二十四、小山領主の最終決断—涙の覚悟
その日の夕方、再び小山貞親との面会が設けられた。
今度は、主要な家臣たちも同席した。
吉田、山本、安田、そして貞信。
部屋には、緊張が満ちていた。
最終的な決断の場だった。
「皆、集まってくれてありがとう」
貞親が、口を開いた。
その声は、震えていた。
だが、その目には、決意が宿っていた。
「今日は、重要な決断をしなければならない」
貞親の声が、部屋に響いた。
家臣たちは、黙って聞いていた。
皆、この瞬間を待っていた。
そして、恐れていた。
「田邊殿から、提案があった」
貞親は、続けた。
「斎藤家に臣従するという提案だ」
貞親は、一度言葉を切った。
深く息を吸い、そして吐く。
「私は、この提案を受け入れることにした」
貞親は、宣言した。
その声は、はっきりしていた。
迷いはなかった。
「小山家は、斎藤家に臣従する」
部屋が、静まり返った。
誰も、口を開かなかった。
ただ、重い沈黙だけが、部屋を支配していた。
やがて、山本が口を開いた。
「殿……本当によろしいのですか」
その声は、苦しそうだった。
最後の抵抗だった。
「山本」
貞親は、山本を見た。
その目は、優しかった。
「お前の気持ちは、よく分かる」
貞親は、続けた。
「私も、同じように苦しんだ」
「ならば……」
「だが、これが現実だ」
貞親は、厳しく言った。
その声には、覚悟が込められていた。
「我らには、戦う力がない」
「戦えば、領民が死ぬ」
貞親の目に、涙が滲んだ。
「私は、領主として、領民を守らねばならぬ」
貞親は、立ち上がった。
そして、窓の外を見た。
夕日が沈みかけ、村が暗くなり始めていた。
無数の灯りが、点き始めている。
人々の営みが、そこにはある。
「私は、今日、村に行った」
貞親は、言った。
その声は、震えていた。
「領民たちの声を、聞いた」
「領民の……」
山本が、驚いた顔をした。
「そうだ」
貞親は、頷いた。
「彼らは、臣従を望んでいる」
貞親は、振り返った。
その顔には、涙の跡があった。
「平和に暮らしたい。それだけを、望んでいる」
貞親の声が、震えた。
「その願いを、無視することはできない」
「父上……」
貞信が、口を開いた。
その声には、複雑な感情が込められていた。
「私も、領民を守りたいです」
貞信は、続けた。
「ですが、それでも……」
「貞信」
貞親は、息子を見た。
その目は、厳しかった。
「お前は、まだ若い。理想を持つことは、素晴らしい」
貞親は、続けた。
「だが、領主には、現実を見る義務がある」
「理想だけでは、領民を守れない」
貞親の声は、重かった。
長年、領主として生きてきた男の、重さだった。
「お前は、いつか分かる」
貞親は、息子の肩に手を置いた。
「理想と現実の間で、苦しむ日が来る」
「その時、今日の私の決断を、思い出してくれ」
貞信は、唇を噛んだ。
だが、反論はしなかった。
父の言葉の重さを、感じたのだろう。
「では、決まりだ」
貞親は、全員を見回した。
その目には、決意が宿っていた。
「小山家は、斎藤家に臣従する」
貞親は、紘一の方を向いた。
「田邊殿、斎藤道三様との交渉を、お願いします」
「承知しました」
紘一は、深く頭を下げた。
「必ず、良い条件を引き出します」
「頼みます」
貞親も、深く頭を下げた。
その背中は、重そうだった。
領主として、大きな決断をした。
それは、先祖への裏切りかもしれない。
だが、領民のための決断だった。
こうして、小山領の臣従が決まった。
紘一の説得は、成功した。
だが、紘一の心は、複雑だった。
貞親の涙。
山本の苦しみ。
貞信の悔しさ。
すべてが、紘一の心に重くのしかかっていた。
「これで、良かったのか……」
紘一は、自問した。
戦いは避けられた。
多くの命が救われた。
だが、同時に、多くのプライドが傷ついた。
多くの誇りが、踏みにじられた。
「正しい選択だったのか……」
答えは、分からない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
領民たちは、救われた。
それだけは、間違いない。




