十二、年始の計画—広綱との戦略会議
初詣から戻った午後、広綱は紘一を自室に呼んだ。年始の計画を立てるためだった。
広綱の部屋は、質素だが品があった。壁には、刀や槍が飾られている。だが、同時に、書物も多く並べられていた。武と文、両方を重んじる広綱らしい部屋だった。
「田邊、座ってくれ」広綱は、紘一に座るように勧めた。そして、地図を広げた。神崎領とその周辺の地図だった。
「今年の計画について、話をしたい」広綱は、地図を指差しながら言った。「昨年は、多くのことを成し遂げた。だが、まだ課題も多い」
「はい」紘一は、頷いた。
「まず、農業だ」広綱は、続けた。「太郎の成功を見て、多くの農民が間断灌漑に興味を持っている。今年は、それをもっと広めたい」
「賛成です」紘一は、言った。「ただし、急激に広げすぎると、失敗のリスクもあります」
「どういうことだ」
「間断灌漑は、適切に行えば効果がありますが、やり方を間違えると、逆効果になることもあります」紘一は、説明した。「水を抜きすぎれば、稲が枯れます。タイミングを間違えれば、病気になります」
「なるほど」広綱は、頷いた。「では、どうすればいい」
「段階的に広めるべきです」紘一は、提案した。「今年は、十軒程度の農家で試験的に実施します。そして、成功事例を増やします。それを見た他の農民が、自然に真似するようになります」
「そして、お前が指導するのか」
「はい。私と、すでに成功した太郎さんが、一緒に指導します」紘一は、続けた。「太郎さんは、実際に成功した農民です。彼の言葉は、私の言葉よりも、農民たちに響くでしょう」
広綱は、感心したように頷いた。「なるほど。農民から農民へ、知識を伝える。それは、効果的だな」
「次に、医療と衛生です」紘一は、続けた。「源蔵さんの件で、医療の重要性を改めて認識しました」
「ああ、源蔵には助かってもらわねば困る」広綱は、言った。「あの男は、村をまとめる力がある」
「今年は、医療と衛生の改善に力を入れたいと思います」紘一は、提案した。「まず、手洗いの習慣を広めます。そして、栄養改善のために、食事の質を上げます」
「具体的には」
「手洗いは、病気の予防に非常に効果的です」紘一は、説明した。「特に、食事の前、トイレの後に手を洗う習慣をつければ、感染症の発生率は大幅に下がります」
広綱は、少し懐疑的な顔をした。「手を洗うだけで、病気が減るのか」
「はい」紘一は、断言した。「私の知識では、病気の多くは、手を介して広がります。手を洗うことで、それを防げます」
「ふむ……」広綱は、考え込んだ。「まあ、試してみる価値はあるだろう。手を洗うだけなら、金もかからない」
「そして、栄養改善です」紘一は、続けた。「領民の食事は、あまりにも貧しい。雑穀の粥だけでは、栄養が不足します」
「だが、米を増やすには、収穫を増やさねばならん」広綱は、現実的な問題を指摘した。
「その通りです。だからこそ、間断灌漑が重要なのです」紘一は、言った。「収穫が増えれば、食事も改善できます」紘一は、続けた。「そして、それだけでなく、豆や野菜の栽培も奨励します。タンパク質とビタミンを取れるようにします」
広綱は、頷いた。「分かった。では、今年は農業と医療に力を入れよう」
「そして、もう一つ」紘一は、躊躇してから言った。「教育です」
「教育?」広綱は、意外そうな顔をした。
「はい」紘一は、説明した。「今、字が読める領民は、ほとんどいません。ですが、字が読めれば、知識を得られます。農業の本を読めば、もっと良い方法を学べます」
「だが、誰が教えるのだ」広綱は、尋ねた。
「私が教えます」紘一は、答えた。「平吉に字を教えたように、希望する領民にも教えます」
広綱は、しばらく考えていた。そして、頷いた。「面白い。やってみてくれ」広綱は、続けた。「ただし、無理はするな。お前一人では、限界がある」
「はい、分かっています」紘一は、頷いた。「まずは、小規模に始めます」
「では、今年の計画はそれで決まりだ」広綱は、地図を畳んだ。「農業、医療、教育。すべてを、少しずつ前に進める」
「はい」
広綱は、紘一を見た。「田邊、お前には、いつも感心させられる」広綱の声には、賞賛が込められていた。「お前の知識は、本当に広い。そして、何より、領民のことを第一に考えている」
「恐れ入ります」紘一は、頭を下げた。
「だが、一つだけ忠告がある」広綱の声が、真剣になった。「無理をするな」
「……はい」
「お前は、あれもこれもやろうとする」広綱は、続けた。「だが、人間には限界がある。すべてを一度にはできない」
広綱は、窓の外を見た。「ゆっくりでいい。一つずつ、確実に進めていけばいい」
紘一は、広綱の言葉を心に刻んだ。確かに、紘一は焦っていた。この時代の人々の苦しみを見ると、一刻も早く改善したくなる。だが、それでは、自分が倒れてしまう。
「分かりました。気をつけます」紘一は、答えた。
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