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七、平吉の悩み—若き武士の葛藤と成長

ある日の夕方、紘一が部屋にいると、平吉が訪ねてきた。だが、いつもの明るい平吉ではなかった。その顔には、何か深刻な悩みがあるようだった。

「田邊さん、少しお時間よろしいですか」平吉の声は、いつもより低かった。

「もちろんだ。どうぞ、座ってくれ」紘一は、平吉を部屋に招き入れた。

平吉は、座ったが、なかなか口を開かなかった。視線は、床に向けられている。何か、言いにくいことがあるようだった。

「平吉、何かあったのか」紘一は、優しく尋ねた。

平吉は、深く息をついた。そして、ゆっくりと口を開いた。「田邊さん、俺、悩んでいるんです」

「何について」

「俺の、将来についてです」平吉の声は、苦しそうだった。「俺は、武士として生まれました。武士として、生きていかなければなりません」平吉は、拳を握りしめた。「ですが、俺には、武士としての才能があるのか、分からないんです」

紘一は、平吉の悩みを理解した。平吉は、まだ二十代前半だ。若く、経験も浅い。自分の将来に、不安を感じるのは当然だった。

「どうして、そう思うんだ」紘一は、尋ねた。

「松永との戦いの時……」平吉の声が、震えた。「俺、怖かったんです。本当に、怖かった」平吉の目に、涙が滲んだ。「敵が襲ってきた時、体が震えました。足がすくみました。逃げ出したくなりました」

平吉は、顔を覆った。「でも、逃げられなかった。仲間が戦っているのに、自分だけ逃げるわけにはいかなかった」平吉は、続けた。「だから、必死に戦いました。でも、ずっと怖かった」

「それは、当然のことだ」紘一は、言った。「誰でも、初陣は怖い。俺もそうだった」

「本当ですか」平吉は、顔を上げた。

「ああ」紘一は、頷いた。「俺も、あの戦いで、死ぬほど怖かった。今でも、夢に見る」

平吉は、少し安心したようだった。「田邊さんでも、怖かったんですか」

「もちろんだ」紘一は、微笑んだ。「恐怖を感じることは、恥ずかしいことじゃない。むしろ、自然なことだ」

「ですが……」平吉は、まだ納得していないようだった。「他の武士たちは、もっと勇敢です。伊藤殿も、佐々木殿も、皆、堂々と戦っています」

「彼らも、最初は怖かったはずだ」紘一は、言った。「ただ、経験を積んで、恐怖をコントロールする方法を学んだだけだ」

平吉は、考え込んだ。「恐怖を、コントロールする……」

「そうだ」紘一は、説明した。「恐怖は、消すことはできない。だが、それと付き合う方法を学ぶことはできる」紘一は、続けた。「恐怖を感じながらも、やるべきことをやる。それが、勇気だ」

平吉の目が、明るくなった。「そうか……勇気とは、恐怖がないことじゃなくて、恐怖があってもやることなんですね」

「その通りだ」紘一は、頷いた。

平吉は、少し考えてから、また口を開いた。「田邊さん、もう一つ悩みがあるんです」

「何だ」

「俺、字が読めるようになりました。田邊さんが教えてくださったおかげで」平吉の声には、感謝が込められていた。「ですが、それで何をすればいいのか、分からないんです」

紘一は、平吉の悩みを理解した。この時代、字が読める武士は多くない。特に、下級武士は。平吉は、字が読めるようになった。それは、大きな武器だ。だが、それをどう使えばいいのか、平吉には分からないのだろう。

「平吉、字が読めるということは、知識を得られるということだ」紘一は、説明した。「書物を読めば、様々なことを学べる。戦術、政治、歴史、すべてだ」

「ですが、俺には、書物を買う金もありません」平吉は、正直に言った。

「それなら、俺が貸す」紘一は、言った。「俺が持っている書物は少ないが、それでも役に立つだろう」紘一は、続けた。「そして、読んだら、内容を俺に教えてくれ。一緒に、議論しよう」

平吉の顔が、明るくなった。「本当ですか」

「ああ」紘一は、微笑んだ。「お前は、もっと成長できる。武士としても、人間としても」

平吉は、涙を流した。「ありがとうございます、田邊さん」

その夜、平吉は希望を持って部屋を出ていった。そして、紘一は、平吉の成長を見守ることを、改めて決意した。



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