十四、報告と評価—広綱の深慮
屋敷に着くと、すぐに広綱に報告することになった。
広綱は、まだ完全には回復していなかったが、表情には生気が戻っていた。
杖をつきながらも、自力で歩けるようになっている。
会議室には、広綱、広信、紘一、伊藤、佐々木、そして主要な家臣たちが集まっていた。
総勢十五名ほど。
神崎家の意思決定の場だ。
皆、緊張した面持ちで座っていた。
「田邊、よく戻った」
広綱は、杖をつきながら言った。
その声は、以前より力強くなっていた。
病から回復しつつある証だ。
「無事で何よりだ」
「ありがとうございます」
紘一は、深く頭を下げた。
「道真との交渉は、どうだった」
「成功しました」
紘一は、報告した。
「道真様は、小山領への攻撃を一ヶ月延期することに同意しました」
「本当か!」
伊藤が、驚いた声を上げた。
「それは見事だ」
他の家臣たちも、ざわめいた。
斎藤道真と交渉し、攻撃を延期させた。
それは、並大抵のことではない。
「ですが、条件があります」
紘一は、続けた。
その声は、冷静だったが、重みがあった。
「一ヶ月以内に、小山領主を説得し、斎藤家への臣従を受け入れさせることです」
部屋が、静まり返った。
家臣たちは、顔を見合わせた。
「それは……難しい条件だな」
広綱が、口を開いた。
その声には、経験からくる洞察が込められていた。
「小山貞親は、誠実だが優柔不断な男だ」
広綱は、続けた。
「重要な決断を、なかなかできない」
「そして、家臣の中には、強硬派もいる」
広綱の言葉に、家臣たちは頷いた。
小山領の内情は、ある程度知られていた。
「説得するのは、容易ではない」
「存じております」
紘一は、頷いた。
「ですが、やるしかありません」
「そうだな」
広綱は、紘一を見た。
その目には、評価と期待が込められていた。
「田邊、お前は良くやった」
広綱の声は、温かかった。
「いや、本当だ」
広綱は、家臣たちを見回した。
「斎藤道真と交渉し、戦いを避けた」
「これは、並大抵のことではない」
家臣たちは、頷いた。
皆、紘一の働きを認めている。
「道真という男は、恐ろしい」
広綱は、遠くを見た。
その目には、昔の記憶が浮かんでいるようだった。
「冷酷で、計算高く、そして容赦ない」
「そんな男と渡り合い、交渉を成功させた」
広綱は、再び紘一を見た。
「田邊、お前の手腕は、見事だ」
「恐れ入ります」
紘一は、深く頭を下げた。
「そして、今度は小山領主を説得する」
広綱は、続けた。
「田邊、お前に任せる」
広綱の声には、絶対的な信頼が込められていた。
「必要な人員、物資、すべて用意する」
「ありがとうございます」
紘一は、頭を下げた。
会議が終わった後、広綱が紘一を呼び止めた。
「田邊、少し残ってくれ」
他の者が部屋を出ていった後、広綱と紘一、二人だけになった。
広綱は、窓際に立ち、外を見た。
秋の日差しが、部屋に差し込んでいる。
「田邊」
「はい」
「道真は、お前をどう見ていた」
広綱の質問は、核心を突いていた。
紘一は、少し考えてから答えた。
「興味を持っていました」
「やはりな」
広綱は、頷いた。
その反応は、予想通りだという表情だった。
「道真は、優れた人材を見抜く目がある」
広綱は、続けた。
「そして、それを利用しようとする」
「はい」
紘一は、頷いた。
道真との対話の中で、それを感じた。
道真は、紘一を値踏みしていた。
利用価値があるかどうか、測っていた。
「お前は、引き抜かれなかったか」
広綱の声には、わずかな不安が滲んでいた。
「いえ、そのような話はありませんでした」
紘一は、正直に答えた。
「ですが、道真様は私の正体を疑っていました」
「正体?」
「はい」
紘一は、続けた。
「記憶喪失というのを、信じていないようでした」
「当然だろうな」
広綱は、振り返った。
その顔には、複雑な表情があった。
「田邊、わしもお前の正体を知りたい」
広綱は、真剣な顔で言った。
その目は、紘一を真っ直ぐ見ていた。
「だが、聞かない」
「……ありがとうございます」
紘一は、胸が熱くなった。
広綱の配慮が、嬉しかった。
「お前が、神崎家のために働いてくれている」
広綱は、微笑んだ。
「それだけで十分だ」
広綱は、窓の外を見た。
「だが、一つだけ言っておく」
「何でしょうか」
「もし、お前が何か隠していることがあっても、わしは責めない」
広綱は、続けた。
「人は、誰でも秘密を持っている。それでいい」
広綱の声は、優しかった。
「大切なのは、今、何をしているかだ」
広綱は、紘一を見た。
「お前は、神崎家を救い、領民を守り、平和のために働いている」
「それが、すべてだ」
紘一は、深く感動した。
広綱は、紘一の秘密を察しながらも、それを問い詰めない。
ただ、今の働きを評価してくれている。
「ありがとうございます」
紘一は、心からの感謝を込めて頭を下げた。
広綱の言葉が、紘一の心を軽くした。
秘密を抱えている罪悪感。
それが、少し和らいだ。
「さあ、行け」
広綱は、手を振った。
「小山領主を説得してこい」
「そして、戦いを避けろ」
「はい」
紘一は、部屋を出た。
廊下を歩きながら、紘一は広綱の言葉を反芻していた。
人は、誰でも秘密を持っている。
大切なのは、今、何をしているか。
その言葉が、紘一の心に深く刻まれた。




