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十三、冬の稽古—広信の武芸と紘一の観察

新年から数日後、広信は武芸の稽古を再開した。正月の間は休んでいたが、今日から通常通りに戻る。

稽古場は、屋敷の敷地内にあった。広い土の空間で、周囲には木の柵が立てられている。稽古場の隅には、武器を保管する小屋がある。刀、槍、弓、様々な武器が並べられている。

広信の師範は、伊藤だった。伊藤は、武芸に優れた男で、若い頃は各地を武者修行して回ったという。その経験が、今、広信の指導に活かされている。

紘一は、稽古の様子を見学していた。武芸には詳しくないが、見ているだけでも学ぶことがある。そして、広信の成長を確認することもできる。

「では、始めよう」伊藤が、木刀を構えた。広信も、木刀を構える。

二人は、向かい合った。緊張が、空気を満たす。

「やっ!」広信が、先に動いた。木刀を振り下ろす。速い。だが、伊藤はそれを受け止めた。カーン、という音が響く。

伊藤が、反撃する。横薙ぎに木刀を振る。広信は、後ろに跳んで避ける。そして、すぐに前に出て、突きを放つ。

だが、伊藤はそれを払いのけた。そして、広信の懐に入り込む。木刀を広信の首元に当てる。

「そこまで」伊藤が、言った。

広信は、悔しそうに木刀を下ろした。「まだまだですね……」

「いや、良くなっている」伊藤は、微笑んだ。「お前の動きは、以前より速くなった。そして、判断も早くなっている」

「本当ですか」広信の顔が、明るくなった。

「ああ。ただし、まだ力みがある」伊藤は、指摘した。「力を抜け。力を入れるのは、最後の瞬間だけでいい」

広信は、頷いた。「分かりました」

稽古は、続いた。広信と伊藤が、何度も打ち合う。その度に、カーン、カーンという音が響く。広信は、必死だった。汗が、額を流れている。冬の寒さの中でも、体が熱くなっている。

紘一は、その様子を見ながら、広信の成長を感じた。最初に会った時、広信はまだ少年だった。字も読めず、領地経営のことも知らなかった。だが、今は違う。字が読めるようになり、領地のことも理解し始めている。そして、武芸も上達している。

稽古が一段落すると、広信が紘一のところに来た。「田邊さん、見ていてくださったんですね」

「ああ。上達しているな」紘一は、微笑んだ。

「まだまだです」広信は、謙虚に言った。「伊藤殿には、まったく敵いません」

「それは当然だ」紘一は、言った。「伊藤殿は、何十年も武芸を磨いてきた。お前は、まだ十八歳だ」

広信は、頷いた。「そうですね。焦らず、一歩ずつ進みます」

「その心構えが大切だ」紘一は、広信の肩を叩いた。

その時、伊藤が紘一のところに来た。「田邊殿、お前も一度、やってみないか」

「私が、ですか」紘一は、驚いた。

「ああ。お前、松永との戦いでは、見事な槍さばきだったと聞く」伊藤は、興味深そうに言った。「一度、お前の実力を見てみたい」

紘一は、躊躇した。確かに、戦場では槍を使った。だが、それは能力のおかげで、体が勝手に動いただけだ。本当の意味で、武芸を学んだわけではない。

だが、断るのも失礼だろう。「では、少しだけ」

紘一は、木刀を受け取った。重い。だが、手に馴染む感覚がある。これも、能力のおかげだろうか。

伊藤と、向かい合う。伊藤の目は、鋭い。戦場を生き抜いてきた男の目だ。

「では、来い」伊藤が、言った。

紘一は、深く息を吸った。そして、木刀を構えた。その瞬間、何かが変わった。視界が、広がった。伊藤の動き、呼吸、重心の移動。すべてが、見える。

これが、戦場で感じた感覚だ。

紘一は、動いた。木刀を振り下ろす。速い。自分でも驚くほど速い。

だが、伊藤はそれを受け止めた。「ほう!」伊藤の声には、驚きがあった。

二人は、打ち合った。カーン、カーン、カーン。木刀がぶつかり合う音が、連続して響く。紘一の体は、勝手に動いている。考える前に、体が反応している。

伊藤の攻撃を避け、反撃する。伊藤も、本気になってきた。その動きは、さらに速くなる。

だが、紘一はそれに対応できた。視界の中で、伊藤の動きがスローモーションのように見える。次の攻撃が、予測できる。

紘一は、伊藤の隙を突いた。木刀を伊藤の脇腹に当てる。

「そこまで!」

伊藤が、驚いた顔で木刀を下ろした。「見事だ……」伊藤の声には、賞賛が込められていた。「お前、本当に武芸を学んだことがないのか」

「はい」紘一は、正直に答えた。「戦場で、体が勝手に動いただけです」

伊藤は、信じられないという顔をした。「だが、お前の動きは、訓練された武士のそれだった」伊藤は、続けた。「いや、それ以上だ」

広信も、目を丸くしていた。「田邊さん、すごいです……」

紘一は、自分でも驚いていた。この能力は、本当に不思議だ。必要な技能が、自然に身につく。戦場では、槍術が。外交では、交渉術が。そして、今、剣術が。

だが、同時に、恐ろしくもあった。自分が、自分でなくなっていくような感覚。この能力に、支配されているような感覚。

「田邊殿」伊藤が、真剣な顔で言った。「お前、武芸の才能がある」伊藤は、続けた。「もし良ければ、わしが指導しよう」

「いえ、私は……」紘一は、断ろうとした。

「遠慮するな」伊藤は、首を横に振った。「お前ほどの才能を、放っておくのはもったいない」伊藤の目には、期待が宿っていた。「お前が武芸を磨けば、神崎家の力になる」

紘一は、考えた。確かに、武芸を磨くことは、悪いことではない。この時代、いつ戦いが起こるか分からない。その時、武芸があれば、自分を守れる。仲間も守れる。

「分かりました。ご指導をお願いします」紘一は、頭を下げた。

伊藤は、満足そうに頷いた。「よし。では、明日から、朝の稽古に参加しろ」

こうして、紘一の武芸の修行が始まることになった。


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