!」紘一は、叫んだ。
敵が、狭い通路を通って攻めてくる。だが、今度は神崎家の兵たちが有利だった。敵は、横に広がれない。縦に並んで攻めてくるしかない。
紘一たちは、それを迎え撃った。最前列の敵を倒せば、次の敵が来るまで、わずかに時間がある。その時間を使って、体勢を整える。
戦いの流れが、変わった。敵の攻撃が、止まり始めた。狭い通路では、数の優位が活かせない。逆に、神崎家の兵たちの訓練された連携が、威力を発揮する。
「押せ!」紘一は、号令をかけた。
神崎家の兵たちは、前進し始めた。敵を、押し返す。木々の間から、開けた場所へ。
敵は、混乱し始めた。後ろから押され、前からは神崎家の兵に攻められる。隊列が、崩れ始める。
そして、敵の士気が、崩れた。一人が逃げ出すと、次々と他の兵も逃げ出す。あっという間に、敵の大半が退却した。
「追うな!」紘一は、兵たちを止めた。「隊列を保て!」
兵たちは、その場で止まった。追撃すれば、隊列が崩れる。それは、危険だ。
敵が、完全に退却した。戦場に、静寂が戻った。
紘一は、周囲を見回した。地面には、さらに多くの死体が転がっていた。敵の死体が、数十体。神崎家の兵の死体も、三体。
二十名で始めた戦いだったが、今、無傷で立っているのは、わずか五名だった。十名が負傷し、五名が戦死した。
紘一の心は、痛んだ。五名の兵が、死んだ。その家族が、待っている。だが、もう帰らない。
平吉が、右側から戻ってきた。その顔には、血がべっとりと付いている。「田邊さん、右側の敵は、退却しました」
「そうか。お前は無事か」
「はい。何とか」平吉の声は、疲れていた。
権助も、戻ってきた。だが、その右腕には、深い傷があった。「田邊様、すみません。やられました」
「いや、よく戦ってくれた」紘一は、権助の肩を叩いた。「手当をしろ」
兵たちは、その場に座り込んだ。疲労が、限界に達していた。だが、生きている。まだ、生きている。
紘一は、戦場全体を見渡した。他の部隊も、激しく戦っている。だが、徐々に、斎藤軍が優勢になってきているようだった。敵の退却が、始まっている。
そして、遠くから、太鼓の音が聞こえてきた。勝利を告げる太鼓の音だった。
戦いは、斎藤軍の勝利に終わろうとしていた。
「やった……」一人の兵が、呟いた。「勝った……」
他の兵たちも、安堵の表情を浮かべた。生き延びた。戦いに勝った。
だが、紘一の心は、複雑だった。確かに、勝った。だが、五名の兵が死んだ。その命を、犠牲にして勝ったのだ。
紘一は、戦死した兵たちの遺体を見た。その顔を、一人一人確認した。新吾もいた。結婚を約束していた兵もいた。皆、家族が待っている。
「すまない」紘一は、呟いた。「すまない」
涙が、頬を伝った。戦場で、指揮官が泣く。それは、恥ずかしいことかもしれない。だが、紘一は、涙を止められなかった。
平吉が、紘一の隣に座った。「田邊さん、俺たちは、精一杯戦いました」平吉の声は、優しかった。「彼らも、精一杯戦いました」
「ああ……」
「だから、泣かないでください」平吉は、続けた。「俺たち、まだ生きています。彼らの分まで、生きなければなりません」
紘一は、涙を拭った。「そうだな」
紘一は、立ち上がった。そして、生き残った兵たちを見た。
「皆、よく戦ってくれた」紘一の声は、震えていた。「お前たちの勇気と、訓練の成果で、ここを守り抜いた」
兵たちは、紘一を見ていた。
「だが、五名の仲間が、命を落とした」紘一は、続けた。「彼らのことを、忘れてはいけない。彼らの犠牲を、無駄にしてはいけない」
兵たちは、深く頷いた。
「では、帰ろう」紘一は、言った。「家族が、待っている」
兵たちは、立ち上がった。疲れ切った体を、無理やり動かす。そして、戦死した仲間の遺体を、担いだ。
一行は、戦場を後にした。その足取りは、重かった。だが、生きている。まだ、生きている。
夕日が、西の空を赤く染めていた。その光が、戦場を照らしている。血に染まった大地を。倒れた兵たちを。そして、生き残った兵たちを。
紘一は、その夕日を見ながら、誓った。二度と、このような戦いはしたくない。二度と、仲間を失いたくない。
平和を作る。戦いのない世界を作る。それが、紘一の新しい決意だった。




