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十七、冬の夜話—平吉との対話と友情の深まり

その夜、紘一が部屋で休んでいると、平吉が訪ねてきた。手には、温かい茶と、小さな包みを持っていた。

「田邊さん、お疲れ様です」平吉は、茶を差し出した。

「ありがとう、平吉」紘一は、茶を受け取った。温かい茶が、冷えた体を温める。

平吉は、包みを開けた。中には、焼き餅が入っていた。「これ、今日の残りです。田邊さんにどうぞ」

「ありがとう」紘一は、焼き餅を一つ取った。香ばしい匂いがする。一口食べると、外はカリッと、中はもちもちとしていた。醤油の味が効いていて、美味しい。

「寺子屋、うまくいったんですね」平吉は、嬉しそうに言った。「村の人たちが、喜んでいました」

「ああ、みんな一生懸命だった」紘一は、微笑んだ。「特に、子供たちの目が輝いていた」

平吉は、少し羨ましそうな顔をした。「俺も、もっと早く字を学びたかったな」

「平吉は、もう字が読めるじゃないか」紘一は、言った。「この数ヶ月で、随分上達した」

「それは、田邊さんが教えてくださったからです」平吉の声には、感謝が込められていた。

二人は、しばらく黙って茶を飲んだ。外では、雪が降り続けている。その音が、静かに部屋に響いている。

「田邊さん」平吉が、口を開いた。「一つ、聞いてもいいですか」

「何だ」

「田邊さんは、なぜそんなに領民のことを考えるんですか」平吉の声は、真剣だった。「普通の武士は、領民を年貢を納める道具としか見ません」平吉は、続けた。「でも、田邊さんは違う。領民を、人として見ている」

紘一は、少し考えてから答えた。「それは……俺の育った場所が、そういう考え方だったからかな」

「育った場所、ですか」平吉は、興味深そうに聞いた。

紘一は、慎重に言葉を選んだ。記憶喪失という設定を守りつつ、でも嘘をつきたくはない。

「記憶は曖昧だが……俺が育った場所では、人々は平等だった」紘一は、言った。「身分の差はあっても、人としての価値は同じだった」

平吉は、目を見開いた。「そんな場所が、あるんですか」

「ああ」紘一は、頷いた。現代日本のことを、遠回しに表現していた。「そこでは、誰もが学ぶ権利があった。誰もが、自分の人生を選ぶ権利があった」

平吉は、夢を見るような顔をした。「素晴らしい場所ですね」

「ああ」紘一は、現代日本を思い出していた。確かに、現代にも問題はある。格差、差別、様々な問題がある。だが、それでも、この時代よりはずっとマシだった。人々は、基本的人権を持っていた。教育を受ける権利があった。自由に職業を選ぶ権利があった。

「俺は、この領地を、そんな場所にしたいんだ」紘一は、言った。「すべての人が、人として尊重される。すべての人が、学ぶ機会を持つ。すべての人が、幸せに暮らせる」

平吉の目に、涙が滲んだ。「田邊さん……それは、素晴らしい夢です」

「夢じゃない」紘一は、真剣に言った。「実現できる。時間はかかるだろうが、少しずつ、確実に」

平吉は、深く頷いた。「俺も、手伝います」平吉の声には、決意が込められていた。「田邊さんの夢を、実現するために」

「ありがとう、平吉」紘一は、平吉の肩を叩いた。

「俺、思うんです」平吉は、続けた。「田邊さんは、普通の人じゃない」

紘一は、緊張した。正体を疑われているのか。

「田邊さんは、きっと、神様が遣わした人なんだと思います」平吉の声は、真剣だった。「この乱世を、平和にするために」

紘一は、少しホッとした。神の使い、か。それなら、否定も肯定もしない方がいい。

「俺は、ただの人間だよ」紘一は、笑った。「神の使いなんて、大げさだ」

「でも……」

「平吉」紘一は、真剣な顔で言った。「俺が何者であれ、大切なのは、今、何をしているかだ」紘一は、続けた。「俺は、この領地の人々を幸せにしたい。それだけだ」

平吉は、深く頷いた。「分かりました」

二人は、また黙って茶を飲んだ。だが、その沈黙は、以前よりもっと深い絆を感じさせるものだった。

「田邊さん」平吉が、また口を開いた。「俺、最近、考えているんです」

「何を」

「俺の将来のことです」平吉の声は、真剣だった。「俺、武士として生きていくべきなのか、それとも、別の道があるのか」

紘一は、平吉の悩みを理解した。この時代、武士として生まれたら、武士として生きるしかない。だが、平吉は、別の可能性を感じ始めているのだろう。

「平吉、お前は何がしたい」紘一は、尋ねた。

平吉は、少し考えてから答えた。「俺、人を助けたいです」平吉の声は、真剣だった。「武力ではなく、知恵で。戦いではなく、平和な方法で」

紘一は、微笑んだ。「それは、素晴らしいことだ」

「でも、そんなこと、できるんでしょうか」平吉は、不安そうに言った。

「できる」紘一は、断言した。「お前は、すでにそれを始めている」

「え?」

「お前は、字を学んだ。そして、今、村の人々を助けている」紘一は、説明した。「それが、知恵で人を助けるということだ」

平吉は、目を見開いた。「そうか……」

「そして、これから、もっと多くのことができる」紘一は、続けた。「お前が学び続ければ、もっと多くの人を助けられる」

平吉の顔が、明るくなった。「はい。頑張ります」

二人は、深夜まで話し続けた。将来のこと、夢のこと、領地のこと。様々なことについて。

そして、その会話の中で、二人の友情は、さらに深まっていった。


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