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三、斎藤道三の招待—権謀術数の宴

冬が本格的に訪れた頃、神崎家に一通の書状が届いた。

差出人は、斎藤道三だった。

書状には、神崎広綱と田邊紘一を、稲葉山城での宴に招待する旨が記されていた。日時は、十二月の初旬。理由は、小山領の臣従成功を祝うため、とのことだった。

広綱は、この書状を受け取ると、深いため息をついた。「道三が、何を企んでいるのか……」広綱の目は、鋭かった。「宴などという口実で、我らを呼び出す。何か、別の目的があるはずだ」

紘一も、同じことを考えていた。斎藤道三という男は、何もせずに人を招待することなどない。必ず、何か計算がある。何か、得ようとしているものがある。それが何なのか。それを見極めなければならない。

「行きますか」紘一は、尋ねた。

「行かねばなるまい」広綱は、答えた。「断れば、道三の機嫌を損ねる。それは、得策ではない」広綱は、立ち上がった。「だが、警戒は必要だ。道三は、必ず何か仕掛けてくる」

準備が始まった。宴に持参する贈り物を選び、着物を整え、護衛を選定する。紘一も、道三との再会に備えて、心の準備をした。前回の交渉は成功した。だが、道三は紘一のことを、まだ探っている。正体を知ろうとしている。今回の宴でも、何か探りを入れてくるだろう。

十二月の初旬、紘一と広綱は、稲葉山城へ向かった。伊藤と数名の護衛が同行した。冬の道は厳しかった。寒風が吹き、時折、雪が舞う。馬の息も白く、凍えるような寒さだった。だが、一行は黙々と進んだ。

稲葉山城に到着すると、すでに多くの客が集まっていた。美濃の周辺諸国から、様々な領主や家臣が招かれていた。これは、ただの宴ではない。道三が、自分の勢力を誇示する場でもあるのだ。

城内に案内されると、そこには豪華な宴の準備がされていた。大広間には、数十人が座れる空間が用意され、その中央には、道三が座る上座があった。壁には、美しい屏風が立てられ、天井からは、灯籠が吊るされている。床には、上質な畳が敷かれ、その上には、料理を運ぶための膳が並べられている。

料理は、この時代としては驚くほど豪華だった。鯛の塩焼き、猪肉の味噌煮、鴨のロースト、様々な野菜の煮物、そして白米の飯。酒も、上質なものが用意されている。これだけの料理を用意できるということ自体が、斎藤家の経済力を示していた。

客たちが席に着くと、道三が現れた。道三は、質素な着物を身に纏っていた。だが、その存在感は圧倒的だった。部屋に入った瞬間、すべての視線が道三に集中した。道三は、ゆっくりと上座に座った。

「皆、よく来てくれた」道三の声は、低く、力強かった。「今日は、美濃の安定を祝う宴だ。小山領が我が傘下に入り、この地域の平和が一歩前進した。それを、皆と共に祝いたい」

道三の言葉に、客たちは拍手をした。だが、その拍手には、様々な感情が込められていた。賞賛、羨望、恐れ、警戒。道三という男の力を、皆が認めている。そして、恐れている。

宴が始まった。酒が注がれ、料理が運ばれてくる。客たちは、食べ、飲み、話をする。だが、その雰囲気には、緊張があった。誰もが、道三の一挙一動を注視している。道三が何を言うか。何を求めるか。それを、見極めようとしている。

道三は、一人一人の客に声をかけた。世間話をし、領地の様子を尋ね、時には冗談も言う。だが、その会話の中に、必ず何かを探る質問が含まれていた。相手の考え、立場、弱点。すべてを、会話の中から引き出そうとしている。

やがて、道三の視線が、紘一に向いた。「田邊殿、よく来てくれた」道三は、微笑んだ。だが、その微笑みには、何か計算されたものがあった。

「お招きいただき、ありがとうございます」紘一は、丁寧に答えた。

「小山領の件、見事だったな」道三は、続けた。「お前の手腕には、感心した」

「もったいないお言葉です」紘一は、謙虚に答えた。

道三は、少し間を置いてから、言った。「田邊殿、一つ聞きたいことがある」

「何でしょうか」紘一は、警戒した。ここから、本題が始まる。

「お前は、どこから来たのだ」道三の目が、鋭くなった。「記憶を失ったと言っているが、それは本当か」

部屋の空気が、一瞬、凍りついた。他の客たちも、この会話に注目している。道三が、神崎家の田邊という男を、どう見ているのか。それを、知りたがっている。

紘一は、冷静を保った。「はい、本当です」紘一の声は、落ち着いていた。「頭を打って、過去の記憶の多くを失いました」

「だが、知識は残っている」道三は、指摘した。「戦術、外交、農業。すべてに詳しい。不思議な男だ」

「私も、なぜそうなのか、分かりません」紘一は、正直に答えた。嘘をついても、道三には見抜かれる。ならば、正直に、分からないと言う方がいい。

道三は、しばらく紘一を見つめていた。その目は、すべてを見透かそうとしている。だが、紘一は視線を逸らさなかった。じっと、道三を見返した。

やがて、道三は笑った。「まあいい。謎があるからこそ、面白い」道三は、酒を飲んだ。「だが、田邊殿、一つだけ忠告しておく」

「何でしょうか」

「秘密は、いつかバレる」道三の声は、低かった。「お前が何者であれ、いずれ分かる。その時、お前がどうするか。それが、重要だ」

紘一は、道三の言葉の重さを感じた。これは、警告だ。道三は、紘一の秘密を暴こうとしている。そして、それを利用しようとしている。

宴は、深夜まで続いた。だが、紘一の心は、ずっと緊張していた。道三との心理戦が、まだ終わっていないことを、紘一は理解していた。



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