十六、佐々木の報告—敵の内情を知る
三日後、佐々木が情報を持って戻ってきた。
場所は、同じ小さな部屋だった。
佐々木の顔には、疲労の色が浮かんでいた。
三日間、ほとんど眠らずに情報を集めたのだろう。
目の下には隈ができ、頬はこけている。
だが、その目には、達成感が宿っていた。
「田邊殿、報告があります」
佐々木の声は、疲れていたが、しっかりしていた。
「お疲れ様です」
紘一は、佐々木に座るように勧めた。
そして、水を差し出した。
「ありがとうございます」
佐々木は、水を一気に飲み干した。
喉が渇いていたのだろう。
「では、報告します」
佐々木は、メモを見ながら……いや、メモはない。
すべて、頭の中に入っている。
「まず、小山領主、小山貞親について」
「はい」
紘一は、真剣に聞いた。
この情報が、すべての鍵になる。
「年齢は四十六歳」
佐々木は、淀みなく話し始めた。
「妻と二人の息子がいます」
「長男は二十歳で、名を貞信」
「次男は十五歳で、名を貞久」
佐々木の記憶力は、驚異的だった。
細かい情報まで、正確に覚えている。
「性格は、誠実で優しい」
佐々木は、続けた。
「だが、優柔不断」
「重要な決断を先送りにする傾向があります」
「具体的には?」
紘一は、尋ねた。
具体例があれば、より理解が深まる。
「例えば、三年前、隣国との境界争いがありました」
佐々木は、説明した。
「両国の主張が対立し、解決が必要でした」
「小山領主は、どちらの言い分も理解できると言って、なかなか決断できませんでした」
「半年以上、決断を先延ばしにしました」
「それで、どうなったのですか」
「結局、家老の吉田が、妥協案を出して解決しました」
佐々木の説明は、明確だった。
「小山領主は、その案を採用しました」
「なるほど……」
紘一は、考えた。
やはり、吉田が鍵になる。
小山領主は、優柔不断で、家臣の意見に頼る。
だから、家臣を説得することが重要だ。
「次に、家臣の構成について」
佐々木は、話を続けた。
「家老は吉田。五十二歳」
「内政に長け、領主の信頼も厚い」
「小山家の実質的な運営者です」
佐々木の評価は、高かった。
「重臣として、山本がいます」
佐々木の声が、わずかに硬くなった。
「四十四歳。武勇に優れ、兵を統率しています」
「その山本は、どのような考えの持ち主ですか」
「強硬派です」
佐々木の表情が、曇った。
「斎藤家への反発が強く、『大名に屈するくらいなら、戦って死ぬべきだ』と公言しています」
「厄介ですね……」
紘一は、呟いた。
山本という男が、最大の障害になる。
「はい」
佐々木は、頷いた。
「そして、山本は領主の長男、貞信と親しい」
「長男と?」
紘一は、驚いた。
これは、さらに問題を複雑にする。
「はい」
佐々木は、説明した。
「貞信は武芸を好み、山本を師と仰いでいます」
「山本の影響を強く受けています」
これは、問題だ。
領主の長男が山本の影響下にあるなら、説得はさらに難しくなる。
長男が反対すれば、領主も決断できないだろう。
「他の家臣は?」
紘一は、尋ねた。
「小山家には、他に五名ほどの重臣がいます」
佐々木は、それぞれの名前と特徴を説明した。
その中で、紘一が注目したのは、名を安田という男だった。
「安田は、商人出身で、経済に詳しい」
佐々木は、言った。
「領地の財政を管理しています」
「その安田は、どういう考えですか」
「現実主義者です」
佐々木は、答えた。
「利益を重視し、感情に流されない」
「斎藤家との戦いは無益だと考えているようです」
「それは……味方になる可能性がありますね」
紘一は、希望を感じた。
現実主義者なら、論理的な説得が効く。
「はい」
佐々木は、頷いた。
「ですが、安田は領主や他の家臣からあまり信頼されていません」
「なぜですか」
「商人出身だからです」
佐々木は、説明した。
「この時代、商人は武士より下に見られます」
「安田は有能ですが、それゆえに妬まれてもいます」
「なるほど……」
紘一は、戦略を練り直した。
吉田と安田を味方につける。
そして、山本を説得するか、無力化する。
それができれば、領主も動くだろう。
「領地の状況については?」
紘一は、尋ねた。
「はい」
佐々木は、続けた。
「人口は約千二百人」
「石高は五百石程度」
「軍事力は?」
「兵は五十名ほど」
佐々木の声は、冷静だった。
「訓練は不十分で、実戦経験も乏しい」
「斎藤家が攻めれば……」
「一日で落ちるでしょう」
佐々木の言葉は、冷徹だった。
だが、それが現実だった。
三百の訓練された兵が、五十の未熟な兵を攻める。
結果は、明白だ。
「経済状態は?」
「厳しいです」
佐々木は、顔をしかめた。
「年貢収入だけでは、兵を養うのがやっと」
「城の修繕もできていません」
「つまり、戦う余裕もないと」
「その通りです」
紘一は、考えた。
これらの情報を、どう使うか。
領主に、現実を突きつける。
戦っても勝てない。
経済的にも持たない。
だから、臣従するしかない。
それを、論理的に説明する。
だが、それだけでは不十分だ。
人は、論理だけでは動かない。
感情も、重要だ。
領主の心に、どう訴えるか。
それが、鍵になる。
「佐々木殿、素晴らしい仕事です」
紘一は、心から賞賛した。
「これだけの情報を、三日で集めるとは」
「恐れ入ります」
佐々木は、照れたように頭を下げた。
「田邊殿のお役に立てれば、幸いです」
「大いに役立ちます」
紘一は、立ち上がった。
「では、明日、小山領に向かいます」




