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十八、斎藤家からの使者—新たな試練の予兆

寺子屋が開校してから一週間後、神崎家に使者が訪れた。

使者は、斎藤家からだった。

紘一が広間に呼ばれると、そこには見知らぬ男が座っていた。四十代くらいの、厳つい顔をした男だった。鎧を着け、刀を帯びている。その顔には、複数の傷跡があり、戦場を生き抜いてきたことが分かる。

広綱と広信も、上座に座っていた。その表情は、緊張していた。

「田邊殿、こちらが斎藤家の使者、稲葉一鉄殿だ」広綱が、紹介した。

稲葉一鉄。紘一は、その名前を聞いて、緊張した。歴史の授業で聞いたことがある名前だった。稲葉一鉄は、斎藤道三の重臣の一人で、後に織田信長にも仕えることになる有力な武将だった。

「初めまして、田邊紘一と申します」紘一は、深く頭を下げた。

「ほう、お前が噂の田邊か」稲葉は、紘一をじっと見た。その目は、鋭く、容赦ない。まるで、紘一の内面まで見透かそうとしているようだった。

「道三様から、お前のことはよく聞いている」稲葉は、続けた。「小山領を戦わずして臣従させた知恵者だと」

「もったいないお言葉です」紘一は、謙虚に答えた。

「だが、今日は別の用件で来た」稲葉の声が、厳しくなった。

広綱の表情が、さらに緊張した。「何でしょうか」

稲葉は、懐から一通の書状を取り出した。「道三様からの書状だ」

広綱は、書状を受け取った。そして、開いて読み始めた。その顔が、徐々に曇っていった。

紘一は、不安になった。何が書いてあるのか。

やがて、広綱が顔を上げた。「これは……」

「道三様は、美濃の統一を進めておられる」稲葉が、説明した。「そのために、周辺の小領主たちに、協力を求めておられる」

「協力、とは」広綱は、尋ねた。

「具体的には、兵の提供だ」稲葉は、答えた。「来月、道三様は北の領主を攻める。その戦いに、神崎家からも兵を出してもらいたい」

広綱の顔が、さらに曇った。「何名ほど」

「五十名だ」稲葉の声は、冷たかった。

五十名。神崎家の兵力は、全部で百五十名だ。その三分の一を出せという。それは、大きな負担だった。

「それは……」広綱は、言葉に詰まった。

「小山領の時、神崎家は我らの協力を得た」稲葉は、続けた。「今度は、神崎家が協力する番だ」

それは、論理的だった。小山領を臣従させるために、斎藤家は軍事的圧力をかけた。その恩がある。ならば、今度は神崎家が恩を返す番だ。

だが、五十名の兵を出せば、神崎領の守りが手薄になる。もし、その隙を別の敵に突かれたら、危険だった。

広綱は、困った顔をした。「少し、考える時間をいただけないか」

「三日だ」稲葉は、冷たく言った。「三日以内に、返事をもらう」

稲葉は、立ち上がった。「では、失礼する」

稲葉が去った後、広間には重い沈黙が残った。

広綱は、深くため息をついた。「困ったな……」

「殿」紘一が、口を開いた。「これは、試されているのではないでしょうか」

「試されている?」

「はい」紘一は、説明した。「道三様は、神崎家の忠誠心を測っているのだと思います」紘一は、続けた。「兵を出せば、忠誠心があると見なされる。出さなければ、疑われる」

広綱は、頷いた。「その通りだろうな」

「ですが、五十名は多すぎます」紘一は、言った。「神崎領の守りが、手薄になります」

「ならば、どうする」広信が、尋ねた。

紘一は、考えた。断れば、斎藤家の怒りを買う。だが、五十名を出せば、領地が危険になる。どちらも、良くない選択だった。

「交渉しましょう」紘一は、提案した。

「交渉?」

「はい」紘一は、説明した。「五十名は多すぎると、道三様に伝えます。そして、二十名ならば出せると」

「だが、それで道三が納得するか」広綱は、心配した。

「交渉してみる価値はあります」紘一は、言った。「そして、代わりに、別の貢献を提案します」

「別の貢献、とは」

「例えば、米の提供です」紘一は、続けた。「戦いには、兵糧が必要です。神崎家から、米を提供すると申し出れば、道三様も納得するかもしれません」

広綱は、しばらく考えていた。そして、頷いた。「なるほど。それは、良い案だ」

「では、私が稲葉山城に行って、交渉してきます」紘一は、申し出た。

「いや、それは危険だ」広綱は、首を横に振った。「道三が、お前を引き留めるかもしれない」

紘一は、その可能性も考えていた。だが、それでも行かなければならない。

「大丈夫です」紘一は、言った。「道三様は、無理やり人を引き留めるような人ではありません」

広綱は、紘一の目を見た。その目には、決意が宿っていた。

「分かった」広綱は、頷いた。「だが、気をつけろ」

「はい」

こうして、紘一は再び、斎藤道三との交渉に臨むことになった。



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