表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/177

二十六、斎藤道三への最終報告—取引の完成

数日後、紘一は再び稲葉山城を訪れた。

今度は、小山領の臣従が決まったことを報告するためだ。

伊藤が同行した。

稲葉山城は、相変わらず威容を誇っていた。

だが、今回は以前ほど威圧感を感じなかった。

紘一が、慣れたのだろう。

あるいは、自信がついたのだろう。

小山領主を説得できた。

その実績が、紘一に自信を与えていた。

紘一は、道三の待つ部屋に案内された。

道三は、前回と同じ場所に座っていた。

質素な着物を身に纏い、鋭い目で紘一を見つめている。

「田邊紘一、戻ったか」

道真の声は、落ち着いていた。

だが、その目には、興味が浮かんでいた。

「はい」

紘一は、深く頭を下げた。

「結果は、どうだった」

「小山領主は、臣従を受け入れました」

紘一の報告に、道真の目が、わずかに細くなった。

「ほう」

道真は、興味深そうに言った。

「一ヶ月以内に、本当にやり遂げたか」

「はい」

「具体的に、説明せよ」

紘一は、小山領での出来事を報告した。

吉田、山本、安田、貞親との交渉。

領民の声。

そして、最終的な決断。

すべてを、詳しく説明した。

道真は、黙って聞いていた。

その表情からは、何を考えているのか分からない。

やがて、紘一の報告が終わった。

道真は、しばらく沈黙していた。

その沈黙が、部屋を支配した。

紘一は、じっと待った。

心臓が、激しく打っている。

だが、表情は冷静を保った。

やがて、道真が口を開いた。

「見事だ」

道真の声には、賞賛が込められていた。

「短期間で、小山領主を説得し、家臣たちも納得させた」

「なかなかの手腕だ」

「恐れ入ります」

紘一は、謙虚に答えた。

「だが、田邊」

道真の目が、鋭くなった。

「お前、辛かったろう」

紘一は、驚いた。

道真も、広綱と同じことを言った。

「……はい」

紘一は、正直に答えた。

「多くの人を、傷つけました」

「そうだろうな」

道真は、頷いた。

「山本という男、武士の誇りを大切にしている」

「そんな男に、臣従を受け入れさせるのは、容易ではなかったはずだ」

道真は、すべてを見抜いていた。

「だが、お前はやり遂げた」

道真は、立ち上がった。

そして、窓際に歩いていった。

「田邊紘一」

「はい」

「お前、本当に優れた男だな」

道真は、窓の外を見ながら言った。

「知恵がある。戦術も、外交も、すべてに長けている」

「もったいないお言葉です」

「そして、何より……」

道真は、振り返った。

その目には、何か深いものが宿っていた。

「人の痛みを理解している」

道真の言葉に、紘一は驚いた。

広綱と、まったく同じことを言った。

「それが、お前の最大の強みだ」

道真は、続けた。

「ただの策士なら、人を傷つけても何も感じない」

「だが、お前は違う。傷つけた人々のことを、心に刻んでいる」

道真は、紘一の目を見た。

「それが、お前を特別な存在にしている」

紘一は、道真の言葉に、深く感動した。

道真もまた、人の心を理解している。

だからこそ、美濃の蝮と呼ばれながらも、多くの人々に慕われているのだろう。

「さて、小山領の処遇だが」

道真は、本題に入った。

「条件を提示する」

「はい」

紘一は、真剣に聞いた。

これが、すべての結果を決める。

「小山領主の地位は保証する」

道真は、言った。

「領地の統治も、今まで通りだ」

「ありがとうございます」

「ただし、年貢の一部を斎藤家に納めること」

道真は、続けた。

「具体的には、収穫の一割だ」

「一割……」

紘一は、計算した。

小山領の石高は五百石。

その一割なら、五十石。

思ったより、寛大な条件だった。

「そして、有事の際には、兵を出すこと」

「何名ほどでしょうか」

「十名でいい」

道真は、答えた。

「小山領は小さい。多くは求めない」

「ありがとうございます」

紘一は、頭を下げた。

予想より、はるかに良い条件だった。

「そして、田邊殿が要望されていた経済支援だが」

道真は、続けた。

「年間、五十石分の支援をしよう」

「本当ですか」

紘一は、驚いた。

安田が求めていたのは、年間百石だった。

だが、五十石でも、大きな支援だ。

「ああ」

道真は、頷いた。

「小山領が安定すれば、美濃全体が安定する」

「それは、わしの利益にもなる」

道真の判断は、合理的だった。

小山領を支援することで、美濃の安定を図る。

それが、長期的には斎藤家の利益になる。

「ありがとうございます」

紘一は、深く頭を下げた。

「そして、田邊」

道真は、紘一を見た。

「お前にも、褒美をやる」

「いえ、私は……」

「遠慮するな」

道真は、笑った。

「お前の働きは、見事だった」

「神崎家にも、利益があるようにしてやる」

道真は、地図を指差した。

「神崎家と小山領の間にある、この山林」

「ここを、神崎家に譲ろう」

「本当ですか」

紘一は、驚いた。

山林は、貴重な資源だ。

木材が取れる。

「ああ。木材が豊富な土地だ」

道真は、続けた。

「神崎家の財政に役立つだろう」

紘一は、深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「いや、お前が稼いだものだ」

道真は、再び座った。

「田邊紘一、お前、いずれ大きな男になるぞ」

「……光栄です」

紘一は、答えた。

会談が終わり、紘一は部屋を出ようとした。

その時、道真が声をかけた。

「田邊」

「はい」

「お前のこと、まだ調べさせている」

道真の言葉に、紘一は緊張した。

「だが、何も分からん」

道真は、興味深そうに言った。

「お前の過去、まるで霧に包まれているようだ」

「……」

「だが、まあいい」

道真は、手を振った。

「お前が神崎家のために働いている。それだけで、今は十分だ」

「ありがとうございます」

紘一は、深く頭を下げて、部屋を出た。

廊下を歩きながら、紘一は深く息をついた。

すべてが、終わった。

小山領の臣従が決まった。

戦いは、避けられた。

そして、予想以上に良い条件を引き出せた。

「やった……」

紘一は、呟いた。

そして、同時に、大きな疲労も感じた。

この一ヶ月、走り続けてきた。

小山領主を説得し、家臣たちを納得させ、道真と交渉した。

すべてが、終わった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ